加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究.

文献情報

文献番号
199700578A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究.
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
柳澤 信夫(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 進藤政臣(信州大学医学部)
  • 林良一(信州大学医療短期大学部)
  • 橋本隆男(信州大学医学部)
  • 丸山哲弘(鹿教湯病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,320,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴う神経系における機能変化は,運動機能と認知機能で顕著である.本研究では正常成人および大脳基底核における加齢現象のモデルと考えることができるパーキンソン病(PD)患者を対象に検索した.運動機能として随意運動量を定量化し,立位と歩行機能の病態を解析し,運動制御の基礎となる脊髄反射回路の活動性の変化を明らかにして,加齢に伴う運動機能を現象面と神経機序の面から解析した.認知機能は,PD患者を中心に解析し,運動機能と認知機能の加齢変化の病態を明らかにすることを目的とした.具体的な研究課題と目的は以下の通りである.
?加齢に伴うIa促通とIb抑制の変化:脊髄反射は運動の基本的かつ要素的な制御を行っている.加齢に伴う運動機能の変化がどのような機序によるのかを明らかにするため,正常者の加齢に伴うIb抑制とIa促通について検討した.
?加齢による随意運動・歩行状態の変化:姿勢反射障害により著しいADLの低下をきたすPD患者の歩行障害の特徴を明らかにする目的で,姿勢障害の重症度と立位姿勢における下腿三頭筋のH反射および歩行周期の床反力・下肢筋活動パターンの関係を解析した.
?PDにおける随意運動量の変化:大脳基底核-視床-前頭葉投射の機能異常は全身性の運動量の病的変化として現れるが,従来全身性の運動量を鋭敏に測定する方法はなかった.今回ビデオとコンピュータを用いた新しい運動量測定システムを開発し,その妥当性を検討した.
?PDの視覚空間性作業記憶:PD患者について処理水準の異なる視空間性課題からその中枢実行系機能を検討した.
?ジストニアの運動障害の経過と予後:ジストニアは恐らく大脳基底核を中心とした障害であるが,加齢に伴うこの領域の障害は多発性脳梗塞など運動障害の代表的部位である.ジストニアの病態を明らかにし,その加齢による変化を検討した.
研究方法
?加齢に伴うIa促通とIb抑制の変化:対象は正常成人.ヒラメ筋H反射を用いてIb抑制(16人,21歳~54歳),単シナプス性Ia促通(30人,24歳~68歳)を検討した.H反射の大きさは最大M波の20~25%にそろえた.条件刺激は内側腓腹筋神経(Ib抑制),大腿神経(Ia促通)に与え,強度は前者がM波閾値の0.95倍,後者はM波の最大上刺激とした.
?加齢による随意運動,歩行状態の変化:対象は,PD患者13名と年齢を一致させた健常者13名.平衡機能を評価するため,被験者に床反力計上で直立姿勢および最大前傾をとらせ,下腿三頭筋(GS)の筋電図とヒラメ筋H反射を記録した.歩行は被験者が長さ2mの床反力計を2個連結した装置の上を最も楽な速度で歩いたときの床反力軌跡,各関節角度と下肢筋筋電図を記録した.歩行周期を両脚支持期,単脚支持期,両脚支持期(前遊脚期),遊脚期の4相に分け,各相における筋活動量を積算し筋活動パターンを求めた.
?PDにおける随意運動量の変化:ビデオ画像中の対象を背景から分離し,連続する画像の対象領域を比較し,重ならない領域を運動量として計算した.計算は独自に開発したプログラムにより行った.本法でPD患者11例の立位動揺時の運動量(動揺量)を計測し,同時に測定した重心動揺面積と比較した.患者は重心測定台の上で開眼状態で1分間の立位を保持した.撮影したビデオの再生画像を1秒間5コマの速さでコンピュータに取り込んで動揺量を計算した.
?PDの視覚空間性作業記憶:痴呆のないPD群24例(60.5±10.8歳),年齢・教育年数を合わせた正常対照群24例(63.6±6.0歳)に対して,3種類の作業記憶課題を施行した.1.verbal version: 片仮名無意味綴り2文字,2. visual version: 無意味図形,3.spatial version: 3x4マトリシスのうち1個のみ塗られた模様,の描かれた刺激カード各々12種類(計120枚)を用意し,各versionで2秒に1枚のカードの割合で連続的に呈示し,?のカードから2つ前のカードに描かれた項目を反応カード12枚から選択させた.?-?の出現する間隔を2~6として,各間隔が5回ずつランダムに配置した.関連検査として,聴覚スパン、視覚スパン,Rey AVLT,Rey VDLT,MMSE,WCST,verbal fluencyを施行した.
