脳の老化に関連する疾患の病態解明に関する研究

文献情報

文献番号
199700576A
報告書区分
総括
研究課題名
脳の老化に関連する疾患の病態解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小阪 憲司(横浜市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 橋詰良夫(愛知医科大学加齢医科学研究所)
  • 池田研二(東京都精神医学総合研究所)
  • 山田正仁(東京医科歯科大学医学部)
  • 石津秀樹(岡山大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳の老化と関連した疾患は多様であるが、このうちアルツハイマ-型痴呆
(ATD)に関する研究は近年急速に進み、また脳血管障害の研究も盛んである。 しかし、その他の脳の老化と関連した疾患、とくに非アルツハイマ-型変性性痴呆疾患は、重要な疾患が多いのにもかかわらず、国際的に研究が著しく遅れており、これらの疾患についての系統的研究は急を要する課題である。 今年度は、非アルツハイマ-型変性性痴呆疾患のうち、非定型ピック病、痴呆を伴う筋萎縮性側索硬化症(ALS-D)、皮質基底核変性症(CBD)、神経原線維変化型老年痴呆(SD-NFT)、石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病(DNTC)、の5疾患について以下の研究を行い、小阪により総括した。
研究方法
1)小阪は、嗜銀球を欠く側頭前頭葉型ピック病の6剖検例を、主にユビキチン免疫組織化学および免疫電顕を用いて検索し、これらの病態機序および前頭側頭型痴呆(FTD)での位置付けを検討した。 2)橋詰は、ALS-Dの孤発例14例(剖検9例)、家族性2例(剖検1例)について臨床病理学および免疫組織化学的に検索し、その特徴を検討した。 3)池田は、CBDの7剖検例を臨床病理学的に検索して、記載の十分な文献例と比較し、一部については免疫組織化学および免疫電顕を用いて検索した。 4)山田は、100歳以上の超高齢者13例、平均80歳の非痴呆高齢者、アルツハイマ-型老年痴呆(SDAT)各々20例を神経病理学的に検索し、さらにSD-NFT2例を含む高齢者143例について、アポリポプロテインE(ApoE)、PS-1、
ACT、BChE遺伝子多型と海馬NFT頻度との関連を検討した。 5)石津は、痴呆専門病院における痴呆患者2760例の頭部CT所見と臨床症状を検討し、またDNTC4剖検例について免疫組織化学的に検索した。
結果と考察
1)嗜銀球を欠くピック病では、萎縮部皮質にユビキチン陽性神経突起がみられ、第?-?層と第?-?層に分布していた。 海馬支脚・扁桃核・線条体にも少数認められた。 二重免疫染色および免疫電顕で、これらは小型神経細胞の樹状突起に由来し、ユビキチン陽性の無数のリボソ-ム様顆粒と少数の線維を含むことが示された。 一方、海馬歯状回の顆粒細胞にはユビキチン陽性封入体がみられ、分子層にはユビキチン陽性神経突起が認められた。 これらも免疫電顕で皮質と同様の成分を有していた。 以上より、大脳皮質の小型神経細胞と海馬歯状回の顆粒細胞は、ユビキチン陽性でリボソ-ムに関連した細胞骨格蛋白異常を共有していることが示唆される。 また、海馬傍回と海馬支脚の変性はperforant pathwayの変性を示し、歯状回顆粒細胞のユビキチン陽性異常に関与している可能性が考えられる。 さらに、嗜銀球を欠くピック病とこれを有するピック病は障害細胞が共通しており、FTDのピック型に含められるが、前者の細胞骨格異常がユビキチン陽性のリボソ-ム変性、後者がタウ陽性の線維変性である点が異なる。 2)ALS-Dは、平均発症年齢58.5歳、罹病期間24.7か月で、初発症状は精神症候が多い、下位運動ニュ-ロン障害が主体である、痴呆は比較的軽度で人格変化が目立つ、などの特徴があった。 神経病理学的には、極部に強調される前頭側頭葉の萎縮がみられ、皮質第?-?層を主体とする神経細胞脱落・グリオ-シス・海綿状態がみられた。 皮質下核では、黒質・尾状核・扁桃核に変性をみた。 