保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療

文献情報

文献番号
199700584A
報告書区分
総括
研究課題名
保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山本 章(箕面市立老人保健施設)
研究分担者(所属機関)
  • 河口明人(国立循環器病センター研究所)
  • 豊島博行(箕面市立病院)
  • 柏木浩和(大阪大学医学部第二内科研究生)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
浮腫の中で、下肢末梢部の限局した浮腫はよくある現象で余り重要視されない傾向にある。しかしこの現象は明らかに加令に伴う末梢循環不全の一種である。老人保健施設に入所している人々の約半数は脳梗塞をもち、同時に何らかの心疾患(虚血性心疾患、心弁膜症、不整脈)をもっていることが多い。このような老人に対して負荷試験を行うことは危険であり、また実際に不可能であるし、心機能に関する検査も制約される。また病院医師の手を離れた場合、詳しい血液化学的検査の行われる機会も少なく、漫然と利尿薬の投与によって症候的治療が行われるのが現状である。しかし実際には自己免疫、心・腎機能、血液の浸透圧、代謝内分泌機能などに潜在的な原因があって廃用性浮腫が増悪していることが多いと考えられる。浮腫のほかに末梢循環障害として、下肢動脈の狭窄による血行障害をもつ人も多い。原因として動脈硬化があるが、必ずしも一般的な粥状動脈硬化のみではない。最近動脈硬化巣にアミロイド蛋白や急性期反応性蛋白質CRPが染め出されて居り、慢性疾患あるいは免疫現象に代謝異常が加わっての病理変化も示唆されている。本研究によって、看護、介護の上で一つの問題となっている下肢の循環障害と浮腫に対する診断と治療方針の設定に貢献出来ることを期待している。
研究方法
1)老人保健施設入所者(平均年齢女子84才、男子78才)のうち、下肢血流障害、下腿・足の浮腫あるものを対象とし、超音波脈波計を用いて下肢動・静脈の血流パターンを計測し、末梢循環、微小循環障害の有無を判定する。2)心電図および超音波検査によって心筋障害の有無を判定、心臓の収縮、拡張能を測定し、心筋梗塞や心筋症による異常の有無を診断する。3)血漿蛋白質(アルブミン、γ-グロブリン、フィブリノーゲン)量・甲状腺ホルモン(T3及びT4)、甲状腺刺激ホルモンTSH、Na利尿ペプチドファミリー(ANP、BNP)及びアミロイド蛋白質(血清アミロイドP成分:SAP)濃度を測定する。4)血漿リポ蛋白の分画を行い、高比重リポ蛋白(HDL)、超低比重リポ蛋白(VLDL)分画中に異常アポ蛋白として存在するアミロイド関連蛋白を測定(定性、定量)する。またLp(a)濃度と同位体の解析、アポリポ蛋白Eの同位体(E2、E3、E4)の分析を行う。5)甲状腺機能低下症の症例に対しては初めT3、ついでT4の補充療法を行い、その回復に伴って下腿浮腫の軽減がおこるかどうかを観察し、超音波脈波計などの機器診断でこれを確かめる。6)低アルブミン血症の症例に対してアルブミンの補充療法を行い、浮腫の軽減が起こるかどうかを観察。また、アルブミンを注入後、その減衰曲線をしらべ、合成量、あるいは異化率を推測する。7)浮腫をもつ症例を男女別、また疾患(脳血管障害、骨折後の回復不全、痴呆、心臓病など)に基づいて分類し、それぞれについて今回調べた代謝性因子、循環パラメーターの異常がどの程度存在するか、また治療に伴う改善効果がどの程度得られたかを解析する。8)Ca拮抗薬やジギタリス、利尿薬、漢方の効果について観察し、浮腫軽減に伴うQOLの改善を評価する。
結果と考察
始まったばかりで、一部は中間的な報告に止まるが、現在までに得られた結果は以下の如くである。
