老化防止のためのホルモン療法に関する研究

文献情報

文献番号
199700570A
報告書区分
総括
研究課題名
老化防止のためのホルモン療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
名和田 新(九州大学第三内科)
研究分担者(所属機関)
  • 大澤仲昭(大阪医科大学第一内科)
  • 宮地幸隆(東邦大学第一内科)
  • 関原久彦(横浜市立大学第三内科)
  • 安田圭吾(岐阜大学第三内科)
  • 高柳涼一(九州大学第三内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
副腎アンドロゲンのdehydroepiandrosterone (DHEA)は加齢とともに漸減するが、近年、DHEA には坑糖尿病作用、抗自己免疫作用など種々の有益な生理作用が報告されており、老化制御の観点から、DHEAの生理学的意義並びにその作用機構を解明することは、重要な課題である。本研究班では、DHEA の坑糖尿病作用の観点から1)糖尿病患者および 同モデル動物における糖代謝異常が血中DHEA濃度に及ぼす影響並びに 2)DHEAの坑糖尿病作用機序の検討を行なった。一方、筋緊張性ジストロフィー(DM)では、DHEA-Sの投与によりミオトニアや筋力低下などのDMの諸症状が改善するが、その作用機序は明らかでない。今回の研究では、3)骨格筋細胞におけるDHEA/DHEA-Sの特異的結合部位を検討した。さらにDHEAの抗自己免疫作用に関連して4)免疫担当細胞のT細胞におけるDHEA標的遺伝子の単離を試みた。
研究方法
1.糖尿病オスモルモットの血糖と血中DHEAの経時的変動を検討した。臨床的には、血糖コントロール不良のNIDDM男性患者を対象として、糖尿病治療に伴う血中DHEA, DHEA-S の変動を検討した。2.1) 糖尿病db/db マウスと非糖尿病であるそのヘテロマウスdb/+ に0.4 % DHEA 含有食を2週間投与し、体重、摂食量、血糖、インスリンを測定した。投与2週間後、糖負荷試験とインスリン負荷試験を施行した。2)加齢肥満ラットにDHEAを投与し、末梢組織における糖取り込み率(MCR)を測定した。3)db/dbマウスとそのヘテロマウスに0.4%DHEA含有食を2週間投与後、遊離脂肪細胞を用いて3-O-methylglucose transport のインスリン用量反応効果を検討し、またインスリン刺激有無での細胞膜、細胞内膜分画中のGLUT4をWestern blot 法により定量した。インスリン刺激伝達系の検討として、インスリン刺激後のインスリン受容体βサブユニット、IRS-1のリン酸化を測定した。4)ヘテロマウスdb/+に0.4%DHEA含有食を2 週間投与後、肝臓の解糖系、糖新生系酵素を測定した。3.ウイスターラットより、脂肪細胞を単離し、DHEA 前処置後のインスリンによる糖とりこみ, diacylglycerol (DG), PKC, phospholipase D (PLD), phosphatidylinositol (PI) 3-kinaseの活性化につき検討した。また、生後8週のGKラット、生後16週のOLETFラットに0.4 % DHEAを2週間摂取させ、ラット脂肪細胞のインスリン、TPAによる糖とりこみ、DG, PKC, PLD, PI 3-kinase の活性化につき同様に検討した。4.マウス骨格筋由来の細胞株C2C12は筋芽細胞および筋管細胞として使用した。細胞を核画分、膜画分、可溶性(細胞質)画分に分離し、結合実験に用いた。結合実験はC2C12の各画分を10 nMの[3H] DHEA(または[3H] DHEA-S)および0~200 mM の非ラベルDHEA(またはDHEA-S)をインキュベーション(4℃, 30分)の後、B/F分離後、結合 [3H] DHEA (-S)を測定した。5.T 細胞抗原受容体(TcR)刺激と同時に10 nMのDHEAを添加したヒトT細胞株PEER細胞(DHEA+)、およびTcR刺激のみの細胞(DHEA-)よりPoly(A)RNAを抽出し、Suppression Subtractive Hybridization法にてcDNAライブラリーを作製、DHEA(+) 細胞により強く発現している遺伝子をスクリーニングした。これと並行して、Subtraction cDNAライブラリーより任意の100クローンを抽出、その塩基配列を決定した後、internal primerを設定し、両方のRNAを基質としてRT-PCRを施行した。
結果と考察
1. 糖尿病モルモット群で、血糖値は2ヶ月で有意上昇を認め、血中DHEA は、3ヶ月過ぎより低下傾向を認め、5ヶ月で有意低下を認めた。NIDDM 患者男女とも各年代で、血糖コントロール不良時には血中DH
