精神機能老化の生物学的指標に関する精神神経免疫学的研究

文献情報

文献番号
199700575A
報告書区分
総括
研究課題名
精神機能老化の生物学的指標に関する精神神経免疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学)
研究分担者(所属機関)
  • 新井平伊(順天堂大学)
  • 神庭重信(山梨医科大学)
  • 遠山正彌(大阪大学)
  • 深津亮(札幌医科大学)
  • 山脇成人(広島大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者においては、脳の老化により、記銘力障害・認知障害・注意力障害・意欲低下が認められ、これらのこれらの精神機能の老化は、痴呆・せん妄・うつ状態などの発症要因となりうる。高齢者における精神機能の臨床的研究と、分子レベルでの神経生物学的研究とを組み合わせることにより、精神機能老化の生物学的指標を解明することを本研究の目標とした。具体的には、中枢神経に対するストレス負荷時のストレス関連遺伝子発現調節、ストレス関連蛋白の機能と動態、サイトカインの関与、視床下部ー下垂体ー副腎皮質系の制御、更にナチュラルキラー細胞の関与について検討した。また、老年期うつ病と脳梗塞の関係についても検討した。
研究方法
武田は、脳虚血モデルやイボテン酸注入モデル脳を用いてPS1のストレス後の誘導についてin situ hybridization法を用いて検討した。遠山は、培養グリア細胞を用いて低酸素暴露し、ストレス遺伝子のクローニングと虚血環境におけるこの機能の解析を行った。深津は、アルツハイマー病(AD)脳におけるTransforming Growth Factor(TGF)-βのAmyroid Precursor Protein(APP)やPresenilin (PS)1に対する作用についてを免疫組織学的に或いはRT-PCRを用いて検討した。神庭は、老齢ラットを用いて拘束ストレスに対する視床下部ー下垂体ー副腎皮質系とサイトカイン反応性を調べた。新井は、ストレスに対するナチュラルキラー(NK)細胞活性を測定した。山脇は、潜在性脳梗塞とうつ病の関係について検討した。
結果と考察
武田は、脳虚血及びイボテン酸注入による細胞障害モデル動物においてPS1及びAPP遺伝子の発現を検討した。脳虚血負荷1日後より海馬神経細胞におけるPS1mRNAの増加が認められ、この発現は虚血負荷3日後にピークとなった。この虚血負荷によるPS1mRNAの誘導は虚血耐性部位であるCA3領域及び歯状回に主として認められることから、PS1の誘導は虚血耐性と関係することが示唆された。またイボテン酸注入海馬の錐体細胞層におけるPS1およびAPPmRNAシグナルを検討すると、両mRNAはイボテン酸注入により一旦は減少するものの、72時間以降にはPS1メッセージが再び障害部位において回復することが明らかになった。そのメッセージを回復する細胞は免疫組織学的にグリア細胞であった。これらの結果から、PS1の発現は神経障害に対する中枢神経系の反応の1つであり、PS1の機脳不全は神経機能の修復過程に関与することが示唆された。遠山は、ラットのアストログリア培養細胞において、低酸素負荷により発現する遺伝子をすクリーニングし、新規ストレス蛋白であるORP150の単離・クローニングを行った。ORP150はERに局在しており、分子シャペロンとしての機能が推定された。そこで、HEK細胞を用いて、ORP150のsense及びantisenseを導入したcell lineを作成した。antisense cell lineでは、正常酸素分圧下の細胞増殖、過酸化水素や熱ショックなどの環境ストレスにはwild typeと同様の抵抗性を示したが、遷延した低酸素環境に対する抵抗性は著しく低下していた。このORP150は急性虚血だけではなく、動脈硬化巣など遷延した虚血環境が存在する部位でも多量に発現していることから、低灌流によって引き起こされる虚血精神系細胞死に対して、ORP150の発現は神経保護機作として機能すると考えられた。深津は、高齢者及びAD患者脳組織におけるPS1、APP、アミロイドβ蛋白の局在を検討した。PS1は神経細胞、アミロイド・アンギオパチーを生じた血管内皮、平滑筋細胞に存在していた。またこれらのストレス関連蛋白の動態に対するTGF-β1作用を検討するために、神
経細胞、アストログリア、筋細胞、単球それぞれの培養細胞において、RT-PCR法によりAPP及びPS1のmRNAの発現を確認した後、これらの培養細胞におけるAPPとPS1の発現に対するTGF-β1の作用を検討した。その結果、細胞によってはTGF-β1によりAPP或いはPS1の発現が誘導されることが明らかになった。このような結果から、脳アミロイド病変の形成にはTGF-β1の関与が示唆された。ストレス反応に大きな役割を果たす視床下部ー下垂体ー副腎皮質(HPA系)にはサイトカインによる制御がその一端をになっているとされる。深庭は、サイトカインによるHPA系の制御機構を検討する目的で、若齢及び老齢ラットを用いてストレス負荷時のHPA系指標の変化を検討した。老齢ラットに1時間の拘束ストレスを負荷した後のIL-1β、ACTH、コルチコステロンを定量した。その結果、血中コルチコステロン基礎値は75週齢群では10週齢と比較して優位に高かった。また、ストレスに対する反応性は、75週齢群ではストレス負荷群とストレス非負荷群で同様の傾向を示したが、10週齢群ではストレス負荷群の反応は非負荷群と比較して有意に大きかった。一方、IL-1β値は、両群で基礎値には有意な差異は認められなかった。これらの結果から、加齢によりIL-1βによるHPA系の制御に差異がある可能性が示唆された。末梢免疫活性の指標としてナチュラルキラー(NK)細胞の活性が検討されており、慢性疲労症候群、うつ病、ADなどにおいてその異常が指摘されている。新井は、加齢及び老年期精神障害によるNK活性について検討するために、NK活性の測定系の確立を図った。山脇は、脳梗塞とうつ病との関係を検討するために、初老期発症及び老年期発症のうつ病患者の潜在性脳梗塞の合併率を比較検討した。初老期(50-64歳)のうつ病患者における潜在性脳梗塞合併率は、若齢発症群(50歳未満の発症)において22.6%、初老期発症群において51.4%で、初老期発症群の方が有意に高く潜在性脳梗塞を合併していた。老年期(65歳以上)のうつ病患者においては、潜在性脳梗塞の合併率は、初老期発症群で65.9%、老年期発症群で95.9%であり、老年期発症群の方に有意に高い潜在性脳梗塞の合併率を示していた。この結果は、これまでの一般住民を対象にした脳ドックによる健常成人における潜在性脳梗塞の出現頻度に比べて著しく高く、脳血管性変化が老年期うつ病の発症に関与しており、潜在性脳梗塞が精神機能の老化としてのうつ病発症に関する生物学的指標となりうる可能性が示唆された。
結論
精神機能老化の生物学的指標の検討には、本研究で示した様な結果が得られ、引き続き精神神経免疫学的研究が有効であることが示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)