高齢者の嚥下に及ぼす影響とその障害に関する研究

文献情報

文献番号
199700619A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の嚥下に及ぼす影響とその障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
明石 謙(川崎医科大学リハビリテーション科)
研究分担者(所属機関)
  • 山本尚武(岡山大学工学部電気電子工学科)
  • 岡島康友(慶應義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター)
  • 長屋政博(国立療養所中部病院リハビリテーション科)
  • 藤島一郎(聖隷三方原病院リハビリテーション科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
嚥下は生命を維持に必要な栄養物の摂取に必要な行為であると同時に人に食の楽しみを提供し、社会生活をより豊かにすることができる。嚥下障害はその原因となる疾患が高齢者に多発することから高齢の嚥下障害に関する研究は急ぎ進められねばならない。今年度の分担研究を紹介する。1.山本らは4電極法により様々な食物形態がインピーダンス(IMPと省略)曲線に与える影響を調査した。2.宇都山、明石らはクエン酸水溶液が嚥下反射を誘発する点に注目し健常人のクエン酸溶液嚥下による嚥下反射について研究した。3.岡島らは脳血管障害患者にバイオフィードバック(Bfbと省略)法を嚥下訓練に取り入れた。パラメーターは舌骨上筋群の筋電図、電気声門図、軟口蓋部内圧に加え嚥下音を情報に採用、筋電図は積分値を示しその大きさを目標とした。4.長屋らは喉頭挙上の遅れが原因の嚥下障害の訓練に低周波刺激を応用するために健常者と脳血管障害患者について低周波訓練を用い研究を行った。5.藤島らは高齢者の摂食嚥下機能障害の早期にスクリーニング(Srnと省略)を行う目的で問診表を作成し、その実用性について調査を行った。
研究方法
1.山本らの研究方法は咽頭部IMP曲線を今までの研究で得た部位に取り付けた4電極法を使用、飲料は水・オレンジジュース・炭酸飲料、固形物はゼリー・米飯を用いた。なお加齢との関係については水10・についてのみIMP曲線の比較を行った。対象は高齢者群10名(81.6歳)、青年群10名(22.7歳)である。2.宇都山らは嚥下ビデオレントゲン検査(VF検査と省略)で非イオン性静注用造影剤を用い5%クエン酸希釈造影剤と水/造影剤:1/1の水希釈造影剤を作成、検査では水希釈剤1・、3・、クエン酸希釈剤1・、3・をそれぞれ2回づつ嚥下させた。測定はいずれも2度目の嚥下について行った。3.岡島らはBfbのフィードバック(Fbと省略)情報に電気声門図・舌骨上筋群の筋電図・軟口蓋部の内圧に加え舌骨下部から誘導した嚥下音の4種を用いた。なお、嚥下音と筋電図は積分し聴覚および視覚によりFbを行った。対象は健常者7名と脳幹部梗塞で誤嚥のある65歳の女性。まず健常者について空嚥下、水3、10、20・を強くあるいは弱く飲み込ませ各パラメーターのデータを収集後嚥下障害者について測定と訓練を行った。4.長屋らは低周波治療の嚥下訓練への応用のため健常者10名(31.1歳)について喉頭挙上筋群をパルス幅300μsの矩形波、20・30~40V通電時間5秒、休止時間10秒の条件で10分間通電した。通電前後に口腔内に水を含ませて予告後光刺激を合図に水を飲み込ませ、舌骨筋群の筋電波形から嚥下反射誘発までの時間(PMTと省略)と舌骨上筋群の筋活動時間を測定した。次に嚥下障害を持つ多発性脳梗塞患者3名に同様の通電刺激を行い、通電中はそれに合わせてできる限り喉頭の挙上を続けさせた。この訓練を5回/週、4週間続けて行った。低周波治療の効果はVF検査を訓練前後で行いPMTと筋活動時間の測定も行った。5.藤島らは15項目の問診表を作成した。体重減少・肺炎の既往、摂食中の問題、食事の早さ・口腔内の食べ残し、食後感や睡眠・声質等である。また摂食・嚥下障害のランク付けをI:重症~IV:正常に分け、問診表とランク付けの関係を嚥下障害のある脳血管障害患者46名、嚥下障害のない脳血管障害患者20名、健常高齢者83名について調査した。
結果と考察
1.山本らのIMP曲線の食塊に及ぼす影響は青年では全く同一にはならないが良く似た波形を示し、食物・飲料いずれもほとんど同じで大
