高齢者難聴の病態・予防・リハビリテ-ションに関する研究

文献情報

文献番号
199700589A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者難聴の病態・予防・リハビリテ-ションに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
柳田 則之(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 草刈潤(筑波大学耳鼻咽喉科)
  • 喜多村健(自治医科大学耳鼻咽喉科)
  • 市川銀一郎(順天堂大学耳鼻咽喉科)
  • 小寺一興(帝京大学耳鼻咽喉科)
  • 岡本牧人(北里大学耳鼻咽喉科)
  • 稲福繁(愛知医科大学耳鼻咽喉科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 高齢者の難聴、特に75歳以上について純音聴力低下の基準化を行ってきたが、この実績をもとに、更により詳細な、より正確な基準化の解析を進めた。
高齢者の難聴は純音聴力に比べて語音明瞭度(言葉の理解度)が悪くなるが、この基準化の作成に向けて検討した。また語音明瞭度が悪い点を理解した上で、補聴器の装用を行う必要があり、補聴器装用に対するガイドラインの作成について検討した。
更に病態や難聴の促進因子等の研究を続けて追及した。
研究方法
1)加齢による純音聴力低下の基準化
耳鳴や難聴を主訴としない特に75歳以上の高齢者について、純音聴力がどの位のレベルにあるか調査し、基準化を行った。
2)加齢による語音聴力検査の解析
高齢者の難聴は純音聴力の低下に比べて語音明瞭度(言葉を聞き分ける能力)がより悪化、しかも高齢になる程悪化傾向が強い事は知られているが、基準化されたものはなく、年齢により語音聴力低下の基準化について調査を施行した。
3)病態の電気生理学的検討
高齢者における聴性誘発反応( ABR,MLR,SVR )について検討した。更に、耳音響放射について検討し、若年者と比較を行った。
4)常染色体優性進行性難聴( DFNA11 )家系の遺伝子学的検討
加齢による難聴の分子遺伝学的研究として、進行性感音難聴家系の遺伝子解析を行っているが、常染色体優性非症候群性難聴DFNA11家系及び特発性感音難聴症例において、ミオシン A遺伝子変異の検索を行った。
5)高齢者の難聴を促進する因子の検討
一施設において人間ドッグを受けた65歳以上の男性について聴力を正常群と異常群に分けて難聴を促進する種々の危険因子について検討した。
6)補聴効果測定のためのVirtual Phone( VP )の利用
補聴器が適切にフィッティングされるためには、正確かつ簡便に補聴効果を測定できる検査法が必要である。VPを用いた擬似音場聴力検査について検討した。
7)ノンリニア補聴器装用下の語音明瞭度
補聴器のノンリニア増幅がいろいろなレベルの入力音にどのように有効かを検討した。
8)補聴器装用のガイドライン作成
補聴器指導のガイドライン作成に向けて「聞こえについてのアンケ-ト及び聴力検査表」を作成して、検討した。
9)動物モデルによる内耳一過性虚血におけるマンニト-ルの保護作用
モルモットを使用し、蝸牛神経複合活動電位( CAP )の閾値を指標とし、内耳一過性虚血後の蝸牛機能変化及び、内耳におけるマンニト-ルの有効性について検討した。
結果と考察
1)高齢者は高音漸傾型の聴力像を示し、年齢と共に低下しているが以前の報告に比べて聴力低下の傾向はやや軽度である。男性の方が女性より難聴がひどいのは以前の報告と同様であるが、以前の報告にみられる程の差ではなく、250Hzではむしろ女性の方が悪かった。社会の変化により高齢者の聴力も多少変化していると考えられた。更により詳細に、より正確に高齢者難聴の実態を解析している。
2)現在までの成績をまとめると、語音聴取閾値は純音聴力検査の平均聴力とよく一致し、高齢者でも純音聴力からかけ離れて悪くなっていることは少ない。
