変形性膝関節症および変形性脊椎症の疫学、予防、治療に関する研究

文献情報

文献番号
199700597A
報告書区分
総括
研究課題名
変形性膝関節症および変形性脊椎症の疫学、予防、治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
緒方 公介(福岡大学医学部整形外科)
研究分担者(所属機関)
  • 三浦裕正(九州大学医学部整形外科)
  • 冨士川恭輔(防衛医科大学整形外科)
  • 武藤芳照(東京大学体育健康教育学)
  • 菊地臣一(福島県立医科大学整形外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
9,850,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
変形性膝関節症および変形性脊椎症は運動器疾患中最も発生頻度が高く、加令に伴う関節軟骨や周辺組織の変性を基盤とするが、高度老齢化社会と相まって患者数は今後も増加していくことが予想され、厚生事業に及ぼす影響は大きい。進行例では就労や日常生活の制限が著しく多大な経済的損失も危惧され、運動器疾患各分野の専門家による学際的な幅広い研究が必要とされている。変形性関節症では関節運動に際して軟骨障害に起因する機械的な摩擦や側方動揺性が発生し、これが疼痛や歩行障害の原因とされている。軟骨損傷の評価はX線写真やMRIなどの主観的画像診断に頼ることが多く、軟骨障害に起因する機械的な摩擦や側方動揺性についての定量的な証明や関節マーカー測定による生化学的アプローチはほとんどなされていない。軟骨障害の治療法としてステロイドやヒアルロン酸製剤の関節内注入療法が普及しているが、その作用機序に不明点もあり解明が望まれる。一方、変形性脊椎症による腰椎後彎や腰痛症が原因となる歩行能力低下は、臨床上最も頻度の高い愁訴であるがその実態調査は少ない。病態や治療効果に関しても不明な点が多いが、変形性脊椎症が進行する過程で脊柱管狭窄症を合併していくため重篤な神経障害に至る例も多く、その予防や治療が急務である。体操療法に関しても、国内では腰椎前屈、国外では腰椎後屈を主眼とされ、どちらの肢位が有利か意見が別れている。膝、脊椎の変形性関節症の相互関係や危険因子の疫学調査も少なく、患者の生活習慣などを調査する必要性は大きい。変形性関節症に対する外科療法にも問題点が多く残されている。本研究では以下を目的とした。(1)疫学調査による変形性関節症の発症に至る内的、外的因子の解明、各種病態の発生頻度の把握と分析。(2)関節診断法の改善や斬新な運動器検査法の開発を含めた客観的診断法の確立。(3)適切な予防と治療を行うための生体力学的または生化学的な研究。(4)得られた研究成果を基に膝、脊椎の変形性関節症に関する一般的知識を出版などの広報活動により市民に対して啓発する。
研究方法
変形性膝関節症、変形性脊椎症の疫学的調査として、(1)福岡県S村住民571人を対象として変形性膝関節症、変形性脊椎症、骨粗鬆症の相互関係を検討した。理学的診察、腰・膝のレントゲン撮影、骨密度測定、血液検査、生活調査をデータベース化した後、ロジステイックモデルによる多変量解析を行った。(2)長野県K村の50歳以上の93名を対象に変形性膝関節症の発生と体型、健脚度(10m最大歩行速度、最大歩幅、踏台昇降能)との関連を検討した。(3)基本検診に腰・膝X線撮影を行った1005人におけると関節裂隙狭小化と膝痛の関連、および腰痛と膝痛が相互に与える影響を検討した。(4)福島県S村住民1902人を対象に腰痛、脊柱後彎変形、腰痛性間欠性跛行の頻度や関連を調査、性別、年齢、肥満、喫煙、職業を危険因子として多変量解析を行った。(5)長野県A村の55歳以上の177名を対象に変形性膝関節症、変形性脊椎症の診断と健脚度の測定、重心動揺の測定を行った。変形性関節症の病因や治療に対する実験的研究として、(1)関節液の採取が可能な変形性膝関節症例65関節を対象とし、コンドロカルシンの関節液濃度を測定し、肥満度(以下、BMI)、膝変形の程度(以下、FTA)との関連を検討した。(2)変形性膝関節に対する保存療法として足底板療法を行い、症状の改善を認めた50膝と認めなかった50膝で、膝の側方動揺性を加速度測定により評価、合わせて足底圧分布の測定を行った。
