インフルエンザによる高齢者肺炎死亡の問題点と防御因子の検討

文献情報

文献番号
199700583A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザによる高齢者肺炎死亡の問題点と防御因子の検討
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
下方 薫(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1996年秋より1997年春にかけてのインフルエンザの流行により、多くの高齢者における重症肺炎の発生と死亡が報告されている。米国においては、高齢者や高齢者に接する人々に対するワクチン接種の有効性を示す研究報告が数多くなされ、接種が勧告されている。一方、我が国においてはワクチンの有効性に対する疑問視や副作用の過度の警戒、予防接種法の改定などから国民全体のワクチン接種率は年々低下している。さらに老人保健施設などの高齢者介護施設における接種状況も明らかではない。本研究ではそれらの施設にアンケート調査を行い、接種の実態、施設としての考え方についての検討を行った。また、施設職員に対するアンケート調査を通じて職員の接種状況、意識調査を行い、問題点について検討した。高齢者介護施設における介護者のインフルエンザワクチンの接種が入所者のインフルエンザ罹患の防御に有用であるかについても併せて検討した。
研究方法
1.施設へのアンケート調査:対象は、愛知県内の高齢者の治療、介護にあたる施設(老人保健施設、各種老人ホーム、介護力強化型病院などいわゆる老人病院)の名簿に記載されている施設とした。1996年11月に、各施設(計268施設)宛にアンケート用紙を送付した。質問項目は以下の通りとした。 1)入所中の高齢者に対するワクチン接種指導の有無  2)職員に対するワクチン接種指導の有無  3)ワクチン接種による入所者のインフルエンザ発症や重症化予防効果についての考え(入所者のみの接種、職員のみの接種、両者とも接種の各場合について) 4)昨シーズンの施設でのインフルエンザ 流行状況。2.職員へのアンケート調査:名古屋市内の二施設(老人保健施設、介護力強化型病院各1施設)において、直接入所者の介護にあたる職員160名に対し、アンケート調査を行った。質問項目は以下の通りとした。 1)入所者に対してワクチン接種を行った方がよいと考えるかどうか  2)職員に対してワクチン接種を行った方がよいと考えるかどうか  3)昨年の接種の有無とその理由 4)本年の接種予定の有無。3.二施設の協力を得てそれぞれの施設で背景因子がほぼ同等と考えられる入所者の二つのホームのそれぞれの介護者の協力を得て、一方のホームの介護者にはインフルエンザのワクチン接種を行い、他方のホームの介護者にはワクチン接種を行うことなく、各ホームにおける入所者のインフルエンザの発症率を比較した。臨床的にインフルエンザと考えられる入所者の急性期と回復期のペア血清の抗体価を赤血球凝集阻止反応で測定し急性期に比べて回復期で4倍以上の抗体価の上昇がみられたときにインフルエンザの感染有りと判定した。また急性期の患者の咽頭拭い液を採集し、インフルエンザウイルスのMタンパクをコードしているRNA領域の一部をDNAに変換しポリメラーゼ・チェイン・リアクション(PCR)法により検出した。これらの検査はインフォームドコンセントのもとに行った。
結果と考察
1.施設に対するアンケート調査:168施設(62.7%)から返答を得た。接種指導をしている施設は、入所者に対してが27施設(16.1%)、職員に対しては29施設(17.3%)であった。接種の指導をしていない理由は予防効果に対する不信が最も多く、また、入所者についてはインフォームドコンセントが得られないためとする回答も多かった。その他では、ワクチンの副作用を心配する回答が多かった。ワクチンの有効性についての意見を問う質問に対しては、ある程度有効以上とする回答が、入所者のみの接種で57.2%、職員のみの接種で55.4%、両者ともの接種で74.4%であった。昨シーズンのインフルエンザ流行状況の質問に対しては、約3分の1の施設が流行ありとの回答であった。2.職員に対するアンケート調査:160名(100%)
