老年者の生活機能障害の総合評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700571A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の生活機能障害の総合評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 利男(東京都老人医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋龍太郎(東京都老人総合研究所)
  • 松林公蔵(高知医科大学)
  • 田中友二(高知愛和病院)
  • 山中崇(東京女子医科大学付属第二病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の要介護に対する医療は、従来の臨床的診断と治療のみでは不十分である。患者と家族の苦悩は疾病それ自体よりも、むしろ永続する生活機能の障害にある。したがって疾病診断の精度と同様に、障害の程度が的確に把握されねばならない。老年医学的総合評価法Comprehensive Geriatric Assessment(CGA)とは、このような観点から障害を有する高齢者に対して、身体的、精神的、社会的に包括して適切に評価する手法であり、欧米で開発された。我が国ではこうしたアプローチにはまだ乏しいが、介護保険の介護度認定の導入を控えて、高齢者医療に当たるものにはこうした視点が必要である。
我々は平成2年度から4年度にかけてこの評価法に取り組み、平成6年度から8年度には評価された入院高齢患者の追跡調査を行って、長期ケアにおける問題点と関連する要因の解明につとめた。さらに地域における本法による要介護の予防効果についても、検討を試みた。
研究方法
対象は、東京都老人医療センターの総合病棟入院患者(日常生活動作ADL低下202例、重度の障害61例、慢性心不全17例)、高知愛和病院入院痴呆患者115例、東京女子医大第2病院在宅医療部管理の39例である。また、高知県香北町在住の65歳以上の高齢者は、要介護の疫学と予防の対象とした。これらの対象者に老年医学的総合評価を施行して身体的、精神的、社会的に障害の種類と程度を明らかにし、その後の転帰ならびにADLの変化を追跡して関係する要因を検討した。
結果と考察
結果:1.1994年7月以降、老人医療センター総合病棟でCGAを施行した202例の追跡調査の結果、1997年10月段階での死亡は58例、28.7%であった。退院時点よりADLが低下した群は21.9~27.9%、改善例は9.6~18.7%にみられた。退院後には歩行、階段昇降、入浴動作などが変化しやすく、継続評価と生活ケアが必要であった。
2.チーム医療でCGAにより適切に評価し、医療ケアを計画的に退院後も施行した心不全の症例は、心機能の有意の改善はみられないが、心不全の重症度とADLの改善が顕著であった。再入院の回数と入院日数は減少し、それが医療費の低下につながった。
3.段階的にADLが低下するのは脳血管障害に多いが、パーキンソン病は進行性に徐々にADLが低下する。発症から全介護に至る期間は5.7年から5.9年である。ADL低下の原因は脳卒中再発、肺炎、転倒、適切な介護の欠如であった。
4.老人性痴呆で入院した患者を1年半追跡したところ、約20%が死亡した。発症から死亡までは平均5年で、死因の半数が肺炎であった。死亡の半年前から血清アルブミン値の低下がみられた。退院して在宅になっても再入院となるのがほとんどであった。
5.高知県香北町(1997年10月現在 人口5800名、高齢化率34%)在住の65歳以上の高齢者について、ADL自立度とQOLの推移を経年的に検討した。ADL自立者は1992年度71%、1993年度75%、1997年度89%と年次的に有意の増加を示した。これはCGAによる評価と介入によるものである。ただし、QOLの指標である主観的健康度と生活満足度には経年的な改善は認められなかった。
6.神経疾患等で大学病院に入院し、退院後在宅訪問ケアで追跡した39名中13名が転倒を契機にADLの低下を生じた。また、脳血管障害8名中5名で再発を起こし、寝たきりの状態となった。死亡した13名の死因は、原疾患の悪化が5名、肺炎が4名、痴呆・廃用性変化が4名であった。
