老年者尿失禁の有効な治療法の開発

文献情報

文献番号
199700591A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者尿失禁の有効な治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
八竹 直(旭川医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 栗田孝(近畿大学)
  • 中田瑛浩(山形大学)
  • 小柳知彦(北海道大学)
  • 宇高不可思(住友病院)
  • 井川靖彦(信州大学)
  • 嘉村康邦(福島県立医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老年者の尿失禁の病態は複雑であり、基礎疾患、合併症の多様化に加え加齢の因子が加わっている。したがってその治療の開発のためにはこれらの因子に配慮した慎重な病態の解析が求められる。本研究では、このような老年者の特殊性をふまえ、神経内科と泌尿器科の両面から高齢者の尿失禁の病態を解析するとともに、高齢者にも応用が可能な侵襲の少ない治療法の開発をめざす。
研究方法
本研究における治療効果判定は原則として尿失禁重症度分類・治療効果判定基準(平成7年度長寿科学総合研究,小川秋實班長)に準拠した。?中枢神経疾患に伴う尿失禁患者の排尿管理に対する膀胱容量監視装置の臨床応用:長時間自動監視、データ記録ができるように改良された携帯型超音波自動膀胱容量監視装置(Personal Care Instrument, 以下PCI, Diagnostic Ultrasound社)の、尿失禁予防のための効率的な排尿管理・介護における有用性について検討した。対象は脳疾患により尿失禁を有する老年患者8名である。?尿失禁に対する非侵襲的治療法の開発:a(エストロゲン補充療法)頻尿、尿失禁を訴え、神経学的異常を認めない閉経後の女性4例を対象とし、8週間の経皮吸収型エストロゲン製剤(エストラダーム2mg)貼付療法の有効性、安全性について検討した。b(バイオフィードバック療法)本療法において早期に効果が得られた症例と,早期には効果の得られない症例との間の相違点を探り、本療法の尿禁制回復のメカニズムについて検討した。1時間尿失禁定量テストが28gまでの真性腹圧性尿失禁女性22名を対象とした。筋電計ME300(Mega Electronics 社)を用いたEMGバイオフィードバック療法を1回20分、1週間ごとに1ヵ月間(計4回)施行し自他覚所見および筋電図の変化を解析した。c(ペッサリー療法)腹圧性尿失禁に対するペッサリー療法の初期効果が有効で、1年以上本療法を継続した老齢女性6例を対象とし、本療法の長期の有効性、安全性について検討した。?過活動膀胱に伴う尿失禁に対する治療法の開発:a(体内埋め込み式電気刺激療法)本研究では侵襲の低い経皮的埋め込み手技が、老齢者にも応用可能か否かを検討するとともに、神経疾患由来の尿失禁に対する有用性を検討した。脊髄損傷患者で多量の尿失禁を認める4例を対象とし、電極と刺激受信機を埋め込み仙髄電気刺激を行った。b(カプサイシン膀胱内注入療法)過活動膀胱による難治性尿失禁患者11名を対象とし、本療法(2mM,100ml,30分間)の脳血管障害、脊髄疾患等に伴う難治性尿失禁に対する有効性について検討した。?前立腺手術後の尿失禁に対する治療法の開発:前立腺手術後の難治性尿失禁に対する外科的治療の効果を検討した。対象は根治的前立腺摘除術、経尿道的前立腺切除術(TUR-P)後に生じた内因性尿道括約筋不全例の8例である。尿失禁に対する外科的治療は尿道周囲注入療法が4例、人工括約筋埋め込み術が3例、尿道スリング手術が2例であった。
結果と考察
?膀胱容量監視装置の臨床応用:PCI改良により全例において24時間にわたる排尿量、残尿量の推定、尿失禁の病態が把握できた。カテーテル留置を予定の1例、カテーテル留置中であった4例においては適切な排尿指導ができカテーテルを使うことなく尿失禁の予防が可能となった。他の3例においても適切な排尿誘導により尿失禁量の減少がはかれた。改良型PCI は尿失禁の予防ならびに効率的な排尿管理に有用である。?尿失禁に対する非侵襲的治療法の開発:a(エストロゲン補充療法)全例で尿失禁重症度の軽減を認め、著効1例・改善2例・やや改善1例であった。 本療法は閉経後の尿失禁に有効であると考えられた。副作用は認
