高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡的治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700577A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡的治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
千葉 勉(京都大学大学院医学研究科消化器病態学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 幕内博康(東海大学医学部第二外科)
  • 多田正弘(山口大学医学部第一内科)
  • 木下芳一(島根医科大学第二内科)
  • 中島正継(京都第二赤十字病院消化器科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
14,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国ではC型肝炎ウイルスやヘリコバクタ・ピロリ感染率が高いために、消化器疾患が特異的に多い。特に高齢者においては癌、難治性や出血性潰瘍、胆管結石症や胆道閉鎖症など、絶対的な手術適応例が少なくない。こうした症例では一般的に高齢者における手術のリスクが極めて高いために、内視鏡的治療は、そのリスクの軽減、さらに術後のQOLの向上という点において、極めて優れた治療法である。そこで本研究では、高齢者の内視鏡治療の適応拡大を一般化するため、内視鏡機器の改良や手技の工夫を行い、より簡便で安全性の高い、新しい治療法を確立することを目的とした。
研究方法
1.早期食道癌に対する内視鏡的治療?腫瘍径におけるEMRの適応拡大に関する手技の開発:広範囲な病変をEMRするための手技を、動物あるいは臨床例において工夫した。?EMR施行困難部位を克服するEEMRチューブの開発:食道は脊柱に沿って前弯しているため、前壁には内視鏡が密着しにくい。この前壁部分のEMRを容易にするための機器の工夫を行った。2.早期胃癌に対する内視鏡的治療?残存病変の確認と、残存病変の大きさと再発との関係について:内視鏡的に残存病変の有無を確認するとともに、機器の種々改良を行って、残存病変がどの程度認識可能かを比較した。さらにEMR例で、その後外科手術が施行された26例を対象として、内視鏡的な遺残の診断と病理組織を対比した。さらにEMR後の内視鏡的な残存の診断が妥当であるか否かについて経過観察を行った。3.早期大腸腫瘍に対する内視鏡的治療:高齢者早期大腸腫瘍に対する内視鏡的治療の適応を拡大するためには、特にsm(粘膜下)浸潤しているか否かの深達度診断が極めて重要である。このため、sm浸潤の正診率を内視鏡、拡大内視鏡、超音波内視鏡を用いて行った。一方sm massiveではない、と診断されたsm浸潤例についてEMRを施行してその機器の改善、手技の改善を行い、その適応の拡大を試みた。4.高齢者の慢性膵炎に対する内視鏡的治療:高齢者の膵疾患に対して乳頭部膵管切開術(EST-PD)による膵管ドレナージ、副乳頭切開術(EST-AP)、さらに内視鏡的膵管切石術などの新しい方法を試みた。5.高齢者のバーチャルエンドスコピーの開発:ヘリカルCTを用いてバーチャル内視鏡的表示を行い、さらにバーチャル内視鏡の立体画像を元に病変の立体モデルを個々の例で作成した。さらにこのモデルに対して、処置内視鏡を実際に用いて内視鏡治療のリハーサルを行った。
結果と考察
1)結果
1.高齢者早期食道癌に対する内視鏡的治療:?より広範囲な粘膜切除術(Four step EMR)を開発した。?EMR施行困難部位を克服するためのEEMRチューブを開発した。すなわちEEMRチューブ先端に片側バルーンをつけ、チューブ先端の部分が対側食道壁の病巣により密着するようにした。これによって食道前壁の病巣の切除が容易となった。2.高齢者早期胃癌に対する内視鏡的治療:?初回のEMR後の遺残を内視鏡的に確実に確認できるために、内視鏡の解像力を改善した。?これによって一年後まで遺残病変がないと判断された158病変では、その後5年以上再発は1例もなかった。3.早期大腸癌に対する内視鏡的治療:一般的にEMRの適応とならないsm浸潤癌例の正診率は隆起型では通常内視鏡が95%、表面型では拡大内視鏡で100%と最もすぐれていたが、超音波内視鏡ではそれぞれ40%、60%と前2者に対して明らかにおとっていた。