骨粗鬆症の疫学的研究

文献情報

文献番号
199700614A
報告書区分
総括
研究課題名
骨粗鬆症の疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
井上 哲郎(浜松医科大学整形外科教授)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋栄明(新潟大学医学部整形外科教授)
  • 原田征行(弘前大学医学部整形外科教授)
  • 山本吉藏(鳥取大学医学部整形外科教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、脊椎骨折症例や大腿骨頚部骨折症例、一般高齢住民を対象として、疫学的研究の手法により脊椎骨折や大腿骨頚部骨折の罹患率を把握する。また骨折発症に関与する骨量以外の因子を解明し、臨床面や社会的啓蒙活動に応用する。さらにこれらの骨折によって寝たきり状態になる要因を解析し、骨折による寝たきり予防法の確立に役立てることである。
研究方法
1.脊椎骨折の疫学調査. 過去1年間に鳥取県内で発生し医療機関を受診した60歳以上の新鮮脊椎骨折患者を対象として、その性別、年齢、骨折部位、受傷機転、合併損傷、治療方法、医療費などについて調査した。2.大腿骨頚部骨折の疫学調査. 1青森県内の病院・診療所を対象に、1990年から1995年の6年間に発症した大腿骨頚部骨折の症例数、年齢、骨粗鬆化度、骨折型、受傷機転、治療方法などについて調査した。2.新潟県内の病院・診療所を対象に、1994年度に発症した大腿骨頸部骨折の症例数を調査し、同一時期に、タイ・ウボンラチャタニー、中国・唐山市、ロシア・クラスノヤスクで実施した同一の大腿骨頚部骨折に関する疫学調査と比較検討した。3.骨折から寝たきりになる要因調査. 浜松市保健所の寝たきり老人等調査票に登録されている在宅寝たきり老人のうち骨折がその原因とされている106症例を対象に、既往骨折の種類、骨折前後の併発症の有無、日常生活活動度の変化、身体状況など20項目について訪問調査した。さらに調査時の日常生活活動能力により、屋内での生活はおおむね自立している経過良好群と床上生活を余儀なくされている経過不良群に分類し、骨折既往、併発症、身体状況などについて比較検討した。
結果と考察
1.脊椎骨折の疫学調査. 1996年度に鳥取県内で発症した脊椎骨折は 407例で、年齢は60から96歳(平均75.3歳)、男性症例は92例、女性症例は315例であった。1椎体の新鮮骨折を受傷した症例が最も多く333例、2椎体の骨折症例数は58例、3椎体が14例、4椎体が2例であった。受傷原因として外傷の既往がない症例が24.1%にみられた。入院治療を受けた症例の平均年齢は76.1歳、入院期間は平均42.6日であり、入院期間中における医療費は平均776200円(一日平均22000円)であった。脊髄神経障害を併発した症例が8例(2%)みられ、この症例は医療費、入院日数が有意に大きかった。264症例で薬物治療が行われ、この他装具療法・理学療法が行われていたが、神経障害を併発した症例の内3症例では手術治療が行われていた。2.大腿骨頚部骨折の疫学調査. 1990年から1995年の6年間に青森県内で発生した大腿骨頚部骨折は1254症例、男性298例、女性956例であり、平均年齢は77.1歳(男性69.5歳、女性77.8歳)であった。656症例が転倒により受傷し、入院患者が移動中に転倒して受傷した症例が18.6%にみられた。レントゲン写真により骨萎縮度を評価すると、Singh indexがgrade2・3の症例が70%を占めた。骨折型は内側骨折が35.0%、外側骨折が65.0%であった。1220例(97.3%)で手術治療が施行され、34例(2.7%)が保存的に治療されていたが、これらの症例は重篤な併発症を合併した症例、家族の同意の得られなかった症例であった。また1994年度における人口の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は、新潟県が17.3%、タイ・ウボンラチャタニーが4.7%、中国・唐山市が5.4%、ロシア・クラスノヤスクが8.5%である。また、中国・唐山市とロシア・クラスノヤスクは新潟県と同緯度に位置する地域であるが人種差が存在し、タイ・ウボンラチャタニーはこの3地域と緯度、気候、人種において異なった地域である。この各地域における人口10万
