老年者高血圧の長期予後に関する研究

文献情報

文献番号
199700594A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者高血圧の長期予後に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
日和田 邦男(愛媛大学医学部第二内科学教授)
研究分担者(所属機関)
  • 荻原俊男(大阪大学医学部老年病医学講座教授)
  • 松本正幸(金沢医科大老年科教授)
  • 松岡博昭(獨協医科大学循環器内科学教授)
  • 瀧下修一(国立循環器病センター内科部長)
  • 島本和明(札幌医科大学第二内科学教授)
  • 鳥羽研二(東京大学医学部老年病学助教授)
  • 阿部功(九州大学医学部第二内科学助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 高血圧は心血管系障害の最も大きな危険因子である. 老年者においては高血圧の有病率が増加するだけでなく、高血圧の心血管系合併症への絶対危険度がより強くなる。老年者高血圧は, その成因や病態において若・中年の高血圧とは大きな違いがある。老年者高血圧の治療に関しては、未解決の問題も大きい。1995年度に出された「老年者
高血圧の治療ガイドライン1995」では、持続性Ca拮抗薬とACE阻害薬を第一選択薬としているが、事実、本邦においてはこの両薬剤の使用頻度が高い。これらの薬剤で治療した際の老年者高血圧患者の予後に関する検討は多くない。本研究の目的は、本邦における老年者高血圧患者の予後を明かにし、降圧薬により、特にCa拮抗薬の使用により、脳・心血管系合併症の発症がどのようになるのか、また、癌発症に対する影響についても検討した。
研究方法
 厚生省長寿科学総合研究事業における当班の前身である「老年者の高血圧治療ガイドライン作成に関する」研究班(班長;荻原俊男)により1993年に登録された700例を追跡調査した。登録時の対象は、本態性/二次性高血圧を問わず降圧薬により治療を受けている通院可能な60歳以上の症例とした。ただし、調査開始時点で悪性疾患など予後が規定される疾患を合併している症例は除外した。使用する降圧薬の種類は特に指定せず、可能な限り同一の降圧薬を継続するものとした。
エンドポイントは新たな脳・心血管系事故(脳卒中、心疾患、突然死、末梢血管疾患)の発症、非脳・心血管系事故による死亡、癌の発症とした。
結果と考察
 登録症例の年齢は61歳から91歳に分布し、60歳代345例、70歳代273例、80歳以上82例であり、性別では男性273例に対し女性427例でいずれの年代においても女性の頻度が高かった。
700例のうち493例(70%)は登録時に何らかの合併症を有しており、重複も含めて、慢性期脳梗塞9.0%、慢性期脳出血0.4%、虚血性心疾患14.4%、非虚血性心疾患14.9%、腎障害2.7%、閉塞性動脈硬化症0.7%、糖尿病15.9%、高脂血症18.3%、その他の合併症24.3%であった。
エントリー時処方されていた降圧薬は、併用薬の重複も含めて、Ca拮抗薬79.4%、β遮断薬29.6%、ACE阻害薬26.9%、利尿薬14%、α遮断薬6.4%、その他2.1%の順であった。
予後を追跡し得た617例(88.1%)につき集計した。このうち新規に脳・心血管系疾患を発症したものは73例(このうち死亡18例)であった。また悪性疾患の新規発症は32例(うち12例は死亡)、その他の疾患死は14例であった。その内訳は腎不全4例、肺炎3例、交通事故1例、呼吸不全1例、肝硬変1例、老衰1例、不明3例であった。脳・心血管系疾患の新規発症例の内訳は、脳血管障害は脳梗塞26例(死亡7例)、脳出血4例(死亡2例)、TIA 4例、脳動脈瘤1例の35例であり、心疾患は急性心筋梗塞8例(死亡3例)、狭心症8例、心不全4例(死亡1例)、心房細動2例、洞機能不全症候群1例、拘束型心筋症1例(死亡1例)の24例であった。また突然死を2例認めた。他の動脈疾患では胸部・腹部大動脈瘤6例(死亡2例)および閉塞性動脈硬化症4例であった。その他にリンパ管浮腫を1例認めた。
また投薬内容および治療下の血圧を追跡し得たのは567例であった。このうち新規に脳・心血管疾患を発症したものは70例(このうち死亡18例)であり、悪性疾患の新規発症は30例(うち死亡10例)であった。その他の疾患死については、死亡まぎわの血圧値などの情報が得られなかった。さらにこれら脳・心血管疾患の新規発症例の内訳は、脳血管障害は34例(死亡9例)、心疾患は23例(死亡5例)、突然死2例、動脈疾患は10例(死亡2例)であった。
4年後の無事故群(444例)における降圧薬使用状況(重複集計)はジヒドロピリジン系Ca拮抗薬321例(42%)、ジルチアゼム40例(5%)、ACE阻害薬131例(17%)、β遮断薬148例(20%)、利尿薬80例(10%)、a遮断薬32例(4%)、その他15例(2%)であり、単剤投与例は191例(43%)、2剤併用は173例(39%)、3剤併用は56例(13%)、4剤以上を使用している例は15例(3%)であった。また、降圧薬の投与を中止した症例は9例(2%)であった。無事故群における4年目治療下の外来随時血圧は、無投薬となった群では135±15/75±9mmHgであり、単剤投与群は141±14/80±8mmHg、2剤併用群は144±14/79±9mmHg、3剤併用群は146±18/76±11mmHg、4剤以上を使用している例は163±17/79±13mmHgと収縮期随時血圧の高いものほど使用薬剤数が多い傾向が認められた。