老年者における嚥下障害の病態と治療に関する研究

文献情報

文献番号
199700595A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者における嚥下障害の病態と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
福地 義之助(順天堂大学)
研究分担者(所属機関)
  • 名伊藤元信(国際医療福祉大学)
  • 齋藤厚(琉球大)
  • 田山二朗(東京大学)
  • 飯島節(国際医療福祉大)
  • 本間請子(東京警察病院)
  • 松瀬健(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 老年者における嚥下機能障害および嚥下性肺疾患は、呼吸器内科、神経内科、耳鼻咽喉科、消化器科などの境界領域にあり、体系的な検討が十分になされていないのが現状である。老年人口の増加に伴い、的確な病態把握とリハビリテーションおよび治療指針の設定は、老年医療における急務である。そこで本研究は、昨年度の本研究班における研究成果をふまえ、老年者における嚥下機能障害を生理機能、臨床疫学、リハビリテーションなど基礎と臨床の集学的研究により解明し、その包括的治療体系の基礎をつくることを目的とした。
研究方法
 1)ポジトロンCTを用いた嚥下高次中枢機能の解析:健常成人16人を対象とし、ポジトロンCTを用いて嚥下を制御する高次中枢神経系の機能地図を作成することを試みた。H2O15ボーラス静注によるオートラジオグラフィー法を用いた。安静閉眼、耳栓(減音程度)を行った状態で、1Hzに設定されたメトロノームを聞かせ、口腔内にはチューブを介して5%ブドウ糖液2ccを口に含み脳局所血流量を測定した(control state)。その後放射能が基礎値に戻ったことを確認し、2秒に1回の頻度で嚥下を行わせた状態で(activation state)局所脳血流を測定した。嚥下課題は60秒間行わせた。静注開始後脳内に放射能が出現した直後から90秒間の撮像を行い6.5mm間隔で14スライスの断層画像が得られた。control stateとactivation stateの差により解析を行った。各個人の脳の形態はTalairach脳の標準脳座標系に変換し、SPM解析ソフトで標準脳アトラス上で統計解析を行った。
2) 診断基準に基づく誤嚥性肺疾患症例の集積:平成9年1月21日から平成10年1月20日までに入院した肺炎症例を対象に、平成8年度の本研究班で作成した誤嚥性肺疾患(肺炎)診断基準にしたがって症例の集積を行った。
3) リハビリテーションプログラムの作成と臨床応用:昨年度の本研究で作成した老人保健施設・特別養護老人ホーム用の包括的嚥下障害リハ・プログラムに加え、さらに今年度は、入院医療機関・急性期用および外来医療機関・地域在宅ケアシステム用の包括的嚥下障害リハ・プログラム(評価法、治療法、治療効果の測定法、関連職種のチーム編成などの構成項目を含む)を作成しその妥当性・有用性につき検討を開始した。
4) 嚥下機能障害の病態と外科的治療:脳血管障害による高度嚥下障害で経口摂取不能となった症例を対象に、食道透視と嚥下圧検査を併用しコンピュータによる画像解析を行う嚥下機能評価法(video-manofluorography)を用いて嚥下障害に対する外科的治療適応の客観的評価法を検討した。
5) 嚥下障害患者の細菌学的検討:嚥下障害患者を経口栄養、経鼻経管栄養、経胃瘻栄養の3群に分け、喀痰、咽頭、胃液培養を行い細菌学的検討を行った。
結果と考察
 1) ポジトロンCTを用いた嚥下高次中枢機能の解析:嚥下運動により賦活化された脳領域は、右insula (Talairach 脳座標系:X,Y,Z =4,
-12,12) 、左insula (X,Y,Z = -40, -6, 16) 、右 oper-culum (area 4/6:X,Y,Z = 44,-12,36) 、左 operculum (area 4/6:X,Y,Z = -52,-16,28) 、右 putamen (X,Y,Z= 30, -8, 8) 、および左 putamen (X,Y,Z= -24, -4, 0) であった。
