沖縄における長寿背景要因に関する研究-特に長寿者の疾病構造とライフスタイル

文献情報

文献番号
199700607A
報告書区分
総括
研究課題名
沖縄における長寿背景要因に関する研究-特に長寿者の疾病構造とライフスタイル
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 秩子(愛知医科大学加齢医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 稲福徹也(琉球大学医学部附属病院地域医療部)
  • 伊藤悦男(琉球大学医学部第一病理学教室)
  • 石井壽晴(東邦大学医学部第二病理学教室)
  • 渡辺務(愛知医科大学第三内科学教室)
  • 道勇学(名古屋大学医学部神経内科学教室)
  • 伊藤隆(愛知医科大学公衆衛生学教室)
  • 保良昌徳(沖縄国際大学文学部)
  • 伊藤美武(愛知医科大学加齢医科学研究所老化動物育成部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
沖縄県は日本一の長寿県である。この実態を各方面から調査・解明することは人類全体における“長寿への道"への指針になろう。地理的にも離れた島嶼地域である上に、沖縄県内でも各島々では気候的にも風俗習慣的にも異なった環境のもとにあり要因は複雑である。また沖縄県から多くの移民が行っているハワイ、ブラジルなどの異なった環境で同じように長寿を保っているかどうかの実態も問題の解明に一役買うと思われる。これらを踏まえ、長寿に支配的に関与すると思われる疾病の発現様相の特徴を分析し、、基本的な発生要因を抽出し、本土との環境・栄養・ライフスタイルなどの背景要因と疾病との関わりについてその差の究明に焦点をあてる。また沖縄に特異的な疾病、発生に本土との差のない疾病もある筈で、これら多様な疾病の発現様相解明を、地理病理学的、臨床医学的、疫学的に進めることにより、全世界の長寿への道に大きな指針をあたえようとするものである。
研究方法
a)沖縄に特異的な疾病について:脳・血管系の疾患が少ないにも拘らず、慢性気管支炎、肺気腫・器質化肺炎などの慢性呼吸器疾患が多く、喫煙率と関係なく肺癌も多いといわれる。この原因に土壌粉末の吸引も関係していると考えられるので住民の剖検例の肺組織での沈着状態をまず観察した。光顕的、電顕的観察、乾燥肺組織の分析、沖縄土壌のX線解析、原子吸光分析結果と肺組織内沈着物質との比較などを行った。b)沖縄に少ない疾病について:寿命に強い影響を与えるのは、成人期にみられる致命的疾患の発生様相であろうことは論を俟たない。栄養環境は、直接寿命に影響を与えるというよりこれら成熟後の致命的な疾病の発生にまず影響すると考えるべきであろう。沖縄に少ないとされる疾患は血管系の疾患である。臨床的に循環器機能の検査成績の比較:愛知県の百寿者44例(男8,女36)および愛知県長久手町の健康高齢者89例(男28,女61)の標準12誘導心電図所見(うち23例についてはホルタ-心電図)記録をさきに発表されている沖縄例(鈴木)の成績と比較検討した。動脈硬化の発生要因の分析のため漁村で264例(男109,女155)と農村で212例(男81,女131)とを抽出し食事内容の聞き取り調査、血清採取、脈波速度測定、超音波エコ-により内頸動脈の内膜肥厚度の測定・動脈硬化斑の有無の検索と両地域内における動脈硬化疾患の発生状況を検討した。琉球大学剖検例と名古屋市厚生院剖検例の報告(日本病理剖検輯報より)より血管病変の発生様相を検討し、剖検腎内の各種サイズの動脈硬化度を病理組織学的に比較し、かつて検討した、在ハワイ日本人、在米白人腎内動脈硬化度の成績とも比較検討した。c)加齢に伴い脳内に増加するといわれるadvanced glycation endproducts(AGEs)のうち構造のあきらかなcarboxymethyl-lysine (CML)について沖縄(15-92歳、11例)と東海地方(12-78歳、22例)の剖検脳内における発現様相を比較検討した。d)ライフスタイル、生活意識に関して、沖縄県の90歳以上の高齢者より抽出した200名中比較的元気な109名について、本人及び家族から、ライフスタイルについて聞き取り調査を行い、沖縄県南部の人口10,000余人の農村地区に20年以上居住した85歳以上の高齢者237人につき、ADL指標、厚生省策定の“障害老人の日常生活自立度判定基準"
