百寿者のライフスタイルと社会医学的背景

文献情報

文献番号
199700608A
報告書区分
総括
研究課題名
百寿者のライフスタイルと社会医学的背景
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田内 久(愛知医科大学加齢医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 稲垣俊明(名古屋市厚生院診療科)
  • 脇田康志(愛知医科大学第三内科学教室)
  • 広瀬信義(慶応義塾大学医学部老年科学教室)
  • 鈴木信(沖縄大学医学部附属地域医療研究センタ-)
  • 吉田眞理(愛知医科大学加齢医科学研究所老化形態部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
不老長寿は人類始まって以来の見果てぬ夢であり、ヒトの最長寿命近くまで生きた百寿者の調査研究は重要である。とくに世界的にも戸籍の正確なわが国の百寿者を対象にした科学的研究の必要性が指摘されたのは当然の帰結である。一方わが国の百寿者数は世界的にも最も急速で1970年の310人が1997年には8491人と約27倍に増加しているが,ADL の逐年的低下は顕著であり、肉体的、精神的しかも社会的にも健やかな長寿の達成への道は遥かに遠い。そのようなわけで本研究班は百寿者のうちで介助を必要としない生理的老化の究極像を示す真の長寿者と要介助の単なる長命者との差を浮かびあがらせながら健やかな百寿達成の科学的究明を最終の目標とする。
研究方法
昨年までの調査成績に加え、新しい百寿者を含めて遺伝と環境の両面から各種の調査研究を実施した。百寿者の家系、ライフスタイル、既往歴、現病歴などの調査のほか栄養状態、血清脂質、リポ蛋白、血漿ホモシステイ ン値、心拍変動などの分析成績をADLと対比させるとともに剖検例についてはとくに心臓、脳について過去の成績に加えて一層詳細に各種形態像を検討した。愛知県下(名古屋市を含む)の97例(男20例、女77例)については訪問により、家族歴、食生活、職業歴をはじめ各種の生活歴、厚生省・老年者総合機能調査法、長谷川式痴呆テスト(HDS)、改訂長谷川式簡易知能評価スケ-ル(HDSR)などを調査、測定、検討した。東京都在住の百寿者についてはbody massindex(BMI)の検査のほか、血液検査で総コレステロ-ル(TC)、中性脂肪(TG)、HDLコレステロ-ル、アポA1,アポB、リポ蛋白など各コレステロ-ル濃度を、またLDLの被酸化能の指標としてはEsterbauerらの方法によりlag timeを測定した。沖縄在住の百寿者70例(男15例、女55例)について血漿総ホモシステイ ン値を測定し、ADLとの相関を求めた。一方愛知県在住百寿者の24時間心電図からのR-R間隔時系列デ-タについて22:00から4:00までの6時間のデ-タをFFT解析し周波数パワ-を対数表示しその傾きから1/fゆらぎを算出した。剖検例の心臓における形態学的、微計測的検討には、若齢群(男9例、女11例)、90歳代群(男15例、女39例)、百寿者群(男3例,女18例)について、また脳病理所見は100~116歳の19例について重量、肉眼所見、組織学的所見を各種の神経系の特殊染色、β- protein ,Tau,Ubiquitin,GFAP等の免疫染色によって検討した。短期追跡では昨年度につづき例数を増加し(300名)死因追跡とともに,疾患の予後関連要因をCox's Pro-portional Hazard Modelによって検討した。
結果と考察
愛知県の百寿者97例の家系的な面からの調査では百寿者は長寿家系に属し第1子が有意に高率であり、出産時の母体の年齢をはじめ生後の各種の家庭的、社会的環境との関連が推察される。生活自立例は23.7%,介助例は76.3%で自立例は男性に有意に高率であった。自立例では既往歴、現病歴ともに有意に低率で生活場所は在宅95.7%で100歳をすぎても趣味、娯楽をもち毎日仕事をし73.9%の百寿者が健康感を感じていた。東京都の百寿者69名のBMIは若年対照群に比べ有意に低く、痩せている傾向があった。また百寿者では、TC,TG,HDL,アポA1,アポBいずれも対照群に比し有意に低値を示した。百寿者のリポ蛋白分画ではVLDL,LDL,HDL3の有意な低下に対し、抗動脈硬化作用が強いとされるHDL2は有意に高値を示した。百寿者で痴呆のある群とない群の比較では脂質構成のTCには差がなかったが、痴呆群ではHDL,アポA1
が低く、アポBは有意に高値であった。LDLの被酸化能の指標として測定したlag timeは有意に痴呆群に短かかった。百寿者の血漿ホモシステイ ン値はやや高かかったが対照に比し有意差はなかった。一方ADLとの間にはいずれも軽度な相関をみた。心拍変動解析での1/fゆらぎはADLの悪い群において、β=-0.202±0.89といわゆるホワイト側にずれていた。一方ADLのよい群ではβ=-1.33±0.73と個体差が大であったが、ホワイト側へのずれは主に期外収縮が頻発している例で認められ、不整脈が少なかった例で1/fゆらぎを示すものが存在した。健康な、介助を必要としない百寿者では、疾患数は少なく生活の質(QOL)、生体の“心地よさ"の指標ともいわれる心拍変動での“ゆらぎ"も消失していないという成績である。百寿者の心臓の形態学的特徴として、心室容積の減少、壁肥厚な病変として筋層の限局性ないしび漫性線維化、弁膜線維化、肥厚、石灰化などいろいろな変化をみたが冠動脈の硬化像は比較的軽い傾向であった。筋線維の太さ(核の位置する横断面の直径)は、左室は右室より太く、男性では90歳代がピ-クとなり、百寿者では減少が見られた。百寿者の心臓重量は一般の臓器での減少とは赴きを異にし個人差は大きいが平均的には逐齢的に増加し血圧は概ね正常に保たれ、心電図所見で異常を認めない例も少なくなかった。脳の重量は過半数が1,000gを下まわった。肉眼的に粗大病変はなく脳幹部は良く保たれ、また側頭葉の萎縮と脳室拡大、多発性の小梗塞、基底核のetat crible が目立つた。10例にアルツハイマ-型老年痴呆の所見をみた。大脳半球白質にはBinswanger型血管性痴呆に一致するび漫性の髄鞘脱落と細動脈硬化を19例中8例に認めいずれもアルツハイマ-型老年痴呆の所見を合併していた。神経病理学的にはパ-キンソン病と診断できる症例が2例でLewy小体はそれ以外にも3例に認め、病的変化に乏しい症例は3例のみであった。
結論
現在の段階では健康な自立しうる百寿者の所見は多病な100歳以下の高齢者の平均値の延長線上にはないことが示された。近年急激に数を増した百寿者には、特に目立った疾患もなく単なる生理的老化のみによって全身的にバランスをとりつつ自立を保ち矍鑠として100歳を超えた者のほかに、軽度ながら病的老化を伴い医療・介護などにより辛うじて長命を保っている者が多い点が痛感された。

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