高齢者における廃用症候群・過用症候・誤用症候の本態・予防・リハビリテ-ション

文献情報

文献番号
199700629A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における廃用症候群・過用症候・誤用症候の本態・予防・リハビリテ-ション
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
上田 敏(帝京平成大学)
研究分担者(所属機関)
  • 緒方甫(産業医科大学)
  • 近藤徹(埼玉医科大学)
  • 竹内孝仁(日本医科大学)
  • 米本恭三(慈恵会医科大学)
  • 大川弥生(国立長寿医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心身の機能を適切に使用しないこと (廃用)による機能の低下は、共通の原因により全身の多数の臓器系に同時に生ずることから「廃用症候群」と呼ばれる。これは高齢者では若年者よりも起りやすく、低下の程度も著しく、一旦起れば回復は若年者にくらべ一層困難である。またこれは廃用→体力(総合的心身機能)の低下→動作時の易疲労性→安静すなわち生活の不活発化→一層の廃用症候群の進展という悪循環を作り、最終的に「寝たきり」状態を作る大きな原因となっている。従って健康な長寿社会を作るためには廃用症候群の本態を究明し、これを予防することが極めて重要である。一方単に廃用の害を強調することは「スパルタ的」な訓練が必要だとの誤解を生む恐れがある。過用の害、誤用の害もまた同じく強調されなければならない。以上の点に関連して昨年に引き続き過用性筋力低下、廃用性筋萎縮、廃用性骨萎縮、インスリン抵抗性、生活活動性と廃用症候群との関係、廃用症候群の予防・改善プログラムについて研究を行った。
研究方法
廃用症候群の本態に関する基礎的研究、廃用症候群および過用症候の本態に関する臨床的研究、廃用症候群の予防とリハビリテーションに関する臨床的研究の3分野につき各2テーマ、計6テーマの研究を並行して行なった。以下テーマごとに述べる。
1. 高齢ラットの廃用性筋萎縮に生じる筋線維壊死の研究;廃用性筋萎縮において,加齢が筋線維壊死を促進するか否かを確認するために、高齢と若齢の廃用ラットと各々の対照ラットを用い、2週間の後肢懸垂後、下肢筋について、HE,Gomori trichrome reaction, NADH-TR, Acid phosphatase, ATPase の染色を行い、壊死筋線維数を判定した。
2. 廃用に伴う骨密度低下の部位差とその回復の研究;身体活動低減(後肢懸垂法による非荷重状態)が筋骨格系に及ぼす影響と、再荷重した際の回復についてラットを用いて検討した。非荷重ならびにその後の再荷重期間はともに3週間とした。実験週齢に各筋の湿重量を測定し、また、大腿骨と脛骨の骨密度をDXA法で測定した。
3. 廃用性筋力低下と過用症候との関連の研究;廃用症候群の回復訓練時に逆に過用症候を起す危険について検討するために、廃用性筋萎縮を有する脳卒中初回発作後片麻痺患者28例について、等運動性筋力測定装置(Cybex-?)を用いて、「健側」の最大筋力による膝屈伸および足屈伸を最大40回繰り返し、筋力(ピークトルク)の減衰の有無・程度・その改善に要する時間をみた。
4.運動障害患者におけるインスリン抵抗性、特に身体活動量と肥満との関連の研究;脳卒中患者でインスリン抵抗性を有するものと有しないもの各10例について歩行能力およびBMIを検討した。
5. 特別養護老人ホ-ム入居者の経年的ADL変化・4年間の追跡調査の研究;特別養護老人ホ-ム入居者136 名について、移動・排泄・入浴・整容・食事の6項目のADLの自立度と同時に柄澤式老人知能の臨床的判定基準を毎年1回4年間みた。
