高齢者の自律神経機能(96A2306)

文献情報

文献番号
199700601A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の自律神経機能(96A2306)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
古池 保雄(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 間野忠明(名古屋大学)
  • 服部孝道(千葉大学)
  • 塩澤全司(山梨医大)
  • 葛原茂樹(三重大学)
  • 平山正昭(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究班は生命予後に関わる自律神経障害を高齢者および自律神経機能不全症を含め多面的に検討する。第1に自律神経障害の中で最も重要な起立性低血圧についての研究を進め、第2に体温調節に関わる皮膚交感神経活動について研究することを目的とする。
研究方法
(a.起立性低血圧)
1)起立時超早期脈拍変動による検討(服部) 健常者147名:60歳未満100名(52.2±4.1歳)、60歳代28名(64.1±3.0歳)、70歳以上19名(76.4±4.1歳)を対象とした。方法は、安静臥位5分後に被検者をできるだけ急速に起立させ、臥位から起立位の脈拍変動を計測した。
2)近赤外線分光法により脳血流自動調節能についての検討(古池) 高度の起立性低血圧を起こした自律神経不全患者-多系統萎縮症2例、純粋自律神経不全症3例を解析対象とし、近赤外線分光法により脳血流を推定し自動能を検討した。
3)起立試験の基礎的研究(平山) 健常高齢者のべ163名(70±6歳)を対象に、能動起立と受動的起立の夫々を負荷し、血圧と脈拍変動を検討した。
(b.皮膚交感神経活動)
1)皮膚交感神経の基礎活動と反応性の加齢変化(間野) 10歳代から70歳代までの健康成人を対象として、微小電極法により足底部支配の皮膚交感神経活動を導出した。同時に効果器反応としての皮膚血流量と発汗量測定を行なった。
2)皮膚交感神経活動反射潜時の研究(塩澤) 健常者15人(平均52.2±14.6歳)と孤発性SCD患者12例(平均59.0±7.0歳)を対象。SCD患者の病型は、CCA、OPCA、SDSであり各病型から4例。膝窩部腓骨神経より微小神経電図法を用いてSSNAを導出し、右足関節部あるいは手関節で電気刺激し、SSNA反射性バ-スト活動からreflexlatency(RL)を求めた。
3)Thermographyを用いた手の冷水負荷試験(葛原) 高齢健常者24名(平均71.2±6.2歳)を対象とし、両手を4゜Cの冷水に10秒間浸した後の皮膚温回復曲線と1分あたりの皮膚温回復率を検討した。さらにValsalva試験やsympa-thetic skin response(SSR)との相関を検討した。
結果と考察
(a.起立性低血圧)
1)起立時超早期脈拍変動による検討
a)安静時脈拍(Ho):有意差はなかった。b)初期脈拍増加(ΔHim):60歳代、70歳以上で有意な低下を示した。c)最大脈拍(Hmax):70歳以上で有意な低下を示した。d)最大脈拍/安静時脈拍(Hmax/Ho):有意差はなかった。e)最大脈拍/最小脈拍(Hmax/Hmin):60歳代、70歳以上共に有意な低下を示した。
2)近赤外線分光法により脳血流自動調節能についての検討
代表例:40度 head-up tilt (HUT)時より徐々に血圧は低下し、その後酸化Hbの減少、還元Hbの増加が観察された。平均血圧が約82mmHg以上であれば酸化Hbの変動はみられないが、それ以下に平均血圧が低下すると急激に酸化Hbが減少する。この血圧を脳血流自動調節能下限血圧とした。今回の結果はある血圧までは酸化Hb濃度は保たれるが、それを超えて血圧が低下すると急激に脳内酸素飽和度が低下することを示している。
3)起立試験の基礎的研究
3分以内に収縮期血圧(SBP)の20mmHg以上低下例は受動的起立12%、能動的起立11%とほぼ同程度であった。能動的起立では2分以内の変動が大きく、受動的起立では乏しい点異なっていた。
起立時の心副交感・交感神経系は60歳代以降低下を示した。圧受容体からの求心系は不変だった。これらの結果は加齢に伴い急激な起立に対し、心・血管系の反応は鈍くなり、また十分な反応が得られず、立ちくらみ症状出現の背景因子になるものと思われた。起立時の脳循環自動能は自律神経不全の場合でも脳血流自動調節能が保持され、その境界の血圧が脳血流自動調節能下限血圧であると考えられた。起立試験は負荷3分を条件とした場合には相互に比較可能と思われる。
(b.皮膚交感神経活動)
1)皮膚交感神経の基礎活動と反応性の加齢変化
皮膚交感神経の基礎活動は、加齢に伴い増加した。皮膚交感神経活動の各種刺激に対する反応性は、すべての刺激に対して加齢とともに減弱した。また、各負荷に対する効果器反応である血流量の減少率は老年者で減弱していた。また、発汗加速度はすべての負荷に対して、若年者が大きかった。
2)皮膚交感神経活動反射潜時の研究
SSNAのRLは、健常者で738.7±63.8msecであり、全例1秒以下であった。CCA患者では、856±59.1msecと1秒以下であったが、延長傾向がみられた。OPCA患者では手関節部電気刺激ではバ-スト活動が容易に誘発可能であり、RLは1083±56.7msecで1秒以上に延長していた。SDS患者では反射性バ-スト活動は誘発不能であった。
3)Thermographyを用いた手の冷水負荷試験
加齢の影響をみる目的で、70歳以下群(14名)と、70歳を越える群(10名)を比較検討した。年少群では無回復例がなかった(0%)のに対し、年長群では10人中4人(40%)に負荷後15分までに回復がみられず有意な差を認めた。
皮膚交感神経の基礎活動は加齢に伴い増加したが、その原因としては加齢に伴う効果器反応の減弱性が関連すると思われる。すなわち減弱した効果器の反応を補償するために何らかのfeedback機構のもとに交感神経活動がより強く駆動されると考えられる。これには血管のcomplianceの低下、受容体の変化、汗腺の変化などが関係すると思われる。 この点は冷水負荷後の皮膚温回復延長には加齢による動脈硬化性変化や、血管運動神経反射機能の劣化が加わっている可能性が考えられる点と一致するものである。 SCD患者における末梢神経伝導速度が正常であることと考え合わせると、SSNA-RLの延長は中枢神経系内における潜時延長であることが示唆される。すなわち、病的な自律神経系の変性では生理的な加齡とは異なる機序により自律神経障害が進行するものと考えられ、自律神経活動の変化は生理的変化と病的変化があることを示めした。
結論
 高齢者の起立耐性の劣化が心臓自律神経の面からも明らかにされた。しかし、一方で脳循環自動能は疾患においても保たれることが示され、失神に至る過程は個々の条件により複雑なものと思われる。起立試験法については条件を整えれば、能動的/受動的起立の比較検討が可能と思われる。皮膚交感神経も加齢とともに筋交感神経と同様な態度を示すことが明らかにされた。これには効果器の加齢変化が重要と考えられる。皮膚交感神経の変化には加齢によるものと病的過程によるものが存在することも明らかにされた。

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