老年者の心筋梗塞治療ガイドライン作成に関する研究

文献情報

文献番号
199700588A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の心筋梗塞治療ガイドライン作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
細田 瑳一(財団法人日本心臓血圧研究振興会常務理事)
研究分担者(所属機関)
  • 河口正雄(東京女子医科大学循環器内科助手)
  • 坂井誠(東京都老人医療センター循環器科医長)
  • 山口徹(東邦大学医学部附属大橋病院第3内科教授)
  • 本宮武司(東京都立広尾病院循環器科部長)
  • 土師一夫(大阪市立総合医療センター循環器内科部長)
  • 野々木宏(国立循環器病センター内科系心臓集中治療科医長)
  • 藤井謙司(桜橋渡辺病院循環器科部長)
  • 児玉和久(大阪警察病院心臓センター循環器科部長)
  • 光藤和明(倉敷中央病院循環器内科主任部長)
  • 延吉正清(社会保険小倉記念病院循環器科主任部長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
9,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、本邦でも急性心筋梗塞症は増加傾向にあり、高齢化社会をむかえ老年者の占める比率も高くなってきている。また、医療器具の改良と技術の向上により、老年者の心筋梗塞症に対しても急性期に血栓溶解療法や冠動脈形成術などの侵襲的治療が積極的に施行されるようになった。しかし、老年者の場合、症状が非典型的であったり、冠動脈病変も高度な例が多く、脳や腎などの他臓器障害の合併頻度も高いなど診療上の問題点も多く指摘されている。したがって、老年者の心筋梗塞症に対する侵襲的治療も含めた急性期治療の有効性と危険性を評価し、非高齢者との適応基準の相違点を明確にする必要がある。多施設、多数例を対象にした研究結果をふまえて、老年者の心筋梗塞治療ガイドラインを作成することが本研究の目的である。
研究方法
1982年1月から1992年12月までの11年間に班員の施設に入院した発症24時間以内の急性心筋梗塞症10,607例をRetrospectiveに集計し、65歳未満、65歳から70歳未満、70歳から75歳未満、75歳以上の4群に分類して、臨床的特徴、冠動脈造影所見、死亡率などについて比較検討した。次に老年者の心筋梗塞症に対する急性期の治療と予後との関係を明らかにするために、1992年7月から1993年12月までの18ヶ月間に同じく班員の施設に入院した発症24時間以内の急性心筋梗塞症のうち60歳未満423例、70歳以上556例の計979症例をProspectiveに登録し追跡調査した。
これらの研究結果を分析し、かつこれまでの欧米の大規模臨床試験の結果を参考にして、『老年者の心筋梗塞治療のガイドライン』の試案を作成した。
結果と考察
老年者の心筋梗塞治療ガイドライン(試案)
1)初期診療
・無痛性梗塞:老年者では典型的な胸痛を伴わない無痛性梗塞が多い。本研究でも発症時に胸痛を伴わない症例は60歳未満で4.5%であるのに対して、70歳以上では13.4%と高頻度であった。典型的な胸痛を伴わないために、早期診断が遅れ急性期治療の至適時期を逸する可能性があり、発症からの期間確認が困難な場合がある。したがって、老年者の場合非典型的な症状であっても心電図、心エコー、血中心筋逸脱酵素の測定などの非侵襲的検査を繰り返し行い、早期に診断できるように努める。また、十分な病歴聴取と併せて梗塞発症からの期間を同定できるように努める。このことは再疎通療法の適応を判断する上で重要である。
・他臓器障害の合併:老年者では脳血管障害や腎機能障害などの他臓器障害の合併頻度が高かった。このことが急性期の冠動脈造影、侵襲的治療の適応から外れる要因となったり、逆に侵襲的治療を行うことにより他臓器障害が増悪する原因となる。そのため、入院後直ちに他臓器障害の合併、特に脳血管障害、腎機能不全、大血管疾患の有無および程度について評価する必要がある。また、悪性腫瘍の合併は治療方針の決定に重大な影響を与えるので、その診断に対する努力を怠らないようにする必要がある。
・入院時の重症度の評価:老年者では梗塞の既往がある症例が多く、Killip2型以上、Forrester3型・4型の重症例が多かった。このことより、老年者の心筋梗塞症では心筋障害が広範囲に及んでいる症例が多いと考えられ、早期に再疎通療法に成功すれば死亡率低下に対する効果はより大きい可能性があると考えられる。したがって、入院時に個々の症例の重症度を迅速に判断できるようにする。
2)急性期の再疎通療法
・再疎通療法と合併症:再疎通療法の施行率は老年者群で低い。しかし、その内訳をみるとPrimary PTCAの施行率は非高齢者と比べて差を認めず、老年者で再疎通療法の施行率が低いのは、主に血栓溶解療法を適応する例が少ないためと考えられる。カテーテル合併症の出現頻度は、緊急PTCA、血栓溶解療法ともに老年者で多く、特に脳血栓や脳出血などの重篤なものは老年者だけに認められた。以上のことより、老年者では再疎通療法の施行に当たっては十分に注意を要する必要がある。また、血栓溶解療法による出血性合併症は明らかに老年者で多く、脳血管障害の既往があるかの確認は重要である。老年者では低体重の症例も多いので、体重に応じた投与量を検討すべきである。
・ステントの使用:近年、冠動脈形成術としてステントの有用性が報告され、急性心筋梗塞症の再疎通療法にも使用されるようになってきている。本研究の調査では、老年者に対しても非高齢者とほぼ同等の頻度でステントが用いられている。しかし、合併症の発生率は高齢になるほど高くなり、特にステントの脱落と穿刺部出血が多く認められた。老年者の場合、冠動脈の病変形態は複雑で、屈曲や石灰化も高度な例が多く、ステントの挿入が容易でないことが予想され、ステント脱落の可能性は非高齢者より大きい。また、末梢血管の動脈硬化が高度なため穿刺部出血の危険性はより大きく、その施行に際しては十分な注意を要する。
・再疎通療法と院内死亡率:老年者に対する再疎通療法施行例の院内死亡率は非施行例と比べて低かった。血栓溶解療法と比べPTCAの方が死亡率が低い傾向はあるが、有意差は認めなかった。これらのことより、老年者の心筋梗塞に対する急性期の再疎通療法は院内死亡率を低くできる可能性があり、個々の症例の日常生活機能も含めた適応を慎重に検討しうえで、急性期経カテーテル治療を選択することは非高齢者と同様に推奨できる。なお、PTCAと血栓溶解療法の治療効果の差異については、欧米の大規模臨床比較試験により明らかになりつつあるが、同時に本邦においても検討されるべき課題である。
3)退院後の予後評価
60歳未満と70歳以上の死亡率を比較すると、全死亡、心臓死、突然死、非心臓死のいずれにおいても70歳以上で明らかに高い。しかし、生命表を用いた解析ではその差は少なかった。また、70歳以上で治療法別に比較したところ、PTCA施行群は再疎通療法非施行群と比べて死亡率、死亡指数のいずれも低く、PTCA施行例では老年者の心筋梗塞の予後を改善していることが示唆された。
結論
多施設、多数例を対象にした調査結果をふまえて『老年者の心筋梗塞治療ガイドライン』の試案を作成したが、その意義は大きいものと考えられる。また、急性期の冠再疎通療法の治療効果など、さらに検討する必要がある問題も明らかになり、今後の課題と考えられた。 

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