老年者糖尿病の長期予後に関する研究(QOLを中心に)

文献情報

文献番号
199700592A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者糖尿病の長期予後に関する研究(QOLを中心に)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
井藤 英喜(東京都老人医療センタ-)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部隆三(太田西ノ内病院)
  • 森聖二郎(千葉大学医学部)
  • 石橋俊(東京大学医学部)
  • 大庭建三(日本医科大学)
  • 河盛隆造(順天堂大学医学部)
  • 吉川隆一(滋賀医科大学)
  • 梅田文夫(九州大学医学部)
  • 伊藤千賀子(広島原対協健康管理センタ-)
  • 中野忠澄(東京都多摩老人医療センタ-)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本における疫学調査の結果をみると、日本には現在約300万人の老年者糖尿病が存在すると推定される。現状では老年者糖尿病であっても成人糖尿病と同じ基準、方法で治療が行なわれている。しかし、本来、治療が妥当であるか否かは、その治療が長期予後やQOLに良好な結果をもたらしたかという視点から検討される必要がある。その意味では、老年者糖尿病の治療方針が成人と同様であることには疑問が残るが、日本のみならず世界的にみてもこのような疑問に答えを与える報告はない。そこで本研究班では、老年者糖尿病の長期予後およびQOLとその規定因子について前向き追跡調査を共同研究することとした。同時に、班員は老年者糖尿病の予後とQOLに関する個別研究を行うこととした。
研究方法
共同研究:(1)65歳以上の老年者糖尿病を平成8年度に登録し、それらの症例を長期に(出来れば5年と考えている)追跡する。この追跡調査により、登録時の年齢、性、血糖コントロ-ル状態、糖尿病罹病期間、糖尿病家族歴、糖尿病治療法、糖尿病性細小血管の有無、動脈硬化性血管障害の有無、QOL指標の高低、ADL指標の高低、家族あるいは他人からの支援の有無などと長期予後との関係を明らかにする。(2)登録時のQOLの規定要因を、登録時の臨床諸所見より解析する。個別研究の方法は、必要に応じ結果とともに記載することとする。
結果と考察
(1)共同研究の進行状況について:平成9年1月から4月の間に各施設平均100例、計1,120例の老年者糖尿病が登録された。各症例につき、性、年齢、糖尿病罹病期間、糖尿病家族歴、喫煙歴、飲酒歴、空腹時血糖値、グリコヘモグロビン値、糖尿病治療法、身長、体重、糖尿病性網膜症・糖尿病性腎症・糖尿病性神経症の有無および重症度、虚血性心疾患・脳血管障害・閉塞性動脈硬化症の有無、血清脂質、骨折・腰痛・膝関節痛の有無、栄養指標、ADL指標、モラ-ル指標,家族関係、家族・他人からの支援の有無、糖尿病の症状・食事療法・薬物療法の負担感、不安感や満足感、治療の大切さに関する信念のつよさ、困難な事態に対する対処スタイル(コ-ピングスタイル)、認知能力などを調査した。本年度は、登録された例のなかでコンピューターにデータを入力出来た559例を用いて老年者糖尿病のQOLの規定因子に関する解析を行った。本研究では、高いQOLとは「糖尿病という疾患があっても、心理的に安定し、老いを肯定的にとらえ、老いて尚生きがいのある充実した日々が送れ、生きていることに満足できる状態」と考えた。 種々の解析の結果、このように定義したQOLの悪化要因は、?家族からの支援が少ないこと、?ADLが低下していること、?比較的若齢であること、?女性であること、?認知能力が低下していること、?糖尿病性神経症の症状があること、?増殖性糖尿病性網膜症のあること、?脳血管障害のあること、?閉塞性動脈硬化症のあることなどであることが明らかとなった。一方、QOLを良くする要因としては、アルコールをたしなむことが有意な要因であることが明らかとなった。老年者の糖尿病の治療のあり方については種々の論議があるが、多くの議論は確たるエビデンスに基づいたものではなく平行線におわることが多い。このような議論を実りあるものとするには、老年者糖尿病の長期予後やQOLと、それらの規定要因を明らかにすることが重要と考えられる。長期予後とその規定要因を明らかにする最も妥当な方法は前向き追跡調査
