老年者の末梢循環障害に関する研究

文献情報

文献番号
199700587A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の末梢循環障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
大内 尉義(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 大橋俊夫(信州大学医学部附属病院)
  • 重松宏(東京大学医学部附属病院)
  • 内藤通孝(名古屋大学医学部附属病院)
  • 村野俊一(千葉大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国においては動脈硬化性疾患が増加しており、中でも冠動脈疾患とともに四肢の閉塞性動脈硬化症(Arteriosclerosis obliterans; ASO) の増加が大きな問題となっている。ASOは主に下肢の主幹動脈に好発し、動脈硬化、壁在血栓による血管内腔の閉塞や狭窄をきたし、末梢循環不全が引き起こされる疾患である。また、下肢の微小循環レベルでの循環障害は糖尿病などにおいて好発し、末梢循環不全の原因となる病態である。これらの末梢循環障害は加齢とともに増加し、歩行障害、下肢の潰瘍形成など、老年者のquality of lifeを著しく障害するので臨床上きわめて重要であるが、老年者における末梢循環障害に関しては、下肢の動脈硬化性病変や微小循環障害の発症、進展に対する加齢の影響、危険因子の同定に関する報告は殆どなく、また診断に関しても、従来臨床で広く用いられているankle pressure index (API)の一般的な診断基準を老年者にも用いてよいかは疑問であり、さらに、老年者の末梢循環機能の評価法も正確かつ非侵襲的で定量的なよい方法はなく、治療に関しても、内科的療法の多くは臨床的効果が十分といえず、効果が比較的確実な薬剤には非経口投与が必要であり長期の管理には不向きで、外科的な治療法は適応が限られ、長期予後も必ずしも良好とはいえず、経口投与が可能な新しい内科的療法の開発が待たれていた。そこで我々は、老年者における末梢循環障害の病態、加齢との関連、新しい非観血的な評価法の開発、新しい治療法の開発に関する総合的研究を行うことを目的とした。
研究方法
微小循環に及ぼす加齢の影響の基礎的検討、老年者末梢循環障害と危険因子との関連の検討、老年者における末梢循環障害の診断法の検討、経口バゾプレシン V1受容体拮抗薬の抗動脈硬化作用に関する検討を行った。微小循環に及ぼす加齢の影響を調べるため、加齢家兎と若年家兎(対照)の後脊髄細動脈摘出モデルで基礎的検討を行った。また、老年者末梢循環障害と心血管系疾患の危険因子との関連の検討では、対象を高血圧、糖尿病、高脂血症のいずれも有さない群と、いずれか1つを有する群、2つを有する群、全てを有する群の4群でAPIの値を検討、さらに年齢、性をマッチさせたAPI 0.9以上の2群関で血中Lp(a)、PAI-1、t-PA、ICAM-1、VCAM-1について検討した。糖尿病と老年者末梢循環障害との関連の検討のため、若年糖尿病 (YDM、≧60才)、高齢糖尿病 (ODM、≦65才)、高齢非糖尿病 (ONDM、≦65才) の3群でトレッドミル運動負荷試験を施行し、運動負荷後のAPIを測定した。老年者における末梢循環障害の診断法の検討としては、API、運動負荷時の近赤外分光法(NIRS)による末梢循環重症度および治療法選択について検討を行った。前者では特別養護老人ホーム入居者を対象とし、脳血管障害の有無とAPIの関係について検討し、後者では自他覚的な下肢の冷感とAPIとの関連について検討した。NIRSトレッドミル運動負荷検査の診断的有用性を検討するため、運動負荷中、負荷後の下腿腓腹筋の酸素化ヘモグロビン(OxyHb) と非酸素化ヘモグロビン (DeoHb)の解離パターンにより3群に分類し、跛行の臨床的重症度およびAPI値との関連を検討した。疼痛のため歩行不可能になった時点を運動の終了とし、最長歩行時間は5分間とした。虚血型では歩行終了後に、解離が再び交わるまでの回復時間を測定し、正常型では回復時間を0として虚血重症度の判定指標とした。経口バゾプレシン V1受容体拮抗薬 (OPC21268) に関しては、すでにOPC21268がASOにおける急性及び慢性の末梢循環改善作用
を有し、ASOの新しい治療薬となる可能性があることを報告ずみであるため、OPC21268が抗動脈硬化作用を有するかを検討した。雄性Wistar ラットの右頸動脈の血行を一時的に遮断し、生体内のフリーラジカルの一つである過酸化水素(10mM)で5分間血管内腔を障害し内膜肥厚を作製し、同時に 浸透圧ミニポンプを用いOPC21268を持続的に注入、対照群として同様にvehicle を投与した。14日後、頸動脈を灌流固定し、新生内膜・中膜比を計測した。