めなかったが長期の効果、安全性についてはさらなる検討が必要である。b(バイオフィードバック療法)4回のバイオフィードバック療法を施行できた20例について解析した。早期改善群(7例)、非早期改善群(13例)ともに治療2週後では膀胱頚部・近位尿道の下垂が全く矯正されていなかった。骨盤底筋訓練による早期の治療効果発現には、腹圧上昇時の尿禁制に必須と考えられる肛門挙筋の反射性収縮を再認識できることが重要で、本療法はこの反射性収縮の再習得に有効に作用しているものと考えられた。c(ペッサリー療法)6例中5例においては装着直後と変わらない尿失禁予防効果が継続し、長期間の装着における有効性が期待された。合併症は軽度の膣炎2例、自然抜去1例、抜去困難1例であり、その予防には本装具装着中の定期的な診察と交換が不可欠である。?過活動膀胱に伴う尿失禁に対する治療法の開発:a(電気刺激療法)刺激装置埋め込み時間は約1時間で手術に伴う合併症はなかった。刺激開始後4週で4例中3例に尿失禁の著しい減少を認め、これ以降も同様の効果が維持された。残りの1例では改善を認めず治療を中止した。尿流動態検査では、改善例3例おいて4-8週後に最大膀胱容量の増加を認めた。本療法は、手技的に容易かつ低侵襲、安全で、高齢者の難治尿失禁の治療に有用と推察された。b(カプサイシン膀胱内注入療法 )本療法後1カ月の効果は、著効(尿失禁消失)4名、改善3名、やや改善1名、不変3名であった。病態別では、脊髄性排尿筋過反射例および不安定膀胱例では全例有効であった。脳梗塞後の排尿筋過反射例や低コンプライアンス膀胱例では効果が乏しかった。 改善以上の7例中、不安定膀胱1例において治療後2カ月で失効した。残る6例は2~24カ月の経過観察で効果が持続した。局所麻酔下での治療中に膀胱部の灼熱感を認めたが、一過性で軽微であった。本療法は反射性尿失禁ばかりではなく切迫性尿失禁に対しても有効で、排出障害を誘発する危険も少ないことが示唆された。?前立腺手術後の尿失禁に対する治療法の開発: 尿道周囲注入療法は短期的には4例中2例で有効であったが、長期的には全例無効であった。人工括約筋は,術前からMRSA尿路感染症を有した1例で不成功であったが、残る2例では効果が術後長期間持続している。尿道スリング手術では、不安定性膀胱を合併した1例で無効であったが、1例では術後長期間尿失禁の消失が得られた。人工括約筋埋め込み術、尿道スリング手術では良好な長期成績が期待できると推察された。
結論
病態の多彩な老年者の尿失禁にたいして効率的な排尿指導法、有効な治療法を開発した。膀胱容量自動監視装置はメモリー機能とアラーム機能の付加により、適切で効率的な排尿誘導、排尿訓練に有用であった。腹圧性尿失禁に対するバイオフィードバック療法は従来指摘されていた骨盤底筋力の強化効果に加え、治療早期に効果が現れることが判明しその臨床的有用性が高まった。膣内リング型ペッサリーは簡便で有効な治療法であるが長期の使用においては定期的な診察と交換が必要である。エストロゲン補充療法は、閉経後の頻尿・尿失禁に有効であった。カプサイシン注入療法は、反射性尿失禁に対して有効であるばかりではなく、不安定膀胱にともなう切迫性尿失禁に対しても有効で、排出障害を誘発する危険も少ないことが示唆された。埋め込み電極を用いた仙髄電気刺激療法は、手技的に容易で侵襲が低く過活動性膀胱由来の尿失禁に対して有効で長期の治療においても安全な方法で、高齢者の管理困難な尿失禁の加療として有用と考えられた。前立腺手術後の難治性尿失禁に対する外科的治療としては尿道周囲注入療法は、長期成績が不良であったが、人工括約筋埋め込み術、尿道スリング手術では手術適応を考慮することにより良好な長期成績が期待できた。治療にあたっては、たとえ侵襲性の低いであっても慎重な適応の検討と定期的な注意深い経過観察が有効性の向上、合併症の予防に重要である。

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