運動ニュ-ロン障害は、脳幹運動神経核と脊髄前角の細胞脱落とグリオ-シス、Bunina小体の出現など古典的ALSと同質であった。 ユビキチン免疫組織化学では、海馬歯状回顆粒細胞、前頭側頭葉皮質第?-?層の小型神経細胞に封入体を認めた。 以上より、ALS-Dの皮質病変の特徴は、前頭側頭葉皮質の比較的軽度の萎縮で、皮質病変に関してはピック病との近縁性を示し、FTDとして位置付けられる。 ALS病変は下位運動ニュ-ロン障害が主体であるが、上位運動ニュ-ロン障害の強い例は前頭側頭葉の萎縮を伴う原発性ALSとの異同が問題となる。 3)CBDでは、大脳皮質の第?-?層の神経細胞脱落・海綿状態・グリオ-シスがみられ、高度の部位では皮質全層に及んでいた。 皮質下核も同様の変性像を示した。 大脳萎縮部位は、中心溝を中心に前頭後部・頭頂領域、前頭領域、上側頭回と弁葢部、その他に分けられ、半数に左右差がみられた。 皮質下病変の強い部位は黒質で、次いで淡蒼球と視床であった。 種々の嗜銀性・タウ陽性構造物が大脳皮質・白質・皮質下に広範に観察された。 これらの構造物は免疫組織化学および免疫電顕で特徴ある所見を示した。 以上より、神経細胞とグリア細胞の細胞病理学的変化、とくにタウ陽性構造物はCBDの病理を特徴づけている。 一方、大脳萎縮領域は臨床症状に影響し、前頭後部・頭頂領域萎縮群は運動障害に対応する中核群で、前頭領域萎縮群は人格・行動異常を示し、FTDの概念に一致する。 上側頭回と弁葢部萎縮群は進行性失語を示し、primary progressive aphasiaと関連している。 4)加齢に伴う脳病変として、100歳群は海馬領域のNFTが80歳群と比較して有意に多いが、SDAT群と比べて海馬の萎縮・シナプス減少・グリアの増生は軽く、新皮質の
NFT・老人斑は有意に少なく、病変パタ-ンがSDATとは異なっていた。 また、遺伝的危険因子については、ApoEε4がSDATで有意に高率であったが、他の遺伝子多型はSDATとの関連を認めなかった。 SDATと匹敵する海馬NFT密度を有していた非痴呆高齢者やSD-NFT例では、老人斑の密度は他の非痴呆群と同様であり、
SDAT群より有意に少なく、ApoEε4を有していなかった。 以上より、100歳以上の非痴呆高齢者群の脳病変が、SDATと異なりSD-NFTと同様なパタ-ンを示していたことは、SD-NFTは脳の加齢過程が加速された病態である可能性を示唆している。 遺伝的危険因子の検討では、ApoEε4アリルを欠くことが、非痴呆高齢者やSD-NFTにおけるSDATとは異なる海馬NFT病変の形成に寄与している可能性が考えられる。 5)痴呆患者の平均年齢は、男性78.2歳、女性79.1歳であった。臨床診断は、ATD63.4%、脳血管性痴呆(VD)30%、FTD3.0%であった。側頭前頭葉の萎縮、基底核と小脳歯状核に石灰化を認め、DNTCと診断したものは
0.1%であった。 頭部CTで脳内石灰化を認めたものは7.6%であり、疾患には関係なかった。 神経病理学的には、NFTの多くが細胞外NFTで、ApoE抗体で陽性を示した。 以上より、DNTCの痴呆性疾患における罹患率は0.1%で、FTDの約30分の1と推測される。 DNTCと臨床診断する場合、頭部CT・SPECTなどで信頼性を高め、さらに病理学的検討を行うことが重要である。 NFTの出現量はATDと比較しても多数で、多くが細胞外NFTであるという特徴があり、タウの抗原性を失い、かわりにApoEの修飾を受けるものと推察される。
結論
非定型ピック病とALS-Dは、非特異的病理所見ゆえにFTDのなかにまとめられているが、免疫組織化学的に両者に共通した病態機序を示唆する特異的所見が存在する。CBDは、神経細胞とグリア細胞に細胞骨格異常を有するが、臨床病理像は多彩で、一部はFTDと進行性失語を構成する。 SD-NFTは、脳の加齢過程が加速された病態であり、ApoEε4の欠如が関与している可能性がある。 DNTCは、痴呆性疾患の約0.1%にみられ、神経病理学的に細胞外NFTが多いことが特徴である。

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