結果と考察
微小循環に関する基礎的検討において、加齢家兎由来の細動脈標本ではアセチルコリン(ACh)は若年家兎の場合と同様、顕著な用量依存的な拡張反応を誘起した。加齢家兎の標本では、cyclo- oxygenase阻害薬であるインドメタシンを前処置した状態でもAChは明らかな拡張反応を惹起した。一方、NO合成阻害薬であるNw-nitro-L-arginine methyl ester (L- NAME) の前処置により、加齢家兎の標本ではAChによる拡張反応は完全に消失し、この反応はL-アルギニンの追加処置により有意に回復した。またNOドナーであるsodium nitroprussideに対する感受性は両群で差を認めなかったが、プロクタサイクリンの安定アナログであるイソカルバサイクリンに対する感受性は、加齢家兎群において有意な低下を認めた。この実験系は加齢に伴う細動脈の機能特性の変化を直接解析するためにきわめて有用であり、加齢家兎の脊髄細動脈におけるAChによる拡張反応は主に内因性のNOに依存しているのに対し、若年家兎では血管拡張性プロスタグランジンの関与が大きいことが示され、細動脈レベルでは加齢により血管収縮調節機構における内因性血管作動物質の関与が変化する可能性が示唆された。老年者末梢循環障害と危険因子との関連では、危険因子を有する症例では有意にAPIが低下していた。危険因子をすべて有する症例の67%はAPIが0.9未満であった。Lp(a)はAPIが0.9未満の症例で有意に高値を示した。血中PAI-1、t-PA、ICAM-1、VCAM-1については両群で差を認めなかった。ODMとYDMでは糖尿病罹患歴、入院時HbA1Cの差はなかったが、ODMは安静時APIが0.8以下、運動負荷後の下肢血圧低下またはAPI低下を認めるものが有意に多かった 。ONDMはODMより高齢であったが、安静時API低下、運動負荷後の血圧、API低下は有意に少なかった。以上より、動脈硬化危険因子は老年者においても末梢循環障害のリスクになると考えられ、さらに独立した危険因子としてLp(a)が重要であることが明らかとなった。特に糖尿病の合併は強いリスクとなり、高齢の糖尿病患者では末梢循環不全の進行に十分注意して診療にあたるべきであると考えられた。老年者における末梢循環障害の診断法の検討のうちAPIの検討では、調査できたうち74.4%が脳血管障害を合併おり、これらの症例のAPIは有意に低下していた。また、APIが0.9未満の症例のうち57%に脳血管障害の合併が認められた。APIが0.9未満の症例の34%、0.7未満の症例では44.4%が冷感を自覚していた。また、他覚的冷感を認めた症例の頻度は、API 0.9以上、未満では差はなかったが、0.7以上、未満で差が認められた。また、運動負荷時のNIRSによる末梢循環重症度および治療法選択の検討では、5分間の運動負荷を終了できなかった者の割合は群間で重症度が有意に異なり、APIもそれぞれの群で有意に異なっており、この結果からタイプ別に治療法を選択するのが妥当であると考えられた。老年者末梢循環不全の指標としてのAPIの意義に関しては0.7以上、未満で初めて差が認められたことから、APIの評価を0.7程度に設定する必要があると考えられた。しかし、APIが0.9未満の症例のうち57%に脳血管障害の合併が認められたことと従来の報告とを併せて考えると、老年者においてもAPIが0.9未満の症例では心血管系疾患の合併頻度が高く、これに対して何らかの治療を開始する必要があると考えられた。V1受容体拮抗薬の抗動脈硬化作用に関する検討では、非障害側の左頸動脈には過酸化水素による影響を認めず、過酸化水素投与による内膜肥厚はOPC21268投与群で有意に低値であった。
結論
1. 加齢に伴う細動脈の機能特性の変化を直接解析する方法を開発し
、微小循環に対する加齢の影響を検討した結果、細動脈レベルでは加齢により、血管収縮調節機構における内因性血管作動物質の関与が変化する可能性が示唆された。 2. 老年者においても高血圧、糖尿病、高脂血症などの動脈硬化危険因子は末梢循環障害のリスクになると考えられ、独立した危険因子としてLp(a)が重要であることが明らかとなった。3. NIRSと運動負荷を組み合わせることにより下肢虚血の重症度が判定でき、さらにこれが治療方針の選択に有用であることが示された。4. 老年者ではAPIの評価基準を0.7程度に設定するのが妥当であると考えられた。5. V1受容体拮抗薬は抗動脈硬化作用を有することが示唆された。

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