きな差は認められない。高齢者は波形がそれぞれ異なっており、嚥下時間の延長と波形の多相化が起こる。嚥下活動の定量的分析には類似度:Sim、咽頭通過時間安定率:St、IMP変化率:Zpを求めることを提案している。これらを正三角形のグラフ表示を行い嚥下機能の定量的判定を提案した。なおIMPの変化量・咽頭通過時間ともに固形物の方が大きい値を示した。2.宇都山らのクエン酸溶液の嚥下反射に及ぼす影響では、健常人の多くは喉頭蓋谷に造影剤が達するまでに喉頭挙上が起こり、水希釈液よりもクエン酸溶液希釈液の方が早く喉頭挙上が起こる傾向があったが統計的に有意差は認められなかった。3.岡島らの結果は次のようである。電気声門図・筋電図・軟口蓋部内圧が喉頭挙上開始にほぼ一致して立ち上がり、約0.5秒遅れて嚥下音が立ち上がる。ピークの位置は圧が最も早く筋電図、嚥下音、最後に電気声門図の順で嚥下音のピークは造影剤が咽頭を通過する時期にほぼ一致した。空嚥下・水3ml、10mlの飲み込み時の筋電図・電気声門図・圧の変容率を比較すると筋電図・圧の変容率は他に比べて大きい。ある嚥下障害患者に対して空嚥下を連続して行わせると最初は嚥下反射は起こせないが、訓練を行うに従い嚥下反射が誘発され始めることを記録を提示し証明した。4.長屋らは次のような結果を得た。健常者の舌骨上筋群のPMTは低周波通電前は低周波通電のPMTに対する効果はなかった。3例の嚥下障害患者では低周波通電訓練前には全員に誤嚥を認めたが低周波通電訓練後は2例に誤嚥の消失を見た。PMTは訓練前でそれぞれ235.2、235.2、327.6(ms)だったが4週間の訓練後は204.8、204.8、235.8(ms)となり、ある症例では強い筋活動と共に嚥下が起こり誤嚥が消失した。5.藤島らの問診表については自己測定と専門家による比較を行い、Cronbachのα信頼性係数は全体で自己測定のα係数は0.8434、専門家測定のα係数は0.8653、両者の相関係数は0.9629と高い相関を示した。また考案した摂食・嚥下のランク付けと問診表との相関は係数-0.872と高い相関を示した。2度にわたる再テストでは相関係数0.9659と高く再現性の良いことも証明された。嚥下障害が高齢者に多発することは生理機能の衰えと嚥下障害の原因疾患の有病率が多いことも挙げることができる。従って嚥下障害の病態も時々むせる程度の極く軽いものから全く嚥下が不可能な、喉頭全摘に頼らざるを得ないものまで種々様々であり、それぞれの人が様々な程度に苦しんでいると言えるだろう。今年度の研究結果からはまず咽頭部嚥下IMP曲線による嚥下行動の測定とその定量法の提案は咽頭期の嚥下障害に限って考えれば非常に画期的なもので、嚥下障害の原因でも最も多いと思われる脳血管障害が主に咽頭期の嚥下障害であることを考えれば大いに活用されるべきものであろう。当然いくつかの変更が必要かも知れないが、考え方に方向づけは成されたと言える。宇都山らのクエン酸溶液の嚥下反射誘発は現在Srn用として用いられている水のみテストの偽陰性に源を発しており、そのテストの確実性を改善するためにクエン酸を水に加えたところ、誤嚥のある患者の嚥下反射を誘発したところから治療法の可能性が生まれてきた。最近になり酸っぱい食物が誤嚥に有効であることが発表され始めたので今後、使用法に工夫を重ねるつもりである。岡島らのBfb法の嚥下障害治療への応用は時系列的事象に拘ることを止め、大きさに注目しその再現を指導することにより、さらに興味ある方法への発展が期待できる。嚥下音への着目は興味が持てる。咳嗽反射のない嚥下物の気管内流入はVF検査以外には決定的なものがないのでその方面での発展にも期待したい。藤島らの問診表は大げさな検査装置も複雑な配線図も不必要な言わば最も簡単な方法で重要な情報が得られる点でまさに画期的である。急性期あるいは充分な情報が得られない場合の問診表あるいはチェックポイントの開発を期待したい。
結論
嚥下IMP曲線の定量化の提案、クエン酸による嚥下反射誘発と嚥下障害治療への期待、情報処理単純化によるBfb法の治療応用実用化、低周波を応用した訓練法の開発とその
良好な結果、極端なまでに単純化された実用的問診表の妥当性・信頼性・再現性の証明が今年度のわれわれの研究成果である。直ちに実用化が可能なもの、大きく膨らんだ将来の発展性を持つものいずれを取っても興味深いものと考える。

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