6.廃用症候群の予防・改善に向けた歩行補助具・装具の使用法に関する研究;廃用症候群の予防・改善のためには実生活におけるADL・ASL等を立位姿勢・歩行で自立させることが非常に大きな要となるが、ADL・ASLの立位姿勢・歩行での早期自立・介助のために不可欠な杖・装具の使用方法を高齢者と非高齢者で比較検討した。リハ専門病院入院中の患者252名(65才以上145, 未満107)についてADL(昼間排泄, 夜間排泄, 整容)、ASL(洗濯, 等)、病棟内移動、病院内移動、屋外移動、訓練室内移動について「できるADL」と「しているADL」の両者を、その差を生じる因子も含めて検討した。
結果と考察
1. 高齢ラットの廃用性筋萎縮に生じる筋線維壊死の研究;壊死線維は大腿および下腿筋の深部のみに出現し、高齢廃用ラットは若年廃用ラットよりも有意に多くの壊死線維が出現した。壊死筋線維の特徴は,筋胞体のエオジン染色性が低下した硝子様変性であった。高齢ラットでは有意に多くの壊死筋線維が出現し、加齢により壊死の過程が促進もしくは防御機構が脆弱化していると予想される。しかし、ヒトの廃用筋では壊死線維は確認できないことが多く、ヒトでは今後の検討を要する。 
2. 廃用に伴う骨密度低下の部位差とその回復の研究;非荷重による筋萎縮は,ヒラメ筋で高く、以下、腓腹筋、大腿直筋、足底筋、前脛骨筋、長指伸筋の順であった。筋重量はヒラメ筋以外は 3週間の再荷重により対照レベルまでに回復した。非荷重による骨全体の骨密度低下は筋萎縮に比べ軽度であった。骨密度変化を部位別に検討した結果、骨幹部に比べ、大腿骨転子部、顆部、脛骨近位部で骨密度低下が顕著であった。再荷重により、骨密度は改善したが、対照レベルに比べ低値のままであった。非荷重による骨密度低下は、海綿骨領域が多い部位で顕著であり、またその程度は、筋に比べて少ないが、再荷重後の完全な回復には長期を要すると考えられる。
3. 廃用性筋力低下と過用症候との関連の研究;足関節屈伸は膝関節に比較して著明な筋力減衰を認め、その回復にも時間を要した。廃用性筋萎縮のある筋では過用性筋力低下が起こりやすく、程度は部位、筋量などにより異なると考えられた。
4. 運動障害者におけるインスリン抵抗性に関する研究;インスリン抵抗性のある群では実用歩行能力を獲得していない割合が有意に大であったが、インスリン抵抗性の有無とBMIで評価した肥満との間には有意の関連はみられなかった。運動障害者のインスリン抵抗性の発現には身体活動量の低下の関連が示唆された。
5. 特別養護老人ホーム入居者の経年的 ADLの4年間の追跡調査では、136名中4年後も追跡しえたのは91名、3年での死亡30名、2年での死亡15名で、4年経過例は年齢的にも若く、ADLの自立度、痴呆も軽症例が多く、かつ経過中それぞれの機能もよく保たれていた。低下した機能としては移動能力が多かった。高齢者のADL自立は廃用症候群予防に重要な意味を持ち、また死亡にも影響することが認められた。個々のADLでの検討では、移動の関与が大きいことから生活空間を拡げるケアが必要であるといえる。
6. 廃用症候群の予防改善に向けた歩行補助具・装具の使用法に関する研究では、1)同じ歩行補助具・装具を用いた場合、「できるADL」、「しているADL」ともに高齢者では若年者に比し自立度は低く、特に麻痺等機能障害が重度なほどこの傾向が強い。2)機能障害が同程度の場合、(1)最高能力としての「できるADL」は若年者が高齢者よりも軽装備の歩行補助具・装具で独立し、また独立度も高い。(2) しかし高齢者においてもより重装備の歩行補助具・装具を用いると「しているADL」として自立させることが可能であり、その場合実生活の場での訓練が有効であり、またADL訓練技能の差が大きく影響した。廃用症候群の予防・改善に重要な歩行自立は高齢者においても適切な歩行補助具・装具の選択によって若年者と同程度に可能となることが確認できた。
結論
以上の基礎的および臨床的研究から、廃用症候群の病態生理、その過用症候との密接な関連が確認でき、また廃用症候群の予防、改善の方法につき重要な示唆が得られた。

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