3)聴性誘発反応( ABR,MLR,SVR )では中枢聴覚路の障害の中でも特に蝸牛に近い部位の障害がより強い。ABRと語音明瞭度との関係について、ABR測定不能例には明瞭度の低下した症例に認められた。また、最高明瞭度が80%以下になると、各IPLは延長する傾向にあった。更に、耳音響放射については、加齢につれTEP( total echo power )出現率、各FEP( filterd echo power )、TEP値、1kHzFEP値は低下傾向を示した。さらに加齢につれ DPlevel は小さくなり、蝸牛の外有毛細胞の障害が確認された。
4)DFNA11家系メンバ-の末梢血より抽出したDNAを用いて、PCR法によりミオシン A遺伝子のエクソンを増幅し、一本鎖DNA高次構造多型( SSCP )解析にて変異検索を行った。変異が疑われたエクソンは塩基配列を決定し変異を確認した。その結果、エクソン22のSSCPにおいて難聴者に変異を示すバンドを認めた。塩基配列決定にてヘテロ接合の9塩基欠失が同定され、3アミノ酸欠失を生じていることが判明した。この変異はミオシン Aの二量体形成部位であるcolied-coil領域に生じており、dominant negative効果により優性遺伝となった可能性が考えられる。
5)特に飲酒・喫煙との関係について高知県内の調査では有意差は認めなかったが、多少これらが聴力の低下の促進に影響すること、また、糖尿病との関連について、糖尿病を有する者が聴力悪化がやや速い傾向を認めたことを報告した。
今回は危険因子として喫煙、GOT,GPT,γ-GPTの高値が有意であった。BMIは聴力異常群の方がやや低めであり、栄養状態との関係も示唆された。血圧、ヘモグロビン、トリグリセリドなどには特に差は認めなかった。
6)VPを用いた擬似音場聴力検査について、スピ-カ-法では低周波数で測定値のばらつきが大きかったが、VP法では、いずれの周波数においてもばらつきは小さく、ファンクショナルゲインは、補聴器特性測定装置で得られた実耳挿入利得にほぼ一致し、補聴器適合検査として、精度の高い方法であることがわかった。VP法は測定値が安定しており、検査室が狭くても実施可能で、設備面が簡便であり、有用かつ信頼性の高い検査である。
7)無意味2音節語表を用いて、裸耳、リニア補聴器、アナログ式のノンリニア補聴器、デジダル式のノンリニア補聴器をとおして明瞭度を施行した。第1音ではノンリニア(アナログ)増幅は、リニア増幅に比べて明瞭度はよく、子音よりも母音において明瞭度に差が出た。ノンリニア補聴器は言葉の始まりや母音を明瞭にする点で有効である。ノンリニア増幅のアナログとデジタルの比較では、第1音、第2音ともに大きな差はなかったが、第1音の高入力音時においてノンリニア増幅のデジタルで子音の明瞭度が低下する。
8)高齢者の難聴は聴力の回復は不可能であり、語音明瞭度並びに語音聴取閾値でみる限り、言葉を聞き取る能力が純音聴力に比較して年齢と共に悪化する傾向があり、この点が補聴器が適合しない大きな理由で、補聴器装用に関する指導や、リハビリテ-ションが必要となる。「聞こえについてのアンケ-ト及び聴力検査表」を作成して症例を集積し、補聴器装用のガイドラインを検討している。
9)マンニト-ルは中枢神経系で虚血に対する保護効果が確認されている。モルモットを使用し、内耳孔付近で迷路動脈を圧迫することにより内耳一過性虚血を作成し、虚血及び再環流の確認をレ-ザ-ドップラ-血流計を用いて行った。虚血解除後4時間まで検討した結果、10分以上の一過性虚血によりCAP閾値は有意に上昇し、60分の虚血によりCAPはほぼ消失した。マンニト-ルは中等度の蝸牛機能障害に対して保護効果を示した。内耳一過性虚血は老人性難聴の一因を占めると考えられている。
結論
 病態や難聴促進因子の解明については以前より続けて検討しているが、班全体の研究の柱として、1)高齢者の純音聴力低下について更に詳細に適確な基準を作成、2)語音明瞭度(言葉の聞き取り能力)の低下の基準化の作成、3)補聴器フィッティングに対するガイドラインの作成、について研究を進めて来た。

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