に基いてランクづけを行い、精神生活機能面については改訂長谷川式スケ-ルHDS-Rを用いた。ライフスタイル、意識調査は留め置き調査として原則として本人の記入を求めた。e) 生命予後への関連要因については、愛知県内の一地区で65歳以上の高齢者に行われた総合健康調査受診者の追跡により、平成7年時点(検診15-17年後)の死亡、生存両群のデ-タの比較を行った。健康状態、自覚症状、日常生活習慣、性格、心理的適応、体格、血圧、血清脂質、肝機能、空腹時血糖、尿酸が対象となった。f)栄養環境と寿命・疾病発生の関連に焦点を合わせ、カロリ-制限されたラットの長期飼育実験を行った。ドンリュウ系・雄ラット135匹を用い、3週齢より制限群(DR群)には特注飼料(蛋白源として大豆蛋白のみ)を自由摂取群(AD群)ラットの摂取量の60%に制限して毎日給餌した。12,24,29,33 か月齢で屠殺し、肉眼的、組織学的病変の発現様相を比較した。
結果と考察
気管支閉塞性疾患などの沖縄に特異的な慢性呼吸器系疾患に関する検討結果:沖縄の表層土壌は半量近くがシルト岩で、0.02μmから数μmの微細さであった。組成は珪酸アルミニウムを多く含み、X線回析分析でSi,Al,Mg,Fが有意に高く検出された。剖検肺の融解濾過後残渣の量は症例差はがあるがかなり多く沈着していた。乾燥重量あたりの沈着物の量は10.5-134.6mg/gで平均は56.71gm/gであった。X線回析の結果、主要な鉱物はシルト岩と同様であった。組織学的に肺組織の破壊、線維化、改築が進行し正常肺は殆どなかった。偏光顕微鏡によるシルト岩粒子の検索では、沈着部位が炭粉と一致していた。明らかに住人に吸引された土壌粉末が呼吸器疾患の誘因になっていることが示されていた。循環器機能検査成績:愛知県の百寿者は健常高齢者に比してPQ時間、QTc時間が有意に長く、房室ブロック、右脚ブロックの出現頻度も高かった。上室性期外収縮の出現頻度が高いのに反して心房細動は少なく心室性期外収縮の頻度も少なかった。愛知県と沖縄県の 百寿者の比較では、心電図異常所見の出現頻度は類似していたが、沖縄県の100歳以下の健常高齢者の成績がないので、両地区の十分な比較は出来なかった。漁村・農村における住民の動脈硬化に関する検討では、農村では脂質、飽和脂肪酸、モノ不飽和脂肪酸、多価飽和脂肪酸をとっていた。農・漁村間には、総コレステロ-ル、トリグリセライド、Apo-A1,B蛋白、尿酸価の間に有意差はなく漁村では喫煙率、BMIが高かったが漁村では頸動脈硬化度と動脈硬化性疾患の発生率が有意に低かった。地理病理学的検討で、琉球大学病理剖検例の腎内動脈硬化像の組織学的検討では中、小、細動脈のいずれのサイズの動脈においても、その硬化度は顕著に軽度であった。神経細胞の細胞質内に認められるCMLの沈着量はアルツハイマ-型痴呆などの病変の有無による差はみとめられるが、東海地方と沖縄との間に地域による差は認められなかった。 動物実験による成績では、自由摂取群にみられる致命的な寿命短縮の場合には腎における病変(動脈硬化ではない)が主となり、下垂体腺腫の発生・増加率は制限食群に低く、寿命延長と関連していた。ライフスタイル・意識調査については、現在基本的デ-タを出している段階である。
結論
寿命に深く関連すると考えられる動脈硬化性病変と沖縄における環境とくに栄養環境要因の関連においては必ずしも科学的に断定しうるものが少なく、循環器系機能検査においても、百寿者においてはあまり差はなく、むしろそこに至るまでの壮年期の問題が重要な役割を演じているのではないかと考えられ、さらに広範囲に検索を進めるべきことが示唆された。沖縄土壌由来物質についてもさらなる検討が期待される。

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