EA 及びDHEA-S値は正常群にくらべ有意の低値を示した。血糖が改善した6ヶ月後には、血中DHEA 及びDHEA-S値はほぼ正常域への回復を認めた。血糖とDHEA及びDHEA-Sの間には、負の相関があると考えられ、高血糖状態が一定期間持続すると、DHEAが低下し、血糖が正常化してくると逆にDHEAは上昇すると考えられた。これらの変化は急性の変化よりも、月単位の慢性的変化であることが示唆された。2. db/db, db/+ ともDHEA食では体重増加率、摂食量に差を認めなかったが、db/db においてDHEA食により空腹時血糖の低下と耐糖能の改善を認めた。インスリン分泌はdb/db, db/+ ともにDHEA による影響はなく、db/dbにおける耐糖能改善作用はインスリン抵抗性の改善によることが示唆された。インスリン負荷試験ではdb/db においてDHEAにより外因性インスリンによる血糖低下率が増加していた。DHEA投与により加齢肥満ラットでは加齢によるMCR の低下が阻止された。細胞レベルではdb/dbにおいてインスリン最大刺激時に約2倍の糖輸送活性を示し、ED50は左方移動を示し、インスリン感受性が改善した。インスリン刺激後のインスリン受容体βサブユニットのリン酸化は有意な変動を示さなかったが、IRS-1のリン酸化が増加し刺激伝達の改善を認めた。細胞総膜分画のGLUT4はdb/dbにおいてDHEAにより増加し、インスリン刺激により細胞膜分画へのGLUT4のtranslocationが増加した。一方、db/+ においては単離脂肪細胞においてDHEAによるこれらの効果は認められなかった。DHEA投与ヘテロマウスにおいて解糖系の律速酵素であるphosphofructokinase活性の増加と糖新生系の律速酵素の一つであるFructose-1, 6-biphosphate 活性の低下を認めた。以上のことから、DHEA投与によるインスリン抵抗性改善機序の一部として、脂肪細胞におけるIRS-1レベルでのリン酸化改善と細胞内糖輸送担体GLUT4の増加による糖輸送活性の亢進に伴い末梢組織での糖利用が亢進していること、また糖新生の抑制による肝糖放出の抑制に寄与していることが示唆された。3. DHEA前処理によりラット脂肪細胞のインスリンによる糖とりこみの増強を認めた。DHEA はインスリン受容体機能には影響せず、PKCに特異的に結合し、DG-PKC, PLD, PI 3-kinase 活性を増強した。一方、DHEA投与により GK ラットの体重、血糖、IRI は有意な差はなかったが、OLETFでは血糖のみ低下した。インスリン、TPA による糖とりこみは、DHEA 投与によりGK, OLETF ラット共に回復した。この時のOLETFラットのインスリン、TPAによるDGの増加反応、PKCのトランスロケーション、PI3-kinase の活性化は非投与群に比して、増強された。以上のことから、DHEAはDG-PKC signaling および IRS-1-PI3-kinase signaling の増強により、耐糖能改善効果を発現すると考えられた。4. C2C12筋芽細胞、筋管細胞ともDHEA-S特異的結合部位は主に可溶性画分に認められたが、DHEA特異的結合部位は認められなかった。このDHEA-S結合部位はKd、Bmaxの異なる2種類からなる事が明らかになった。各種ステロイドによる結合阻害では、pregnenolone sulfateにより阻害を受けた。同様の結合部位はヒト骨格筋にも存在し、DHEA-SのDMに対する効果に関与している可能性があると思われた。DMは種々の中枢神経症状を伴うため、DMに対するDHEA-Sの作用機序の解明は老人性痴呆に対するDHEA療法を考える上で重要なヒントになりうると考えられた。5. Suppression subtractive hybridization法とdot blot法の両者を用いることにより、塩基配列が既知のもの、未知のものを合わせてPEER細胞cDNAライブラリー中の約 5 -10%のクローンを標的遺伝子の候補として単離した。うちH3.3Bという遺伝子の発現が、DHEA処理細胞においてDHEA非処理細胞と比較して、処理後、一時間の時点で約4倍増加していた。
結論
1. 糖尿病患者並びに同モデル動物におけるDHEA(-S) 分泌異常を示した。またDHEA の抗糖尿病作用機序の一端として、脂肪細胞でのGLUT4の増加による糖輸送活性化と肝臓での糖新生の抑制を介した系並びにDG-PKC signaling および IRS-1-PI3-kinase signaling の増強を介した系による機序を示し
た。2. マウス骨格筋由来の細胞にDHEA-Sと特異的に結合する部位を同定した。また、高親和性のDHEA特異的結合活性を示すヒトT細胞株においてDHEAにて誘導される遺伝子H3.3Bという遺伝子クローンを得た。

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