デジタル補聴器の臨床応用に関する研究

文献情報

文献番号
199700582A
報告書区分
総括
研究課題名
デジタル補聴器の臨床応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
高坂 知節(東北大学医学部耳鼻咽喉科教授)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 我々は、厚生省科研費(s62-H1, シルバーサイエンス計画)などの援助により、東北大学医学部耳鼻咽喉科、東北大学電気通信研究所(曽根敏夫教授研究室)で研究、開発され、(株)小野測器により実用化された世界初の完全デジタル補聴システム(クリアトーン)の臨床応用を行ってきた。補聴特性が自由自在に設定できることが、本補聴器の大きな特徴の一つであり、フィッティングが適切に行われた場合、音質、語音の了解度の両面で、いままでの補聴器にない画期的な補聴効果が得られる。しかしながら一方で、その特性選択の自由度の大きさ故に、各個人の聴覚特性に合わせることが必ずしも容易でない場合もある。すでに、昨年度より本厚生省科学研究補助金(長寿科学総合研究事業)の援助を受け、より多くの難聴者に本補聴器の恩恵が得られるよう、本補聴器のフィッティングに必要な個々の難聴者の聴覚特性の検査法、並びに、聴覚特性に基づいた実用的なフィッティング方法の確立に関する研究を行ってきた。昨年度は、ラウドネス補償型補聴方法の確立とその臨床評価を行い、約60%の症例で従来型のアナログ補聴器にまさる効果を得た。しかしながら、「検査が一部の高齢者には難しすぎる」、あるいは、「難聴者によっては、基本的な補聴特性では、うまく適合しない」といった問題点も指摘できた。そこで、本年度は、ラウドネス補償型補聴を、より簡便かつ、有効に適応できるよう、(a) 検査、フィッティング法の改善、(b) ラウドネス補償効果の背景にあるメカニズムの解析とそれに基づく補聴法の工夫を検討した。
研究方法
(a) 1段階細分化評定尺度法によるラウドネス特性測定の臨床評価:従来、2段階評定尺度法によってラウドネス特性を測定してきたが、高齢者の一部には検査内容が十分理解できず、正確な検査の実施が困難な場合があった。昨年度、より簡易な検査として、1段階細分化評定尺度法を用いたラウドネス特性の検査方法を試作したが、今回は、実際に補聴器を装用する難聴者を対象に1段階法を適応し、その有用性を検討した。1段階法により得られたラウドネス特性を従来の2段階法により得られた特性と、特に、検査時間、検査結果のバラツキの多少などを指標に比較し、1段階法の臨床における有用性を評価した。
(b) ラウドネス補償効果の背景にあるメカニズムの解析:昨年度の研究で、ラウドネス補償型補聴の有用性が認められたが、その効果背景に存在するオージオロジカルなメカニズムは、必ずしも明らかにはされていなかった。今回は、ラウドネス補償処理された音に対する聴覚機能を、特に以下の2点より検討し、より効果的な補聴を考察した。
(ア)マスキングの観点から見た、補聴様式と補聴効果:言葉を含め、実際の生活音の聴取には、マスキングの問題が重要となる。とくに、いわゆるUpward Masking、すなわち、低周波数音によるより高周波数の信号聴取に対するマスキングの影響は、環境雑音下の信号聴取、母音による子音聴取への影響、第1フォルマントから、第2、第3フォルマントへの影響などの観点から重要な問題である。そこで、感音難聴者10名を対象に、Masking Functionをマスキングパターンとして検討、補聴方法による違いを、Upward Maskingの観点から検討した。今回は、マスカーとしては、1/6 oct-bandの1 kHz狭帯域雑音を用い、各周波数の信号音(繰り返し時間2Hz、duration: 180 ms、rise-fall: 35 ms)に対するmasked thresholdを、「増幅なし」、「half gainルールによる線形増幅」、「CLAIDHA型圧縮増幅」3増幅特性下に測定、特性による違いを比較検討した。
(イ) 補聴様式の音圧弁別域値(Intensity Difference Limen: IDL)に対する影響:音の聴取には、周波数の変化と共に、音圧の変化を、できるだけ正確に検知できる必要がある。ラウドネス補償では、入力音圧の変化に対する出力の変化の比が1対1ではなく、いわゆる、圧縮型の増幅様式を適応している。従って、ラウドネス補償では、仮にラウドネス特性が補償されても、音圧弁別の観点からは、必ずしも有利であるとは限らない。