人当たりの大腿骨頚部骨折発生数は、タイ・ウボンラチャタニーが10.3件、中国・唐山市が12.2件、ロシア・クラスノヤスクが16.9件、新潟県が59.1件であった。また、大腿骨頚部骨折症例の内65歳以上の高齢者が占める割合は、タイ・ウボンラチャタニーが45%、中国・唐山市が37%、ロシア・クラスノヤスクが69%、新潟県が88%であった。中国・唐山市のみが65歳以上の高齢者における男性の骨折症例数が女性の骨折症例数を上まわっていた。3.骨折から寝たきりになる要因調査. 骨折から寝たきりになったと登録されている在宅寝たきり症例が受傷した骨折の種類を重複例も含めて集計すると、大腿骨頚部骨折が全体の53.8%を占めた。さらに骨折の重複症例では寝たきりの原因となったと考えている骨折をひとつ選択してもらい集計すると、寝たきりの起因骨折が大腿骨頚部骨折であると回答した症例は70.6%におよんだ。調査時の日常生活活動性で比較すると、寝たきり起因骨折としては経過良好群、経過不良群のいずれも大腿骨頚部骨折が大半を占めるが(各々60.0%、75.0%)、経過良好群での重複骨折既往例は経過不良群に比して有意に少ない。また、経過不良群と経過良好群で骨折前の痴呆症を除く併発症の合併頻度に差を認めないものの、経過不良群では骨折後に脳血管障害、循環器疾患などの併発症や痴呆症を発症した症例が有意に多かった。さらに、経過不良群では複合家族の同居形態をとりながら、骨折受傷前から家庭内における存在感に乏しく、孤独感を抱いている症例が有意に多かった。骨折受傷後の全経過を通じて骨折以外に他の併発症を認めない症例は39.2%にみられた。
国外では高齢者の骨折に関する疫学的研究が大規模に実施され、骨粗鬆症の罹患率、骨折の罹患率などの算出や骨折発症に関わる要因の解析が行なわれているが、国内ではこのような大規模な疫学的研究はほとんど行われていない。人種、生活環境の違いなどから欧米の研究によって明らかにされた疫学調査の結果はそのすべてがわが国の高齢者と共有できるものではなく、骨折発症に関わる高齢者の特性を明らかにするためにもわが国の疫学的研究を充実させる必要がある。
今回、県あるいは市単位ではあるが脊椎骨折や大腿骨頚部骨折に関する疫学調査を実施した。特に、外傷の既往なくして発生する脊椎骨折の疫学調査は、骨折の存在を聞き取り調査から知ることが困難なため医療機関におけるレントゲン撮影と経験ある臨床医によるレントゲン評価を必要とする煩雑な研究であり、今回得られた鳥取県の調査は極めて貴重なデータといえる。また、人口の高齢化率が全国平均を上回る青森県や新潟県で算出された大腿骨頚部骨折の発生頻度は、今後のわが国全体の実情を予測させるデータであり興味深い。大腿骨頚部骨折の発生頻度を地域で比較すると、タイ・ウボンラチャタニー、中国・唐山市、ロシア・クラスノヤスクにおける発生頻度に比して新潟県における発生頻度は明らかに高く、また、わが国の中でも青森県における発生頻度は新潟県に比して明らかに低い。大腿骨頚。部骨折が骨量に依存して発生する反面、人種や生活環境がその発生頻度を左右している結果であり、地域差を生ずる原因の解明は大腿骨頚部骨折の予防法の確立に通ずると考えられる。
また、骨折から寝たきりとなる要因調査からは、大腿骨頚部骨折の重篤性が改めて示されたが、骨折発症のみが寝たきりの原因と考えられる症例は約40%であり、中には精神的・社会的要因が寝たきりの原因となっている症例が存在した。このことは、骨折からの寝たきりを予防するためには医学的な面からの研究のみでなく精神面・社会面も含めた多方面からのアプローチが必要であることを意味している。
結論
1. 1996年度に鳥取県内で発症した脊椎骨折は 407例、平均年齢は75.3歳、男性症例は92例、女性症例は315例であった。また、その受傷機転として外傷の既往がない症例が24.1%にみられた。入院治療を受けた症例の入院期間は平均42.3日であり、入院期間中における医療費は平均760170円であった。2. 1990年から1995年の6年間に青森県内で発生した大腿骨頚部骨折は1254症例、男性298例、女性956例であり、平均年齢は77.1歳(男性69.5歳、女性77.8歳)であった。うち656症例が転倒により受傷していた。3. 人口10万人当たりの大腿骨頚部骨折発生数は、タイ・ウボンラチャタニーが10.3件、中国・唐山市が12.2件、ロシア・クラスノヤスクが16.9件、新潟県が59.1件であった。4.大腿骨頚部骨折が寝たきりの起因骨折として重要であるが、骨折発症のみが寝たきりの原因と考えられる症例は約40%であり、精神的・社会的要因が寝たきりの原因となっている症例が存在した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)