さらに登録時血圧より1997年度の外来随時血圧を差し引いたものを血圧降下度として評価すると、無投薬群では4.8±18.6/2.8±10.4mmHg、単剤投与群は1.6±16.5/0.5±8.9mmHg、2剤併用群は2.3±16.1/2.6±9.7mmHg、3剤併用群は4.4±15.3/1.9±9.2mmHg、4剤以上を使用している群は-2.7±23/-0.3±8.7mmHgであった。単剤投与群、2剤併用群および3剤併用群では降圧効果は認められているものと考えられたが、4剤以上を使用している群では、十分な血圧コントロールが得られていない傾向が認められた。また、ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、ACE阻害薬、ジルチアゼムおよびβ遮断薬は1剤のみで使用される場合が多いのに対して、これら以外の薬剤は併用療法に多く用いられる傾向が認められた。合併症別の使用降圧薬は、すべての合併症においてCa拮抗薬が最も高頻度に使用されており、これに続いてβ遮断薬、ACE阻害薬が使用されていた。虚血性心疾患を合併する症例でβ遮断薬およびジルチアゼムの使用頻度が高かった。
新規脳・心血管疾患発症群は、73例を数え、うち18例が死亡している。それぞれ発症率および死亡率は発症29.6、死亡7.3(千人/年)となり、男女別に検討すると、男性では発症35.4、死亡8.1であり、女性では発症25.7、死亡6.8と男性に脳・心血管疾患の発症が多いが、統計学的には有意ではない(p=0.1417)。また年齢別に検討すると、登録時60歳代の群では発症23.7、死亡2.4であり、70歳代の群では発症36.9、死亡11.6、80歳以上の群では発症31.3、死亡15.6であり加齢とともに脳・心血管疾患の発症・死亡率が上昇する。発症率は60歳代に対し80歳以上では相対危険度が1.19となるが統計学的には有意差はない(p=0.465)。しかしながら死亡率は60歳代に対し70歳代ですでに有意に上昇し(p=0.0062、相対危険度は4.8倍)、80歳代ではその傾向が顕著になった(p=0.004、相対危険度は6.6倍)。
また登録時の合併症の有無で新規脳・心血管疾患発症率を検討した結果、高血圧以外に何らかの合併症を有する場合には、合併症を有さない例に比し発症率は有意に上昇し(p=<0.0001)、その相対危険度は6.35倍であった。また死亡率も有意に上昇しており(p=0.018)、その相対危険度は2.67倍であった。合併症の内訳別にみると、腎障害および糖尿病を有する例では新規脳・心血管疾患の発症率は有意に上昇し(各々p=0.0004および0.0046)、相対危険度は5.05および2.64倍であった。また高脂血症の合併例では脳・心血管疾患の発症率が高い傾向を示したが統計学的には有意差はなかった(p=0.1765、相対危険度は1.7倍)。しかし、新規発症を心血管系疾患に限れば、高脂血症の合併例では発症率は有意に上昇していた(p=0.017、相対危険度は2.77倍)。
さらに新規脳・心血管疾患発症群のうち事故発生直前の血圧が判明している45例(事故群)と現在も血圧値を含めて追跡中の444例(無事故群)を比較すると、年齢は事故群70.5±6.2歳に対して無事故群は69.7±6.7歳と差異を認めなかった。1997年度(4年後)の血圧は事故群で143.5±18/78±11mmHg、無事故群で143±15/79±9mmHgであり、血圧の低下度は事故群で0.11±21/-1.6±10.4mmHgであり、無事故群の2.0±16.5/1.64±9.4mmHgと比較して有意差は認めなかった。
欧米における、老年者高血圧治療の有用性を証明した大規模介入試験、すなわちEWPHE,STOP,MRCII,SHEPなどの試験では、降圧薬としてβ遮断薬や利尿薬が使用されている。最近、Ca拮抗薬の有用性がSTONEやSyst-Eurで証明された。これをうけて、最近出された米国合同委員会の第6次報告において、老年者高血圧(収縮期高血圧)に対する降圧薬として、利尿薬と共に持続性Ca拮抗薬が望ましい薬剤としてあげられている。
1995年度に出された「老年者高血圧の治療ガイドライン1995」では、持続性Ca拮抗薬とACE阻害薬を第一選択薬としている。特にCa拮抗薬は、本邦において使用頻度が高く、本研究においてもエントリー時の約8割にCa拮抗薬が投与されていた。一方、一部のCa拮抗薬においては、心血管系合併症の発症を増加させる可能性や、癌の発生が増えたり、消化管出血を起こすことが報告された。
今回の我々の検討からは、Ca拮抗薬にこのような影響は認められず、脳・心血管系事故発症率や死亡率も欧米の他の大規模介入試験の成績と比較してほぼ同等、あるいはこれらより低い値であり、「老年者高血圧の治療ガイドライン1995」に沿った老年者高血圧治療の有用性を示すものと考えられる。
結論
 本邦での老年者高血圧患者の4年間の観察において、Ca拮抗薬を中心とした降圧薬治療は欧米の大規模介入試験の成績と同等あるいはこれより優れており、従来報告されているようなCa拮抗薬による脳・心血管系事故や癌発症の増加は観察されなかった。これらの症例の追跡調査を継続することにより「老年者高血圧の治療ガイドライン1995」の有用性・妥当性が検証できるものと期待される。

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