そこで、感音難聴者6人を対象に、増幅特性、特に圧縮比(今回は圧縮比、1、1.5、2、4を比較)とIDLの関係を検討した。IDLは、2股強制選択法で、基準音、テスト音の順に提示された2音の大きさの比較を行い(duration: 500 ms、rise-fall: 25 ms、2音の間隔: 250 ms)、ランダム化最尤推定法を適応して、IDLを決定した。
結果と考察
(a) 1段階 vs. 2段階評定尺度法:20-30代の正常成人を用いた検査では、若干、1段階法でラウドネス特性曲線が右にシフト、すなわち、同じ音圧レベルの音に対するrating scaleの値が小さくなる傾向が認められたが、結果の再現性などには、1段階法と、2段階法の間で有意の差を認めなかった。一方、高齢者を中心とした臨床例を対象とした場合、従来の2段階法では、検査方法の十分な理解が得られない症例が少なからず認められ、得られるラウドネス特性も1段階法に比べ、バラツキが大きくなる傾向が認められた。また、正常例における1段階法の検査時間は約10分と2段階法の約1/3であったが、臨床例では、説明に要する時間の短縮効果も大きく、実際に検査の説明から検査の終了まで考慮した全体の検査時間としては、1/3以上の効果が認められた。
高齢者を対象とした臨床検査としての1段階法は、データーの信頼性、検査時間の両観点で、より有用な検査法であると考えられた。
(b) 補聴下のMasking Function:難聴耳の真の聴覚特性が変化することはないが、補聴操作により、外界からの入力音に対する「見かけ上」の特性は変化させることができる。同一マスキング音存在下の、信号音の聴取域値は、ラウドネス補償型増幅により、特に高周波域でのマスキングの広がりが有意に抑えられ、マスキング音の存在下にも、補聴操作により、いわゆる「audibility」が改善することが明らかになった。本効果は、圧縮増幅そのものの効果であると同時に、難聴の周波数特性に応じた増幅量、すなわち、周波数-増幅特性の効果によるものと思われた。周波数-増幅特性の効果はhalf-gainによる線形増幅でも認められたが、一般に、ラウドネス補償型補聴で、より顕著であった。
一方、本効果は、難聴のタイプにより異なり、水平型、高音漸傾型難聴で著明であったが、低音障害型難聴では、かえってマスキングが「増幅なし」に比しても増大することがあり、マスキング量を考慮した増幅特性の決定が、特に低音障害型感音難聴では重要であると思われた。
(c) 補聴様式の音圧弁別域値(Intensity Difference Limen: IDL)に対する影響:圧縮比が線形すなわち1より1.5、2、4と変化させていったが、圧縮比が2を超えるまでは、増幅下のIDLも基本的に正常耳のそれに近似した値をとり、また正常耳のIDL functionに認められる、"near miss to Weber's law"も観察された。一方、圧縮比がそれ以上となった場合、IDL値は急に大きな値をとり、IDL functionは、有意に悪化することが明らかになった。
各難聴耳のラウドネス特性を基に増幅特性を決定するラウドネス補償型補聴では、難聴者の耳がいわゆるラウドネス補充現象を呈する為に、圧縮型増幅を行うことになる場合がほとんどであるが、検査結果に忠実に増幅特性を決定した場合、圧縮比が2を超える場合も少なからず存在する。その様な症例では、圧縮比が2を超えないように調整を加えることでより良好な補聴効果が得られる事も経験されており、適切な圧縮比調整の重要性が示唆された。
結論
(a) 今回改良した1段階評定尺度法によるラウドネス特性検査は、特に、高齢者を対象とした場合、より短い時間で、再現性のあるバラツキの少ない結果が得られる有用な検査法であると思われた。
(b) ラウドネス補償により、マスキング音存在下にも、良好な「audibility」が得られることがわかり、語音聴取能の改善などの背景メカニズムの1つになっているものと思われた。本効果は、難聴のタイプにより異なり、残存聴覚に応じた、ラウドネス補償の微調整の重要性が示唆された。
(c) IDLは圧縮比2を超えると、正常値より明らかに大きな値をとることがわかった。圧縮比が2を超えないように、調整を加えることで補聴効果によい影響を与える可能性があるものと思われた。

公開日・更新日

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