である。しかし、老年者糖尿病の長期予後につき多施設で前向き追跡調査で検討した成績は世界的にみても皆無である。この事実はこのような研究の遂行の困難性を示しているともいえるが、我々はあえてこの課題に取り組んだ。その結果、本年度には各研究班の班員から計1,120例と目標を上回る症例の登録が行われた。この症例数は老年者糖尿病の長期予後とその規定要因を明らかにするのに十分な症例数と考えられる。したがって今後脱落例を最小限に止めつつ追跡調査を遂行し、世界的にも貴重な成績としたいと考えている.また、登録例の約半数を用いて探索的に施行したQOLとその規定要因に関する解析で、老年者糖尿病におけるQOLの構造は多層的であり、糖尿病合併症(細小血管症、動脈硬化性血管障害)のみならず、家族関係、ADL,年齢、性、認知機能などが複雑に関与することが明らかとなった。その意味では、老年者の糖尿病の治療にあたっては、成人糖尿病の如くもっぱら血糖コントロールをよくすることにのみ努力するだけでは不十分であり、全人的なケアが必要であることが明らかとなった。(2)個別研究の進行状況について:井藤は老年者糖尿病において非常に強い動脈硬化の危険因子とされる小型低比重リポ蛋白が高血糖例で多くなることを明らかにした。また、河盛は老年者糖尿病においても高血糖が糖尿病性腎症の最大の危険因子であることを明らかにした。森は高血糖が中膜平滑筋細胞でのフィブロネクチンの発現を亢進させ、増加したフィブロネクチンが平滑筋細胞の血小板由来増殖因子受容体の発現を増加させることを明らかにした。阿部は老年者糖尿病においては、運動療法の実施により薬物療法から離脱できる症例の多いことを明らかにした。中野は、老人ホームに居住している老年者糖尿病と在宅の糖尿病例の臨床像を比較検討から、糖尿病における食事管理の重要性を明らかにした。石橋は糖尿病におけるレプチン血中濃度は、男性と比較し女性で高値であり、肥満度と有意な正の相関関係にあること、この関係に年齢の影響はないこと、老年者においてもレプチンは肥満と何らかの関係のある因子であることを明らかにした。大庭は、老年者糖尿病において細小血管症を持つ例では、うつ傾向の著しいことを明らかにした。吉川は糖尿病性腎症の発症に及ぼす食事、運動療法の影響についての前向き追跡調査を開始し、1年目の追跡結果についてまとめた。梅田は老年者糖尿病の無症候性心筋虚血例に抗血小板薬と冠動脈拡張薬またはβ遮断薬を併用し4年間追跡したところ、心事故発生率が極めて低値であったことを明らかにした。伊藤は老年者糖尿病にはヤセた例が多く、それらの症例ではエネルギーや蛋白摂取量が少ないことを明らかにした。個別研究では、井藤、河盛、森らの研究により老年者糖尿病においても糖尿病治療でもっとも重要なことは良好な血糖コントロールを維持することであることが明らかとなった。高血糖が持続すると老年者でも細小血管症が発症するが、細小血管症を発症した症例ではうつ傾向が高くQOLが低下するという大庭の結果からも血糖コントロールの重要性が再確認できる。また、阿部および中野の研究により、食事療法や運動療法といった生活習慣の是正が老年者では有用な糖尿病治療法であることが明らかとなった。しかし、伊藤の研究により老年者糖尿病には栄養摂取状態に問題のあるヤセ型糖尿病の多いことが明らかとなり、食事療法の実施に当たっては個々の患者の背景に十分な配慮を払う必要があると考えられた。梅田の研究により、無症候性心筋虚血例に対する積極的な治療が予後を良くする可能性の高いことが明らかにされた。
結論
本研究班の最大の目標である、老年者糖尿病の長期生命予後とその規定要因を明らかにするための前向き追跡調査に対して目標症例を上回る症例登録がなされた。このことは、本研究に対する各班員の熱意のあらわれであり、今後の研究の進展が期待される。また、老年者糖尿病のQOLに関する解析も開始され、興味深い成績がえられつつある。個別研究も含め本研究班の研究内容は、今後の老年者糖尿病の診療、特に治療のあり方に
大きな影響を与えると考えられ、今後さらに努力を重ねたい。   

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