高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策

文献情報

文献番号
199700623A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
眞野 行生(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 江藤文夫(獨協医科大学)
  • 森本茂(奈良県心身障害者リハビリテーションセンター)
  • 安東範明(国立療養所西奈良病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の人口の増加により、高齢者の転倒が社会的問題となってきました。転倒をきっかけで機能障害が悪化する症例が多くみとめられ、転倒は高齢者および高齢障害者が寝たきりになる大きな要因である。転倒の要因は身体的要因によるものと環境要因によるものに分けられる。しかし、転倒の原因は多くの場合、複数の要因が関与する。本研究では、高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒状況を多面的に調査し、その対策を検討することを目的とする。
研究方法
1.プロジェクト研究
高齢者の転倒要因とその対策を検討することを目的とし、100項目以上の調査項目からなる個人調査票を作成し、高齢者の理学的所見、生活状況、転倒状況について、高齢者275名(平均年齢79.4±8.2歳)(男性80名,女性177名)を対象に、一人当たり1時間~1時間半位の時間をかけて、多面的に詳細に調査した。
2.各個研究
a.転倒により骨折を生じた高齢障害者の転倒時動作内容の検討:転倒骨折により入院治療を要した患者の、疾患、障害、移動能力、骨折部位、転倒時の状況、転倒した月および転倒時の動作内容を調査した。
b.高齢者の転倒・転落の危険要因―睡眠薬服用の影響の検討― : 高齢者の転倒の危険要因として睡眠薬服用があるかを、歩行および重心動揺測定より計測比較した。
c.小脳性運動失調に対する新しい靴型装具の開発―適切な重量負荷に関する検討― : 運動失調症を対象に、計測用靴の足底部の踵部と爪先部をくりぬき、そこに鉛型のプラグを入れて検討した。
d.高齢者リウマチの異常歩行と転倒の検討 : 高齢リウマチ性疾患では、歩行障害とそれに伴う転倒を引き起こしているのが、歩行を床反力、Fscanにより検討した。
結果と考察
1.プロジェクト研究
高齢者の転倒発生時間は、深夜3時頃より午前中に高率に発生していた。また転倒する人は反復する傾向があった。転倒時の状況では、立位時や歩行中などの一定の動作時が転倒全体の35%に発生するのに対して、起立時、腰掛け動作時、歩行開始時、移動時、方向転換時など動作の変換時が57%と転倒が高率に発生していた。転倒の原因では、足のもつれ、バランス障害、めまいなどの直接的な身体要因と思われるものが50%にも認められた。転倒高齢者と非転倒高齢者とを比較すると、症状と転倒との関連で、起立性低?圧、位置覚低下、不眠が転倒群で高い割合で認められた。また、骨折の既往のある人は再度転倒しやすいことが認められた。運動機能と転倒では、転倒群では、下肢筋力低下、関節可動域低下、つま先歩行障害、かかと歩行障害など下肢運動機能低下が有意に多く認められた。
2.各個研究
a.転倒により骨折を生じた高齢障害者の転倒時動作内容の検討:高齢障害者において転倒による骨折で入院加療を必要とした58症例の検討で、大腿骨頸部骨折が36例(62%)と最も多く認められた。基礎疾患は脳卒中が最も多く、右片麻痺と左片麻痺とでは、骨折頻度として差が認められなかった。転倒による骨折時季節別では冬に多かった。骨折を伴う転倒の時刻も深夜・早朝が最も多く、排尿関連動作での転倒が最も多く見られた。その転倒場所はトイレとベッドサイドであった。
b.高齢者の転倒・転落の危険要因─睡眠薬服用の影響の検討─:歩行可能な高齢者を対象とした検討では睡眠薬としてベンゾジアゼビン一ヵ月以上服用者群は非服用者に比し転倒は多く見られたが、有意差はなかった。重心動揺の軌跡移動距離、軌跡面積、軌跡パターンでも両群で差は認めなかった。しかし、服用群では歩行の歩幅が狭く、歩行速度が遅いことが有意に認められた。
c.小脳性運動失調症に対する新しい靴型の検討 : 運動失調症の失調性歩行では転倒する頻度は高い。靴に重り負荷をし、足底板をとりつけると歩行の改善が認められた。重り負荷を踵前部にうえこんだ靴では、他の部位に重りを負荷する場合より歩容の改善が認められた。その重り重量の検討では、500g位が最適であり、靴の重さを含めると700~800gが最適であった。歩容の改善では失調性歩行での不規則な歩容が立脚相前期でも立脚相後期でも著明に改善した。
d.高齢リウマチの異常歩行と転倒の検討 : 慢性関節リウマチ109症例の検討では、高齢者では転倒率、骨折を呈する割合は高い。転倒とリウマチ疾患の炎症の程度とは関連がなく、生活の活動度と関連が深かった。
結論
高齢者で大変問題になるのは、痴呆、転倒、失禁である。しかし、従来の研究では転倒の意味する範囲は必ずしも統一されていなかった。今年度は多施設で多症例について検討するため、「転倒とは、自分の意志からではなく、地面またはより低い場所に膝、臀部や手などが接触すること」と定義づけ、ベッドや椅子よりの転落も転倒の中に含めた。
この転倒の定義は欧米でも使われており“fall"という意味に相応すると思われる。高齢者の転倒では、寝たきりをひきおこす大きな要因である。転倒には種々な身体要因(内因)と環境要因(外因)がある。転倒は一つの要因で起こることは稀で、複数の要因が重なり発生していることが多い。高齢者の立位平衡能では、開脚立位能は低下し、片足立ち、踵立ち、つま先立ちの能力も低下している。しかし、開脚立位能は比較的保たれている。歩行時には小股歩きで、すり足歩行である。これは重心の移動範囲が左右および前後とも狭くなっている。移動時障害物があると、立位時の重心の移動は大きくなり、狭くなった姿勢保持能に負荷がかかり、姿勢保持能をこえると転倒をおこすことになる。さらに高齢者では下肢筋力低下などの運動能の低下や比較的頻度が高い位置覚低下、起立性低?圧などの身体的要因が重なり、動作の変換時に立位保持能が低下する。転倒が夜間から早朝に高率で発生するのは、頻尿などで睡眠中に覚醒し、意識レベルがやや低下てしいる時に起立性低?圧などの上記の各種要因がかさなり、転倒となる。転倒予防にはその人の有する特別な身体要因を一つ一つ見い出し対策をたてる必要がある。個々の身体要因には比較的対策をたてやすいものと、大変困難なものがある。また、環境要因に対しては一般的なものと、身体要因に応じて対策をたてる必要があるものがある。また高齢者の転倒では大腿骨頸部骨折など下肢での骨折が多く、骨折に伴い廃用症候群をつくりやすく、再転倒をおこす率が高い。また,転倒しやすい人は歩行に際して、自信喪失し、活動性が低下し、いわゆる転倒後症候群をつくりやすい。これらの一連の経過に対しての対策への臨床的アプローチが転倒へのインターベンションの確立につながると考えられる。

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