治療開始時のBMI、FTA、膝内側関節裂隙について比較検討した。(3)リン脂質添加ヒアルロン酸の関節潤滑に及ぼす効果を、摘出豚肩関節を用いた振子試験器において摩擦試験を行い摩擦挙動の変化を測定した。関節変性に対する効果を兎の靱帯切離による関節症モデルを作成、週1回の関節注入を行い関節変性の評価を行った。(4)関節軋音を有す変形性膝関節症例と健常者の膝屈伸時に発生する音を高感度マイクロホンにて測定、高速フーリエ変換した周波数スペクトルを分析した。更に変形性膝関節症例にヒアルロン酸を関節注入する前後の関節音を測定した。(5)人工膝関節置換術後例49関節を対象とし、X線写真側面像をコンピューターに入力し骨陰影濃度を定量して、大腿骨遠位部の骨萎縮の部位と程度および骨折との関連について検討した。
結果と考察
疫学調査の結果として、(1)男性では変形性脊椎症と変形性膝関節症が相互に正の危険因子、女性では変形性脊椎症と骨粗鬆症が相互に負の危険因子となっていた。(2)変形性膝関節症は65歳以上の男性の36.1%、女性の55.7%に認め、健脚度は男女共に上記疾患例では有意に低下し、BMI、ウエスト・ヒップ比は女性では高い傾向を示した。(3)矢状面における腰椎と膝関節のアライメント変化は相互に影響を及ぼしていた。(4)腰痛罹病率は45.9%でその内、間欠跛行を伴う頻度は20.1%で女性と高齢者に有意に多く、脊柱後弯変形例に間欠跛行を呈する頻度は78.7%で、性別、年齢による有意差はなかった。重回帰式を用いた解析では、腰痛、腰痛性間欠跛行共に女性、高齢者、重労働者と有意な相関を示した。(5)膝・脊椎の変形性関節症では生活体力の低下が著明で、各種生活習慣病との合併も推測された。疫学的調査結果から、変形性膝関節症により特に中高年女性のQOLを著しく低下させることが確認され、研究班として「変形性膝関節症のための運動療法と日常生活動作の手引き」を編集、発刊した。変形性脊椎症による生活体力の低下や各種生活習慣の改善を目的として「変形性脊椎症のための運動・生活指導ガイドブック」を編集中である。病因や治療に対する研究結果として、(1)コンドロカルシン関節液濃度と変形性膝関節症の危険因子である肥満、膝内反変形との間に有意に相関した。(2)豚関節液、ヒアルロン酸、リン脂質添加ヒアルロン酸を投与にて、ヒアルロン酸では摩擦係数の変化を認めず、豚関節液およびリン脂質添加ヒアルロン酸投与では有意に摩擦係数が低下した。関節症モデルにおけるリン脂質添加ヒアルロン酸の注入群は正常群と同様の摩擦係数を示し、X線写真における骨棘形成、軟骨下骨硬化、関節面不整について非注入群に比して変化は軽減した。(3)膝動揺性の加速度計測による足底板の効果が証明され、FTAおよびは関節裂隙の評価では、臥位X線写真による計測が効果の有無推定に有効と思われた。無効群のBMIは有意に高値を示した。有効群の多くは4週以内で除痛を認め、8週を過ぎて効果の現れるものは少なかった。(4)健常者と変形性膝関節症の関節音の周波数は明らかに異なり、変形性膝関節症例の関節音の周波数は、ヒアルロン酸注入後に低下を認め、関節音の計測は膝関節疾患の診断において有用な研究手段と思われた。(5)変形性膝関節症2/20膝、慢性関節リウマチ2/29膝で骨折を起こし、軽微な外傷で骨折線が顆上部後方から前顆部上縁に至る共通性を認めた。骨折例では顆部後方の骨陰影濃度が高く前方の骨萎縮が強かったが、同様の所見を変形性膝関節症の80%、慢性関節リウマチの50%に認め、応力遮蔽に伴う骨萎縮の発生の関連が示唆された。
結論
(1)疫学調査では、膝、脊椎の変形性関節症が相互に影響を与える可能性や、脊柱の後弯変形と腰痛性間欠跛行、変形性膝関節症が合併しやすい可能性が示された。(2)膝、脊椎の変形性関節症では生活体力の低下が著明で、予防のために運動・生活指導のガイドブック作成を行った。(3)関節マーカーによる変形性膝関節症の軟骨変性の妥当性やリン脂質添加ヒアルロン酸の関節潤滑に対する効果が確認された。(4)関節軟骨変性に伴う動揺性の評価法としての加速度計測や摩擦の評価法として関節音測定の有
用性が確認された。(5)人工膝関節置換術後の大腿骨遠位部骨折と応力遮蔽に伴う骨萎縮の発生の関連性が示唆された。

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