エストロゲンの骨髄造血調節作用に着目した閉経後骨粗鬆症の発症機構の解明

文献情報

文献番号
199700611A
報告書区分
総括
研究課題名
エストロゲンの骨髄造血調節作用に着目した閉経後骨粗鬆症の発症機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
宮浦 千里(昭和大学歯学部)
研究分担者(所属機関)
  • 秋山修一(昭和大学歯学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会への急激な移行に伴い、我が国でも骨粗鬆症患者の急増が大きな社会問題となっている。特に閉経後骨粗鬆症には女性ホルモン(エストロゲン)の分泌低下が関与し、エストロゲンが欠乏すると骨吸収が亢進して著しい骨量減少が起こる。骨髄の造血環境は骨代謝と密接に関係し、骨髄細胞が産生するサイトカインは局所性の骨代謝調節因子として重要視される。我々は、閉経後骨粗鬆症のモデル動物である卵巣摘出マウスを用い、骨量減少に先立って骨髄の造血が著しく促進され、未熟なBリンパ球が特異的に増加していることを報告した。しかし、骨髄の造血微細環境と骨代謝の関係、特に、Bリンパ球造血の亢進と骨吸収・骨量減少との関係は明らかでない。Bリンパ球の増殖因子であるIL-7はin vivo において骨髄のプレBリンパ球を選択的に増加させる。そこで、マウスにIL-7を投与し、卵巣機能を正常に維持したままで骨髄Bリンパ球造血を亢進させ、Bリンパ球造血の亢進と骨量減少の関係を検索した。さらに、エストロゲン欠乏とアンドロゲン欠乏の比較を行った。1996年、新規エストロゲンレセプターであるERβが発見され、エストロゲンの作用機構解明として新たなアプローチが進んでいる。特に、生殖器ならびにその他の臓器において、従来のエストロゲンレセプターであるERαの発現分布とERαの分布パターンは異なることより、ERβを介したエストロゲン作用に注目が集まっている。そこで、本研究では、ラットの骨組織及び骨芽細胞を用い、ERαとERαの発現を比較し、骨におけるエストロゲン作用がどちらのERを介して発揮されるかを検索した。
研究方法
Bリンパ球の初期分化を促すインターロイキン-7(IL-7)をマウスに投与して, 正常卵巣機能のままでBリンパ球造血を亢進させ、骨代謝を解析した。IL-7は骨髄Bリンパ球の増殖と分化に必須である。8週齢雌性マウスにIL-7(1μg/day)あるいはvehicleを20日間皮下投与した。また、同週齢のマウスに偽手術(sham)及びOVXを施し、4週間飼育した。経時的に子宮重量の計測と共に、脛骨より骨髄細胞を採取し、大腿骨の解析を行なった。骨髄細胞は有核細胞数を計測後、特異的表面抗原としてFITC標識したB220(Bリンパ球)、Gr-1(顆粒球)、Ig Mμ鎖などの抗体を用い、flow cytometory により解析した。大腿骨は軟X線解析の後、骨密度をDXA法にて測定した。大腿骨遠位端の海綿骨の解析はμCTスキャンの3次元解析を行なうとともに、薄切切片を作製してTRAP染色を施し、形態学的に観察すると共に破骨細胞数を計測した。 また、アンドロゲン欠乏のモデル動物として精巣摘出マウスを作製した。雄性マウスに精巣摘出術を施し、経時的に精嚢腺の重量を計測するとともに、骨量及び骨髄Bリンパ球造血を調べ、エストロゲン欠乏モデルのOVXマウスと比較した。骨髄細胞は有核細胞数を計測後、特異的表面抗原としてFITC標識したB220(Bリンパ球)、Gr-1(顆粒球)、Ig Mμ鎖などの抗体を用い、flow cytometory により解析した。大腿骨は軟X線解析の後、骨密度をDXA法にて測定した。また、エストラジオール、テストステロンなどの補充投与を行い、アンドロゲンの欠乏が2次的なエストロゲン欠乏であるか否かを検討した。 次に、雌性および雄性のWistar系ラットを用い、脊椎骨、脛骨、大腿骨遠位部の海綿骨と皮質骨よりtotal RNAを抽出し、RT-PCR法によりERαおよびERβのmRNA発現を調べ、雌性生殖器(卵巣、子宮)、雄性生殖器(精巣、前立腺)、胸腺、脾臓、骨髄細胞におけるERβ mRNAの発現量と比較した。また、新生仔ラット頭頂骨より採取した骨芽細胞をデキサメタゾンおよびアスコルビン酸存在下で28日間培養し、石灰化の過程
に於けるERα, ERβのmRNA発現を調べた。さらに、骨芽細胞の株細胞であるROS17/2細胞を用い、ERβのmRNA発現を解析した。
結果と考察