考察:高齢者の医療で最も大きな問題は要介護者の医療とケアである。要介護とは生活機能の障害であり、疾患名ではない。それは痴呆、運動障害、失禁、転倒、コミュニケーション障害など多岐にわたる。起因疾患もまた、脳卒中、老人性痴呆、パーキンソン病、骨折、心不全、肺疾患、骨関節障害、廃用性萎縮等、さまざまである。障害は放置すれば進行悪化し、肺炎、脱水、低栄養、血栓症などの急性疾患を惹起する。それは従来の診断と治療という枠組みでは対処できないものである。
老年医学的総合評価法CGAとは、こうした高齢者の疾患と障害とを適切に評価し、これを個別的な医療と看護・介護につなげることを意図する手法であるが、我が国ではまだこうした取り組みが少ない。その運営には医師、看護婦、理療士、社会福祉士などの合意による包括的な医療チームが必要である。
東京都老人医療センターでは、平成6年に病院内に総合診療病棟を設置し、入院患者の障害をCGAで総合的に評価し、退院後も追跡調査する体制をとってきた。だが問題となるのは入院中に障害の評価を施行し、リハビリテーションで機能が改善しても、退院後に再びADLが低下し、合併症を併発して死亡したり、再入院となる症例が多いことである。こうした障害の悪化にはどのような要因が関係するか、ADL低下例や痴呆症は一般にどのような経過をとり、在宅における問題点は何かなどが適切なケアと関連してCGAの大きな課題であった。
今回調査研究した結果によれば、退院後に医療上で問題となるのは原疾患の悪化、脳卒中の再発、転倒、肺炎などの感染症、低栄養、廃用性萎縮であった。これらは入院中の
ADLの低い例や痴呆のあるものに起こりやすかったが、一方では在宅におけるケアの質が関連する。老年性痴呆も進行すれば、やはりこうした合併症を頻発するため、内科的医療とCGAにもとずいて策定された総合ケアが必要である。特に在宅で転倒することが多いのが問題であった。それは必ずしも骨折に至るとは限らないが、転倒を契機として運動量を制限し、それがADL低下につながるものと思われる。
高齢者の医療は、単に診断と治療により死亡を抑えることにあるのではない。より重要なことは、患者のADLを改善してQOLをよりよくすることである。CGAによる心不全の医療では、心臓の機能には有意の改善が無く、心胸郭比も変わりないが、ADLやNYHAの重症度は改善し、患者と家族のQOL(満足度)は上昇した。入院回数、入院日数、医療費も低下した。ただし死亡率は低下したとはいい難い。平均年齢84歳となれば、それはやむを得ないことであろう。結局、こうした高齢者の医療は患者と家族が満足し、納得のいくものであればよいわけである。それは必ずしも、高度の診断と治療の技術によらないのである。
高齢者の障害は固定したものではなく、常に進行して急性疾患や事故を併発し、ADLを低下させる可能性を包含する。最終的にはターミナルケアとなるといえ、そこまでにできるだけ自立を維持する体制を地域でとる必要がある。高知県香北町では、以前からCGAによる評価を基盤として高齢者の要介護予防の施策を推進し、年々要介護者の比率を低下させてきた。評価が徹底すれば住民の健康意識も高まり、自ずから要介護予防への取り組みが充実する。その結果は医療費の減少となって表れた。要介護は予防可能であり、地域では長期ケア体制と平行して積極的にその推進を図るべきである。
結論
生活機能の総合評価は、とかく診断(検査)と治療(投薬)に流れがちな高齢者の医療を、患者と家族の立場に立って障害を多角的に解析し、それを適切な医療とケアの策定につなぐものである。その成否は医師、看護婦、社会福祉士、理療士、ヘルパーらの協力体制によるチーム医療にかかっている。本研究では、入院から退院後の在宅ケアに至る障害の追跡調査から、長期ケアにおける様々な問題点を明らかにした。重要なのは、適切な介護の不在によるADL低下、廃用性萎縮、転倒、脳卒中再発、心不全、低栄養、感染症併発などであり、医療と看護・介護ならびに福祉の緊密な提携を必要とする。CGAはその前提となるものである。それはまた介護保険における介護度認定の信頼しうる基盤として役立つものと思われる。
一方、要介護を地域で予防するためには、従来の疾患単位の対策では不十分である。ここでもCGAを手段とした高齢者の生活機能の評価が必要である。こうした取り組みはまだ少ないが、今後は積極的に推進する必要がある。それは医療費の削減にもつながるものである。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)