脳卒中及び神経変性疾患に対するリハビリテーションの効果とその作用機序に関する研究

文献情報

文献番号
199700616A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中及び神経変性疾患に対するリハビリテーションの効果とその作用機序に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
宮井 一郎(国立療養所刀根山病院)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木恒彦(ボバース記念病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米でのprospective randomized controlled trialの結果,脳卒中に対する集中的リハビリテーション(以下、リハ)はADLの改善,入院期間の短縮,家庭への復帰促進をもたらす、すなわち,リハがdisabilityを改善することは国際的なconsensusが得られている。しかし、リハが神経機能そのもの、impairmentの改善に影響を与えるかどうかは不明である。また、理学療法や作業療法の方法論は経験的な集大成によるところが大きく、神経科学的な根拠が必ずしも明らかでなく、特定の訓練方法が他に勝るかどうかも証明されていない。本研究は脳卒中やパーキンソン病などの一部の神経変性疾患に対するリハによる機能回復機序の神経科学的解明を通じて、効率的なリハのアプローチ方法を確立することを目的とする。そこで今年度、本研究班では、1. 慢性期脳卒中患者に対するリハビリテーションの効果(慢性期脳梗塞に対するリハ効果は十分に検討されていないため、リハが慢性期脳梗塞の機能予後を改善するかどうか解析する)、2. 錐体路ワーラー変性の存在と慢性機能卒中の機能回復の関連(慢性期脳卒中における残存錐体路の機能回復への関与を明らかにする)、3. 脳卒中機能回復に対する抗うつ剤の効果(モノアミン取り込み阻害作用が異なる3種類の抗うつ剤が脳卒中後の機能回復に与える影響を比較検討する)、4. コンピューター制御システムによる脳卒中患者の前頭前野機能の解析(前頭葉機能とリハ効果の関連を解析する)、について検討した。
研究方法
1. 136例の初発脳梗塞患者の神経発達学的テクニックによる入院リハの機能予後をretrospectiveに検討した。発症後日数によりEarly群(E群;発症後≦90日)とLate群(L群;発症後>90日)に患者を分類した。DisabilityはFunctional Independence Measure (FIM)、impairmentはStroke Impairment Assessment Set (SIAS)運動スコアを用いて評価した。2. 天幕上脳卒中(発症後平均5カ月)の入院リハによる機能予後をMRI上の病変部以下の錐体路ワーラー変性(WD)の有無(WD+群 46名、WD-群 26名)で比較した。DisabilityはFIM、impairmentはSIASを用いて評価した。3. 入院リハ中のDSM3Rのorganic mood disorder with depressionに合致する初回脳卒中による片麻痺患者にノルアドレナリン作動性のDesipramine(D)、セロトニン(5-HT)作動性のTrazodone(T)、Fluoxetine(F)をランダマイズ投与し(二重盲検法)、Hamilton Depression Scale (HDS)、FIM、Fugl-Meyer Scale (F-M)を投与前、2週、4週で比較した。4. 脳卒中患者において前頭前野機能としての空間位置のworking memoryと視覚的注意シフトを解析するため、コンピューター制御のタッチスクリーンを用いたテストパラダイムのシステムを新たに開発し、その課題遂行における反応時間と運動時間を測定した。3種類の視覚的タスクがあり、MGは単純な視覚運動タスク、DRは視覚刺激終了後、5秒を経てからその位置にタッチする遅延反応をみるタスク、ASはWisconsin Card Sorting Testに基づいた2つの類似した図形を区別する能力をみるという視覚刺激に対する注意シフトのタスクである。
結果と考察
1. E群とL群の年齢、性別、病変側、タイプ(梗塞ないし出血)に差を認めなかった。平均入院日数はE群(138日)の方がL群(114日)より有意に短かった。入院/退院時のFIM (SD)はE群が88 (29)/103 (23)、L群が88 (29)/97 (28)と差を認めなかった。入院/退院時のSIAS (SD)もE群が11 (8)/14 (8),L群が10 (7)/13 (7)と差を認めなかった。入院時のFIMに基づき、患者を3つのサブグループに分けた場合も(severe: 18-53、moderate: 54-89、mild: 90-126)、入退院時のFIM、SIASに差を認めなかった。以上より、
慢性期脳卒中でも開始時期や入院時のimpairment、disabilityの程度に関わらず入院リハが機能改善に有効であることが示唆された。2. WD+群とWD-群の年齢、性別、発症後日数、病変側、タイプ(梗塞ないし出血)、入院日数に差を認めなかった。入/退院時のFIMはWD+ 87 (29)/98 (26)、WD- 93 (28)/106 (20)、SIASスコアはWD+ 11 (7)/14 (7)、WD- 11 (6)/14 (7)と差はなく、視空間、感覚障害のある患者を除いても、すなわちpure motor hemiparesisの患者(WD+ 35名、WD- 21名)でも同様で、FIMはWD+ 95 (25)/106 (20)、WD- 96 (25)/109 (17)、SIASスコアはWD+ 13 (6)/16 (6)、WD- 12 (5)/15 (5)とWDの有無で差を認めなかった。WDの有無でリハによるimpairment、disabilityの改善に差がないことから、慢性期脳卒中(発症後約5カ月)の機能回復には残存錐体路の果たす役割は小さいと考えられた。3. クライテリアに合致する59例中、24例からinformed consentを得て、D13例、T6例、F5例にランダマイズ投与した。6例が副作用の疑いで、2週で服薬中止。うち5例がDであった。薬剤間で年齢(平均74才)、発症後日数(40日)、投与前HDS、FIM、F-Mに差はなかった。FIMは2/4週でT(+14/+16)、F(+14/+18)が、D(+2/+5)より有意に改善(p<0.05)した。HDS、F-Mは薬剤間で差はなかった。動物での運動感覚野破壊モデルやヒト脳卒中急性期の薬物投与ではノルアドレナリン作動性薬剤(アンフェタミン)が運動麻痺回復に有効であるが、発症後約6週間の脳卒中患者に対する反復投与ではセロトニン作動性薬剤がdisabilityの改善に有効であった。これはTrazodoneが脳梗塞後うつ状態の治療と機能回復に有効としたRedingら(Arch Neurol 1986;43:763-765),FluoxetineがplaceboやMaprotilineに比し、機能回復に有効としたDamら(Stroke 1996;27: 1211-1214)の報告に一致した結果である。4. 慢性機能卒中患者12例のMGに対する運動時間は600 - 800 msecと一定していたが、DRとASに対する運動時間はvariationが大きく、800 msecから5 secであった。MGに対する反応時間は300 - 500 msec、DRでは300 msec - 1 sec、ASでは600 msec - 5 secであった。このシステムでは空間位置のworking memoryと視覚的注意シフトの課題遂行における反応時間と運動時間を別個に測定できることが特徴である。今後、病変部位やリハビリテーション機能予後との関連を解析し、機能回復における前頭前野機能の役割を明らかにしていく計画である。
結論
慢性期脳卒中に対するリハビリテーション効果を検討し、開始時期、disability、impairmentに関わらず機能改善に有効であること、錐体路ワーラー変性の有無で改善に差がなく、残存錐体路の果たす役割は小さいことを示した。脳卒中機能回復に対する抗うつ剤の効果を検討し、セロトニン作動性薬剤が機能予後、副作用の観点から有効であった。前頭前野機能(空間位置のworking memory、視覚的注意シフト)を解析するタッチスクリーン式テストシステムを開発した。

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