加齢による脳血管病変の進展とその臨床的意義に関する研究

文献情報

文献番号
199700586A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢による脳血管病変の進展とその臨床的意義に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
藤島 正敏(九州大学医学部第二内科)
研究分担者(所属機関)
  • 藤島正敏(九州大学医学部第二内科)
  • 内村英幸(国立肥前療養所)
  • 岡田靖(国立病院九州医療センター)
  • 小林祥泰(島根医科大学第三内科)
  • 福内靖男(慶應義塾大学神経内科)
  • 峰松一夫(国立循環器病センター)
  • 山之内博(東京都老人医療センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
頭部CTやMRIなどの画像上,大脳深部白質に認められる病変(深部白質病変)は,加齢とともに増加する事が知られているが,その病態生理学的意義は十分に解明されているとはいいがたい.深部白質病変は加齢の他にも,高血圧やアルツハイマー病などと関連を有するとされ,その成立機序は一様ではない.しかしながら,高血圧性脳血管病変を基盤とした脳虚血が関与していると思われる症例に遭遇する機会が多い.かかる症例では,深部白質病変と知的機能障害との間に関連が存在することも指摘されている.以上のような背景から,高齢者における大脳白質病変の成り立ちや臨床的意義を明らかにすることは,老年医学が解明すべき課題の一つとみなされている.本研究は高齢者大脳深部白質病変の成り立ちを明らかにするとともに,成立機序に応じて,その臨床的意義,予後,予防や治療法などを検討することを目的としている.
研究方法
第一に,大脳深部白質病変の発生の危険因子を,患者の臨牀背景との関連で明らかにすることを試みた.すなわち,高齢者の大脳深部白質病変の存在と関連する因子を解明するために,健常高齢者を対象に頭部MRI画像を撮影し,深部白質病変の存在と臨牀背景との関連を検討した.また,主幹脳動脈病変が深部白質病変の原因となるとの仮説のもとに,主幹動脈病変を有する患者を対象にして,その頭部MRI画像を断面ならびに追跡調査した.さらに,深部白質病変の出現を遺伝子レベルから検討するため,アンジオテンシン変換酵素の遺伝子多型に注目して,両者の関連を調べた.第二のアプローチとして,画像診断上描出される深部白質病変が,病理学的にどのような病変と対応するかを明らかにするため,神経病理学的検討を行った.すなわち剖検例において,生前に撮影した頭部MRIの白質病変を剖検脳のスライスと対応させ,神経放射線学的所見と神経病理学的所見との対比を行った.第三に大脳深部白質病変を有する患者の脳における脳循環代謝動態を検討した.ここでは深部白質病変を有する患者を対象にポジトロンCT検査を施行し,とくに大脳皮質の虚血という面から検討を加えた.最後に無症候性大脳深部白質病変と認知機能との関連を検討した.すなわち無症候性脳病変を有する患者を追跡調査し,知的機能検査をもとに認知機能と大脳深部白質病変の関連を検討した.
結果と考察
(1)一般健常高齢者における大脳深部白質病変の臨床的意義に関する研究:佐賀県神埼郡在住の60歳以上の健康高齢者178名(男性37名,女性141名,平均年齢77歳)を対象に,頭部MRI検査を行った.同時に一般内科ならびに神経学的診察,知的機能検査,一般血液検査,心電図検査などを行った.大脳深部白質病変は77例(43.3%)に認められ,知的機能の低下と有意な相関を示した.深部白質病変を有するものでは年齢と収縮期血圧が高く,高血圧や脳梗塞の頻度が高かった.多変量解析で大脳白質病変と関連を示したのは年齢のみであった.以上より,健常高齢者において大脳深部白質病変は知的機能低下と関連を有し,その成因に加齢が深く関連していることが示唆された.(2)大脳深部白質病変による認知機能低下に関する追跡調査:脳検診を継続して受診している健常成人54名(男性23名,女性31名,初回受診時平均年齢66歳)を対象に追跡調査を行った.対象を中壮年群(平均年齢57歳)と高齢群(平均年齢72歳)の2群に分け,頭部MRI検査と認知機能検査を施行した.6年間の追跡調査で深部白質病変が悪化を示したのは,中壮年群で4.3%,高齢群で38.7%であった.深部白質病変を含む無症候性脳病変の悪化は認知機能の低下を伴っていた.(3)大脳深部白質病変による知的機能障害発症のメカニズムに関する研究:高度な大脳深部白質病変を有する患者,のべ15名(男性12名,女性3名,平均年齢62歳)を対象に,知的機能検査とポジトロンCT(PET)検査を施行した.前頭葉深部白質と前頭葉および頭頂葉皮質の間で,脳血流量は良好な相関関係を示した.また酸素摂取率や脳血管の二酸化炭素反応性に関しても前頭葉深部白質と前頭葉皮質の間で有意な相関が認められた.これに対して,脳酸素代謝率は白質と皮質の間で有意な相関を示さなかった.以上の結果は,大脳皮質では深部白質と平