?ジストニアの運動障害の経過と予後:特発性ジストニア30例を各病型に分けた上で,病態,発症様式,経過,予後を検討した.
結果と考察
?加齢に伴うIa促通とIb抑制の変化:Ia促通は加齢に伴ってほぼ直線的に促通量が減少した.一方,Ib抑制については,加齢による抑制量の変化はみられなかった.単シナプス性Ia促通量の減少はIa線維終末に対するシナプス前抑制が増加したためと考えられる.加齢によるシナプス前抑制の増加は,高齢者における運動障害に関与している可能性がある.
?加齢による随意運動,歩行状態の変化:H反射は背景筋活動により変化することから,背景筋活動の変化分に対するH反射の変化分(ΔH反射/ΔEMG)を求めた.PD 群ではH反射の変化分は有意に減少し,臨床症状が重症になるに従ってより減少した.歩行の時間因子・距離因子分析ではPD群では健常者に比較して,1)歩隔は広く,2)歩行速度は遅く,3)両足支持時間が延長していた.歩行中の各関節角度は健常者群に比べ有意に減少し,足関節角度変化に対するGS筋活動の変化分は,GSが伸張される第?-?相ではPD群で有意に減少していた.立位保持・歩行時のH反射の大きさはシナプス前抑制によって変化する.PD群におけるH反射の利得の減少は,シナプス前抑制の増大によると考えられる.歩行時に筋伸張時の関節角度変化に対する筋活動の変化分は伸張反射の利得を反映するから,第I-II相におけるGSの活動減少は立位姿勢でのH反射の減少に相応するものであろう.
?PDにおける随意運動量の変化:ビデオ計測による動揺量と重心動揺面積とは有意な正の相関が認められた.PDの重症度ではYahr 3度の患者は1, 2度の患者と比較してビデオ計測による動揺量,重心動揺面積ともに小さい傾向を認めた.ビデオとコンピュータを用いた新しい運動量解析法は,微細な動きを1秒間5コマという速さで鋭敏に計測した.本方法による動揺量は重心動揺をよく反映した.PDで重症者が軽症者より動揺量が小さいことは,寡動の反映である可能性がある.
?PDの視覚空間性作業記憶:群と課題間での分散分析では両因子で有意な交互作用を認めた.群間の比較では,PD群は作業記憶課題のうちvisualとspatial versionが有意に低下した.課題間の比較では正常群はvisualが有意に低下したが,PD群はvisualとspatialが有意に低下した.また,?-?間隔の検討からPD群は,visualとspatial versionにおいて,?-?が5, 6になると正再認は有意に低下した.Rey AVLTの総再生数とverbal fluencyはPD群で有意に低下していた.作業記憶は構音ループと視空間性記銘メモという2つのシステムとそれを制御する中枢実行系から構成される.視空間記銘メモの容量を反映する視覚スパンは正常群と差はなかったが,呈示刺激の内容と系列を同時に記銘しなければならない二重負荷パラダイムでPD群の作業記憶の障害が明らかになり,特に空間記憶課題で著しく障害されていた.作業記憶容量は加齢で低下するが,PD群では年齢相当である.二重負荷になると割り当てられる容量が効率よく配分されないために成績が低下したと考えられ,PDでは中枢実行系の機能障害があると考えられる.
?ジストニアの運動障害の経過と予後:発症年齢は全身性ジストニアで若く,局所性ジストニアで高齢であった.経過は全身性では緩徐進行性であるが,局所性のものは非進行性であり,痙性斜頚は自然寛解もあった.ジストニアが広範で重症であるほど社会的障害も大きい.
結論
?加齢に伴うIa促通とIb抑制の変化:加齢によってIb抑制は変化しないが,シナプス前抑制は増加し,高齢者の運動障害に関与する可能性がある.?加齢による随意運動,歩行状態の変化:PD群では歩行周期に一致した筋活動を生じさせられないことと,シナプス前抑制の抑制の障害が歩行障害の大きな因子と考えられる.?PDにおける随意運動量の変化: ビデオとコンピュータを用いた新しい運動量解析法は,微細な動きを1秒間5コマという速さで鋭敏に計測した.本方法による動揺量は重心動揺をよく反映する.?PDの視空間性作業記憶: PDで視空間性作業記憶の中枢実行系の障害が明らかになった.中枢実行系機能としての内容と系列を同時に記銘する認知操作の障害が推察される.?ジストニアの運動障害の経過と予後:ジストニアの分布によって発症,経過は異なる.

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