下腿・足の浮腫の原因について:3ヶ月以上の長期入所者女子212名、男子61名のうち、一夜の睡眠のあとも消縮しない高度の持続性の浮腫をもつもの女子23名、男子1名について心電図(ECG)を調べた所、女子のすべてに陳旧性心筋梗塞、QT延長、心房細動、房室あるいは脚ブロック、あるいはST-T異常(STの平坦な軽度の低下、T平低)のいずれかを認めた。ペースメーカーの装着者は2名であった。特にST-T異常ははっきりした病態との関連は指摘されていないものの、高齢者にあってはその頻度が極めて高い。女性の間にNon Qタイプの心筋梗塞、Silentの心筋虚血が多いという欧米の報告もあるので、ST-T異常はQTの延長と共に何らかの心筋障害に関連するものと考えられる。高齢者が多い故に浮腫のない人の間にもECG異常所見をもつものは多く見られる。入所者全員についてECGをとったわけではないので比較は困難であるが、高度下腿浮腫の人の100%に異常が見られることは、心機能の低下が浮腫の基本となっていることを示すものである。
Na利尿ペプチドファミリー(ANP・BNP):現在まで、浮腫または心電図でST-T異常をもつもの23人について測定(Imnunoradiometric assay:塩野義臨床検査診断医学)した。そのうち膝関節症の1例と低蛋白血症の1例を除く21人において標準値(ANP15±7、上限30、BNP11±8、上限22pg/ml)をこえた高値を示し、しかもBNP値がANP値を上廻っていた。うち11人でBNP値は100をこえさらにそのうち6人は200をこえていた。ANPが心房性であるのに対し、BNPは心室から分泌されるものであり、BNPの上昇に対してANPの上昇の程度の低いものは心房機能の低下を示すとされている。今回測定対象で上昇を示した例のすべてはBNPに対してANP上昇が少なく、心房機能の低下が静脈血ひいてはリンパ液の吸上げ力の低下・浮腫の発生につながっていると推測される。
アミロイド蛋白:浮腫あるもの9例、浮腫のない(著明でない)女性3例、男性2名について血清アミロイドP蛋白(SAP)を、秦野研究所小島・安達両博士に依頼して測定してもらった。(Dako Pat Japanの市販抗血清を精製したものを用いてELISA法を適用)。浮腫9例の値は8.9-24.5μg/mlであり、女子の標準値20-30μg/mlの範囲をこえるものはなかった。
特殊な原因に基く浮腫:甲状腺機能低下症が2例、低蛋白血症によるものが4例存在した。前者は甲状腺ホルモンの投与、後者のうち2例はアルブミンの補給(あと2例は栄養改善)によって軽快した。この他3例において膝あるいは足関節症が浮腫誘発の原因と考えられた。
下肢動脈の血流について長期入所者のうち血流障害の疑われる者38例を適当に選択して下肢血圧と簡易超音波血流計による血流パターンの測定を行った。後者についての解析は未だ充分でないが、血圧に関しては上肢血圧よりも低いものが7例あり、うち5例は左右とも低く、いずれも脳梗塞で、うち1例は頚動脈の狭窄を伴っていた。測定対象者の中に糖尿病をもつものが6例あったが下肢血圧の低下を示したのは脳梗塞の1例を含む2例であった。経皮的PO2測定計を用い、これら浮腫あるいは下肢血流障害をもつ症例のうち14例について血液酸素飽和度の測定を行った。高齢者、特に皮膚の乾燥した場合についての標準的なデータがないので、充分な結論には至らないが、下肢/胸部PO2比が2/3以下の例は重篤な下肢血流(リンパ流)障害がある可能性が示された。
結論
高齢者の下腿・足浮腫の原因として心機能低下が基礎となっていることが明らかになり、心室性利尿ペプチドBNPの分泌亢進がその重要な証拠として把握された。またこれまで云われているように甲状腺機能低下症、低アルブミン血症、あるいは膝、足関節症の存在が副次的あるいは主導的因子となっていた。disabilityの強い脳梗塞症例、特に糖尿病合併においては、下肢血圧、超音波血流パターン、PO2のいづれかにおいて、下肢血流障害を示す異常所見が見られた。
研究協力者:寒川賢治(国立循環器病センター研究所)、稲田しづ子(箕面市立老人保健施設)、岩崎雅行(箕面市立病院)、小西一郎(箕面市立病院)

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