行して循環不全による虚血が進行していることを示唆しており,従来から提唱されていた神経離断説のみで,白質病変に伴う知的機能障害を説明することは困難であると思われる.(4)主幹脳動脈の狭窄性病変と大脳深部白質病変との関連に関する研究:一側内頚動脈の中~高度狭窄病変を有し,内膜剥離術を受けた患者(男性17名,女性2名,平均年齢68歳)を対象に,頭部MRI,SPECT(アセタゾラミドによる脳循環予備能の判定を含む),脳血管撮影を行った.その結果,内頚動脈高度狭窄例,脳循環予備能低下例において,内頚動脈病変と同側の深部白質病変が高度であった.白質病変の左右差と知的機能障害との関連は認められなかった.他方,一側頚動脈か中大脳動脈主幹部に,閉塞または高度狭窄を有する患者107例を対象に,アセタゾラミドによる脳循環予備能の評価を行い,頭部CTやMRIの経年変化を最長7年間に渡って追跡調査した.その結果,閉塞性主幹脳動脈病変における脳循環予備能の障害と,脳萎縮の進行,無症候性脳梗塞発症,白質病変進展などとの間には明らかな関連性を見いだし得なかった.(5)アンジオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子多型と大脳白質病変に関する研究:神経内科入院中または通院中の患者81名(男性36名,女性45名,平均年齢74歳)を対象に,ACEの遺伝子多型をPCR法にて決定し,MRI上観察される白質病変との関連を検討した.ACEの遺伝子多型はDD17例,ID22例,II42例であった.大脳半球深部に脳梗塞を認めないDD7例,ID7例,II18例においては,白質病変はDD5例(71%),ID3例(43%),II3例(17%)とD型遺伝子を有する例に多く認められた.(6)白質病変の病理学的変化に関する研究:頭部MRIT2強調画像上の白質病変を6例の剖検脳の病理学的所見と対比させて,その実体を検討した.患者の平均年齢は71歳であった.白質の点状・斑状高信号域は髄鞘の淡明化が主体でり,側脳室前角・後角周囲の高信号域は髄鞘の淡明化や血管周囲腔の拡大であった.脳室周囲の線状の高信号域(rims)は脳室上衣下のグリオーシスが主体であった.
一般健常高齢者における大脳深部白質病変の成因として,従来より高血圧や加齢の関与が指摘されてきたが,今回の検討より,加齢が最も重要な因子であることが確認された.さらには一見正常に見える高齢者においても,深部白質病変は知的機能障害と関連することが示された.大脳深部白質病変と知的機能障害との関連は,患者の追跡調査によっても明らかとなった.すなわち,深部白質病変の悪化は知的機能の悪化と関連していた.今後,加齢に伴う白質病変の発症やその進展を促進する因子を明らかにし,これを防止するための方策を検討する必要があろう.
深部白質病変による知的機能障害の原因として,従来より神経離断説が唱えられているが,酸素摂取率や脳血管の二酸化炭素反応性が白質と皮質の間で相関するという事実は,白質のみならず皮質においても虚血が進行していることを示唆するものである.すなわち,深部白質病変を有する患者では,白質の虚血による神経離断に加えて,皮質自体の虚血も皮質機能低下に関与しているものと推定される.主幹脳動脈病変と大脳白質病変との関連について,今回の独立した2つの研究では,一見相反する結果が得られているが,両研究の対象患者や方法論的な相違点などを詳細に検討することにより,従来見逃されていた新知見が得られるものと期待される.
ACEの遺伝子多型は虚血性心疾患や脳梗塞などど関連を有することが知られているが,大脳白質病変との関連についての報告は見られない.今回,白質病変がD型遺伝子を有する例に多く認められたことより,D型遺伝子の白質病変成立における関与がうかがわれる.ただし,かかる傾向は脳梗塞のない例においてのみ認められたことより,D型遺伝子は虚血以外のメカニズムによって白質病変を起こす可能性が考えられる.
MRIT2強調画像上の白質病変の病理学的変化については,従来より髄鞘染色による髄鞘の淡明化やグリオーシスが指摘されてきたが,今回の検討ではMRIとの詳細な対比によりこれを確認した.また,白質病変の部位やパターンによって,その病理学的変化に差があることも明らかになった.
結論
(1)健常高齢者における大脳深部白質病変は加齢と深い関連を有し,知的機能障害の原因となりうる.(2)深部白質病変の悪化は,知的機能障害の増悪を伴う.(3)深部白質病変から皮質の代謝低下に至る機序として,神経離断のほかに,皮質の虚血が関与する可能性がある.(4)主幹脳動脈の狭窄性病変と大脳白質病変との関連は,対象や検討方法によって異なり,今後さらに詳細な研究を進めることが必要と考えられる.(5)ACEの遺伝子多型のなかで,D型遺伝子は脳梗塞を持たない例において白質病変を促進する可能性がある.(6)MRIT2強調画像上の白質病変は,髄鞘の淡明化やグリオーシスなどを反映している.

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