一方、sm massiveでないsm浸潤癌例をEMRするにあたって、切除後、切除潰瘍面の辺縁を拡大内視鏡観察し、遺残がないことを確認した。分割切除例では、1週間以内に再検し、遺残の有無を確認した。これらによって遺残が発見された再切除困難例に対しては、アルゴン・プラズマ凝固装置(APC)によって焼灼した。これらの方法で、高齢者では、分割切除例の1例で3ヶ月後に遺残が発見されたのみで、それ以外の症例は最長5年の経過で再発をみていない。4.慢性膵疾患に対する内視鏡的治療:慢性膵炎28例全例でEST-PDを行い、粘液蛋白栓の22例では膵管ドレナージ術を、また主膵管狭窄例ではステント留置を併用した。膵石症30例に対してEST-PDを行ったが、その後完全切石例は21例であった。5.バーチャルエンドスコピーの開発:?食道病変は、内腔を十分、長期間安定して拡張させることが困難であり、本法は適応しにくい。?胃は、点滴用脂肪乳剤の内服によって伸展下におくことが可能であり、径1cm程度の病変の描出は可能であった。?本法をもとに胃の立体モデルを作成し、処置用内視鏡を用いて内視鏡治療のリハーサルを行うことが可能であった。
2)考察
今回の検討で、高齢者消化器疾患の内視鏡的治療に対して、種々の工夫を行ったり、また機器を改良することによって、その適応範囲を拡大できるものと考えられた。
食道においては、高齢者では、特に広範囲な粘膜不染帯が存在することがしばしばあり、より広範囲なEMRが必要とされる。これに対して今回、より安全な四段階EMR法が開発されたが、これを用いてスネアの置き方を工夫することによって、より安全に残存部位を切除することが可能であった。さらに今回、内視鏡の先端近くの片側にバルーンを装着することによって、前壁がより直視できるような工夫を行った。これによって、前壁のEMRはかなり容易なものとなった。
一方、胃については、EMRの広さを拡大すればするほど病変の残存の問題が生じてくる。そこで、より正確に残存病変を見つけ出すために、内視鏡の解像度の改善を試みた。これによって2mm以上の残存については、確実に認識できるようになった。さらに現在までの症例について、内視鏡的残存と再発について5年間検討したところ、EMR一年後に残存なし、とした症例では5年後の再発は一例もなかった。以上よりEMR一年後には完全治癒例を判断することが可能と考えられた。
大腸については、EMRを行うにあたって、まず癌でsm浸潤の有無を的確に判断することが重要である。今回の検討では超音波プローブを用いるよりも、拡大内視鏡の方が、その診断能力が明らかに高いことが判明した。ただし、sm浸潤があっても、軽度の場合は、特に高齢者ではなおかつEMRの適応例があると考えられる。そこで、sm浸潤例に対してEMRを試みたところ、拡大内視鏡を用いて術後の潰瘍面の遺残を検討することが最も重要であると考えられた。
今回膵石慢性膵炎例について種々の内視鏡的治療を試みたが、乳頭切開術、膵管拡張、ステンティング、膵管ドレナージ、切石術等を駆使することによって多くの症例で改善が見られた。このことは手術のできない高齢者にとっては大きな福音であるが、ただ膵石症例で切石不成功例については、今後さらなる機器や手技の改良が必要である。
バーチャルエンドスコピーについては、管腔が細く、運動が盛んな臓器では今のところ困難であるが、胃などでは適切な造影剤を用いることによってその描出が可能であった。またこの画像をもとに立体モデルを作製し、処置内視鏡を用いてリハーサルを行うことが可能であり、内視鏡的処置の習熟が容易になると考えられた。
結論
1.早期食道癌に対して四段階内視鏡的粘膜切除術を開発した。また片側バルーン装着により前壁病変の処置が極めて容易となった。
2.内視鏡の解像度を改良し、EMR後の2mm以上の残存病変は確実に認識できるようになった。本法により一年後に残存なしとした例では、5年間再発は見られなかった。
3.早期大腸癌のsm浸潤の正診率は隆起型では内視鏡が、平坦型では拡大内視鏡の方が、超音波プローブによる検査よりも高かった。
4.大腸のsm浸潤早期癌でも、術後の遺残を拡大内視鏡で観察し、その遺残に対してAPCで焼灼すれば完治が可能である。
5.高齢者の慢性膵炎に対して、EST-PD、EST-AP、膵管ドレナージ、膵石切石術などが極めて有効であった。しかし膵石の切石不能例については、さらなる機器や手技の改良が必要である。
6.胃では造影剤を用いることによってバーチャルエンドスコピーが可能であり、この画像を用いて内視鏡治療のリハーサルが可能となった。

公開日・更新日

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