老年者における薬物動態に関する基礎研究

文献情報

文献番号
199700573A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者における薬物動態に関する基礎研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
石崎 高志(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 越前宏俊(明治薬科大学)
  • 平沢明(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 佐藤邦雄(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴い循環器系器官の生理機能ー特に、交感神経系βアドレナリン受容体機能が著しく低下することが知られている。本研究では分子生物学手法を用いて臨床応用可能な交感神経系βアドレナリン受容体機能測定法を確立すると共に老年者の交感神経作動受容体を介する薬物の動態学的及び薬力学的検討を行うためにプロプラノロールをモデル薬物として取り上げ、その(+)と(-)異性体測定法を確立して、運動療法がこれらに及ぼす効果を老年者で検討することを目的とした。
研究方法
合併症の無い60歳以上の健常老年(60-69歳)男性5名、女性5名よりインフォームドコンセントを得た後、運動療法プログラム(全期間3ヶ月以上)の前後において、プロプラノロール(40 mg、経口)負荷時の薬物動態の検討、同時に薬力学的効果をみるために決定された運動強度の負荷試験下における心拍数の変化をみた。プロプラノロール(以下PL)光学異性体測定は既に報告した如くHPLC-UV法にてPL投与後0,2,4,6,8,12および24時間の時点で静脈より採血(5ml)し、血液中のPL異性体濃度を測定した。
ヒト全血より白血球画分を回収しRNAを抽出した。RT-PCRとその検出系として、ABI PRISM 7700を用いた。PCRのターゲット領域に特異的にハイブリダイズするような20-30塩基のオリゴヌクレオチドを設計し、5'末端のFluorescein系の蛍光色素(レポーター)、3'末端をRhodamine系の蛍光色素(クエンチャー)でラベルした蛍光プローブを作製した。RT-PCRには、RTase活性とDNA polymerase活性を合わせ持つrTh DNA polymeraseを両方の反応に用いた。また、反応溶液中のヌクレオチドにdTTPに換えてdUTPを用いた。さらに、AmpErase UNGを加えることでPCR反応直前に溶液内でdUTPを含むDNAを完全に分解し、以前のPCRで合成された産物が、次の定量の際に混入することを防いだ。RTおよびPCRの反応条件は、50℃2分、60℃30分、95℃5分の後、95℃15秒、60℃1分を50サイクル行った。この間に、反応により生じた産物を蛍光により検出した。
結果と考察
結果=10例の対象老年者の運動療法プログラムの開始前の運動負荷試験での最大心拍数は,PL(40 mg)投与前の129±8/分(119-141)から、PL投与後2、4、6および8時間にはそれぞれ98±7/分(84-109)、102±5/分(95-110)、104±4/分(98-110)、105±5/分(99-113)へと有意に減少し、明らかなβ受容体遮断効果が観察された。
全例が運動療法を全期間3-5ヶ月間かけて終了した。プログラム終了時点で運動負荷試験を行った。PL投与前は125±16/分(102-146)であり、PL投与後2、4、6および8時間にはそれぞれ97±8/分(85-108)、105±9/分(89-116)、104±7/分(92-115)、107±7/分(96-118)とβ受容体遮断効果が同様に観察された。しかし、PLの心拍数に及ぼす効果に対し運動療法の明らかな影響はみられなかった。また、運動負荷試験における最大心拍数時のDouble productに対しても運動療法は明らかな影響を与えなかった。
運動療法前後のPL総血中濃度を比較すると、(+)体、(-)体共に運動後に測定した濃度の方は投与後4時間前後まで運動前に測定した濃度よりも高かった。特に薬理活性の高い(-)体の最高濃度は(+)体より有意(p<0.05)に高かった。
次いで、運動療法前後の遊離形PL濃度を比較すると、運動療法前後で(+)体、(-)体共に総濃度で見られた差は無くなった。これは、運動療法前後でPLの遊離形分率が有意(p<0.05)に低下していたためであった。PLの蛋白結合に関係する可能性のある、α1-酸性糖蛋白の濃度の平均値は運動療法後増加する傾向(66 ± 15 mg/dlから72 ± 21 mg/dl)が認められたが有意なレベルには至らなかった。
PL濃度-効果を検討すると、対数変換した総及び遊離形PL濃度とβ遮断効果(%心拍数減少)との間には有意(p<0.05)な直線的相関があった。運動療法後の遊離形PL濃度ー効果関係を比較すると、運動後の相関直線は運動前のそれより右にシフトしており、患者のPLによるβ遮断効果に対する感受性が低下した事を示唆していた。
各RNA量をテンプレートとしたときのPCRサンプルの増幅させサイクル数を求めた。実際のβ2アドレナリン受容体の定量には、β-actinを内部標準として用いて、β2アドレナリン受容体/β-actinを指標として用いた。さらに、高齢者の運動負荷前後でのβ2アドレナリン受容体量を血球サンプルを用いて定量を行ったが有意差は認められなかった。
考察=微量の血液検体を用いたプロプラノロール異性体濃度測定法を用いて、運動療法を受けた老年者における代表的β遮断薬であるPLの光学異性体特異的な動態と遊離形薬物濃度と効果との関係を解明出来た。その結果、運動療法によるPL動態への影響は複雑であり、光学異性体特異的かつ遊離形薬物濃度を指標としない限り正しい動態および感受性の検討は不可能であることが判明した。結論から言うと、運動療法は薬理活性のある(-)体の経口投与後主要なβ遮断効果が観察される時間帯の総薬物濃度を有意に増加させる影響があったが、これは主に薬物の血漿蛋白結合が変化した事による見かけ上の効果であり、遊離形薬物濃度で比較すると運動療法は有意な影響をもたらさなかった。
さらに、遊離形(-)PL濃度と効果の関係を解析すると、運動療法は PLのβ遮断作用の感受性を高齢者では減少させていることも明らかになった。この現象がβ受容体結合部位での変化によるものか、受容体結合以後の情報伝達過程での変化によるものかは不明であった。つまりPLの加齢に伴う薬力学的変化が運動療法により改善するとの仮説は、運動負荷試験時の最大心拍数を指標にしてみた場合には証明されなかった。
高齢者の運動負荷前後でのβ2アドレナリン受容体量に有意な差は認められなかったことは上記した薬物血中濃度と薬力学関係の知見を示唆している可能性がある。
結論
従来よりPLの血液濃度と臨床的β遮断効果との関係は種々検討されて来たが、薬理作用の著しくことなる光学異性体を個別的に検討した例は少ない。更に、通常測定される薬物濃度は血漿中総薬物濃度であるが、薬理効果とより密接に関係する遊離形濃度と効果を検討した例はまれである。今回の検討から、老年者の運動療法により生じるPL動態と感受性の変化に対する検討では上記両要因を考慮にいれる必要があることが判明した。動態と感受性の変化は最終的にβ受容体の変化とともに検討され臨床的意義付けが導き出されるであろう。また当研究者らは定量的RT-PCR法を用いてわずかの血液サンプルからβ2受容体mRNA量を高感度で定量できる方法を確立した。発現量の少ないmRNAを、わずかの臨床サンプルから定量するために非常に有効な方法と考えられる。
本研究では運動療法は老年者でのβ受容体に付随する薬物動態と薬力学のポジティブ方向改善知見は得られなかったものの、老年者における向後の薬物動態・薬力学研究の将来の発展はこのような手法によって行われるべき事を強調したい。

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