から返答を得た。ワクチンの接種を行った方がよいと考えるかとの質問では、入所者の接種については30%が、職員の接種については68.8%が行った方がよいと回答した。しかし、昨シーズンの接種者は5名(3.1%)のみであった。接種を受けなかった理由としては、勧められなかったためとするものが54%と最も多かった。今シーズンの予定ついては、接種を受けるつもりがあるとの回答が、45%に上り、また、受けるつもりはない、あるいはわからないとした人の内、58%が勧められたら受けると回答した。我が国においては、高齢者や介護する職員に対するインフルエンザワクチンの必要性が十分には周知されておらず、今回の調査でも接種に取り組んでいる施設は全体の2割以下であった。ワクチンの有効性に対する質問では、入所者、職員ともに接種を行えばある程度以上の効果があると考える施設が7割以上を占めた。しかし、接種を行っていない理由の回答から、その効果について確実な信頼には至っていないことが示された。今後接種率を上昇させるためにはワクチンの有用性についての研究結果を蓄積し、提示することが必要と考えられた。また、副作用についての正しい認識を得ることや、費用面も考慮した体制の整備が必要と思われた。施設の職員に対するアンケート調査では、職員自身が接種を受けるべきとする意見が7割近くに上ったが、実際に昨シーズン接種を受けたのは5名のみであった。接種を受けていない理由の第一に、勧められなかったことを上げており、各施設で積極的な指導を行うことにより接種率の向上が得られるであろう。全体を通じて、昨シーズンのインフルエンザ流行や、公的機関からの指導もあり、インフルエンザに関する問題意識の高揚が感じられ、今年度から接種を行う予定の施設が5施設あり、職員についても、今年度は接種を受けるつもりとするものが半数近くに上った。3.A施設ではインフルエンザウイルスワクチンを接種した介護者が担当するホームでの入所者のインフルエンザ罹患者は23名中14名であり、インフルエンザウイルスワクチンを接種しなかった介護者が担当するホームでの入所者のインフルエンザ罹患者は14名中6名であった。B施設ではインフルエンザウイルスワクチンを接種した介護者が担当するホームでの入所者のインフルエンザ罹患者は35名中0名であり、インフルエンザウイルスワクチンを接種しなかった介護者が担当するホームでの入所者のインフルエンザ罹患者は54名中3名であった。A、B両施設での入所者のインフルエンザ発症率には大きな差が認められた。このことはインフルエンザの流行が、同じ愛知県の中でも尾張地域のA施設と三河地域のB施設でかなり異なっていたことを示唆している。A施設ではインフルエンザが流行していたと考えられ介護者のインフルエンザワクチン接種は入所者に対するインフルエンザ罹患の予防に効果がみられなかった。B施設ではインフルエンザの流行は明らかではなくその影響もあってか介護者のインフルエンザワクチン接種の入所者に対するインフルエンザ罹患の予防効果は若干認めたれたものの有意なものではなかった。現行のインフルエンザワクチンの有用性はポリオワクチンをはじめとする生ワクチンに比べて劣るものの認められている。医学的面からみたインフルエンザウイルスワクチンの対象として高齢者、妊婦、慢性肺疾患患者、心疾患患者、腎疾患患者、代謝異常患者、免疫不全状態の患者、重症心身障害施設入所者などがあげられる。罹患すると重症化しやすい集団への感染源の立場からみた対象として医療従事者、老人保健施設などの従業員、同居家族などが含まれる。ワクチン接種の優先集団として高齢者、とくに介護を要する老人はその代表的な存在と考えられる。しかし老人保健施設などの従業員のワクチン接種が有効であれば対象人数からみてより効率的である。事実、米国からそうした報告が出ている。今回の検討は限られた範囲のものであり、それぞれの地区による流行状態にも影響されたと考えられるが、老人保健施設等の従業員のワクチン接種の有効性は明らかではなかった。
結論
1.各施設長はインフルエン
ザワクチンの効果にある程度の有効性は認めながらも、実際の接種率は低値であり、その理由は有効性が確信できないことが第一であり、他に費用の問題、副作用への警戒、入所者の同意が取りにくいことが上げられた。2.施設の職員は、自身が接種を受けるべきと考えるものが多かったが、実際の接種率は低値であり、施設からの指導が無いことが第一の理由と考えられた。3.老人保健施設を中心に介護者に対するインフルエンザワクチン接種が、高齢入所者のインフルエンザ発症予防に及ぼす効果に関しては引き続き検討が必要と考えられた。

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