マウスにIL-7を投与すると、対照群に比し3日目より骨髄においてB220陽性のBリンパ球が増加した。IL-7により増大するB細胞はB220弱陽性・μ鎖陰性のプレBリンパ球であり、そのパターンは、術後2-4週のOVXマウスに極めて類似しており、骨髄有核細胞の48%がプレBリンパ球となった。OVXマウスでは著しい子宮萎縮が起こったが、IL-7投与マウスの子宮重量は正常のまま変化しなかった。従って、IL-7を投与することにより、卵巣機能を正常に維持したままで、骨髄Bリンパ球造血をエストロゲン欠乏様の状態にすることが可能である。そこで、IL-7投与20日後の大腿骨をX線像で観察したところ、遠位骨端海綿骨の顕著な減少を認め、14%の骨密度低下を示した。この骨量減少は術後4週のOVXマウスとほぼ同一であった。TRAP染色標本において、IL-7の投与により破骨細胞の増加と骨吸収亢進が認められた。海綿骨骨梁をμCTスキャンの3次元解析をすると、IL-7投与により骨梁の断絶・消失と骨吸収亢進が認められた。
雄性マウスに精巣摘出術を施し、経時的に精嚢腺の重量を計測するとともに、骨量及び骨髄Bリンパ球造血を調べ、OVXマウスと比較した。術後2週目において、精巣摘出マウスは著しい精嚢腺重量の減少を示し、アンドロゲン欠乏を呈した。骨髄の有核細胞数は増加を示し、flow cytometory による解析から、アンドロゲン欠乏による造血亢進はOVXの場合と同様に、B220陽性のプレBリンパ球であった。大腿骨の骨端海綿骨は著しい減少を示し、DXA法により測定した骨密度は約15%の減少を示した。そこで、精巣摘出マウスにエストラジオールあるいはテストステロンの補充投与を行ったところ、微量のエストラジオール投与により造血亢進と骨吸収亢進のいずれもが正常化したが、テストステロンでは数百倍量が必要であった。また、エストロゲンの補充によって、精嚢腺重量は萎縮したままであった。
骨芽細胞におけるERαとERβのmRNA発現を初代骨芽細胞を用いて比較したところ、ERβmRNAはERαに比して強く発現していた。骨芽細胞の分化と石灰化を促す28日間の長期培養系において、経時的にERβおよびERβのmRNA発現の変動を調べたところ、ERβ mRNAは培養初期より一定して強く発現していた。一方、ERα mRNAは、培養初期では極く弱く発現しており、石灰化に伴ってその発現は強くなった。8週齡の雌雄ラットを用い、各種組織におけるERβのmRNA発現を検討した。その結果、生殖器について、雌では子宮より卵巣で、雄では精巣より前立腺において強く発現していた。骨組織では脊椎骨および大腿骨遠位の海綿骨が子宮や精巣と同程度に発現していた。
本研究において、マウスにIL-7を投与することにより、卵巣機能を正常に維持したままで、骨髄Bリンパ球造血をエストロゲン欠乏様の状態にすることに成功した。IL-7はエストロゲン分泌に影響せず、in vitro培養系において骨吸収活性を示さない。従って、IL-7投与マウスで認められた骨吸収の亢進と骨量減少は、OVXの場合に類似した骨髄Bリンパ球造血の亢進に起因することが示唆される。すなわち、エストロゲンのレベルに関係なく、骨髄の造血微細環境の変動が骨代謝に影響する。本研究において、エストロゲン欠乏とアンドロゲン欠乏を比較し、いずれの場合も骨髄Bリンパ球造血の亢進と骨吸収増大による骨量減少が起こること、これら性ホルモン欠乏はいずれもエストロゲンの補充投与により正常化することが明らかとなった。テストステロンはエストロゲン合成酵素(アロマターゼ)によりエストロゲンに変換される。従って、投与したテストステロンはエストロゲンに変換された後、その作用を発揮していると考えられる。また、骨組織に新規のエストロゲンレセプターERβがERαに比して高率に発現していることを明らかにした。従って、ERβが骨のリモデリングにおけるエストロゲン作用に関与していることが示唆され、ERβ mRNA発現に雌雄の差がないことより、エストロゲンが雌のみならず雄でも骨代謝調節作用を発揮することが示唆された。
結論
IL-7を投与したマウスの骨代謝を解析することにより、エストロゲンやアンドロゲンなど性ホルモンの欠乏時に亢進する骨髄のBリンパ球造血が骨吸収亢進と密接に関係することが明らかとなった。また、骨には新規のエストロゲンレセプターERβが発現していることが明らかとなり、ERβを介した機構によるエストロゲンの骨代謝調節作用を示唆した。これらの知見は閉経後骨粗鬆症の発症機構解明のみならず骨に選択的な骨粗鬆症治療薬の開発にも示唆を与える。

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