2) 診断基準に基づく誤嚥性肺疾患症例の集積:対象期間中の肺炎入院患者数は94例(男71例、女23例、平均年齢67.8+/-19.0 才)であった。そのうち診断基準による誤嚥性肺炎確診例は18例(男12例、女6例、平均年齢82.3+/-9.2才)であった。当研究班の嚥下性性肺炎診断基準によると確診例9例、疑い例9例であった。発症様式は在宅発症型15例、院内発症型3例であった。
3) リハビリテーションプログラムの作成と臨床応用:老人保健施設入所者の中から摂食・嚥下機能障害例を選び摂食・嚥下機能障害改善のための包括的リハビリテーションプログラムを開始し、現在継続中である。
4) 嚥下機能障害病態と外科的治療:延髄障害による高度嚥下障害で輪状咽頭筋切断術を施行した症例を対象に検討した。その結果、嚥下時の食道入口部圧の上昇が輪状咽頭筋切断術適応の指標の一つとなることが示唆された。
5) 嚥下障害患者の細菌学的検討:分離された菌のうち臨床的に感染症を起こしうる菌種は、経口群が上位よりCandida sp, K. pneumoniae, E. coli, S. marcescens、経鼻群が、P. aeruginosa, K. pneumoniae, S. aureus, H. influenzae、胃瘻群が、P. aeruginosa, S. aureus, P. mirabilis, K. pneumoniae であり、経口栄養群と他の2群とでは上位菌種に若干の違いを認めたが、経鼻群と胃瘻群との間には明らかな菌種の差を認めなかった。
ポジトロンCTを用いた嚥下高次中枢神経機能の解析からも正常嚥下運動時には脳内の複数部位が互いに協調しつつ、ひとつのシステムとして作動していると考えられる。例えば、insula の障害は嚥下機能障害を起こすことが知られており、本研究の成果とも合致する。今後さらに、嚥下機能障害例において今回検出された賦活領域と嚥下障害との関連を検討する必要がある。
従来より嚥下障害の評価にVideo-fluorography (VF) が重要視されてきた。しかし消化管透視用X線装置を用いるため、被験者は狭い台の上に自力で直立しその姿勢を保持しなくてはならない。片麻痺や骨粗鬆症による突背などのある高齢者では、台上の直立そのものが困難で転落の危険があるためVFが実施できないことが少なくない。そこで今回、約1.8m2の専用台を新たに作成することにより被験者が車椅子に座ったままVFを実施できるようになり、通常の装置では検査のできなかった高齢者のVFが可能となった。また、VF時の造影剤として非イオン性尿路血管造影剤であるイオパミドールの3倍希釈液が造影効果を保ちつつ、その安全性が優れていることが明らかとなった。さらにVideo-manofluoro-graphyを用いることでより病態に即した評価が可能となり、このことは内科、外科治療適応決定に極めて有用である。
これまで嚥下性肺疾患は明確な診断基準がないまま多くの検討がなされてきた。本研究班では、嚥下性肺疾患の診断基準を作成し、これに基づいて診断した症例の集積を開始し、現在、各施設で症例の集積を継続中である。
摂食・嚥下障害のリハ・プログラムは、各施設ごとに独自のプログラムを作成し実施しているのが現状である。今回、本研究班で作成したプロトコールは、より多くの施設で共通して使用することを目的のひとつとしている。そこで普遍性をさらに高めるために、全国の各施設におけるプロトコールについてアンケート調査を行った。次年度においては、この解析結果を本プログラムに取り入れてさらに改良行う予定である。
昨年度の本研究班で、胃瘻造設、特に経皮内視鏡的胃瘻造設術は開腹を必要とせず、かつ局所麻酔下に比較的短時間で施行できるため、嚥下障害例においても安全に行え、経口摂取困難で長期間経鼻胃管や中心静脈栄養を余儀なくされる症例の呼吸器感染症の減少をもたらし、quality of lifeを向上することを報告した。しかし、ひとたび肺炎を発症するれば、起炎菌は胃瘻造設症例と経管栄養症例でほぼ同様であることが今回の検討で明らかとなった。これをもとに今後さらに嚥下性肺疾患に対する至適抗菌療法の検討を行う予定である。
結論
 老年者における嚥下障害の病態と治療に関して生理学的および臨床的知見が得られた。本病態に対する集学的アプローチは少なく、包括的にこの病態を明らかにし内科的・外科的治療の基準化をおこなうために引き続き研究を進めてゆきたいと考えている。

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