老年者の手術リスク評価法の確立・普及と周術期管理の開発

文献情報

文献番号
199700568A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の手術リスク評価法の確立・普及と周術期管理の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武藤 徹一郎(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 里見進(東北大学)
  • 望月英隆(防衛医科大学校)
  • 小川道雄(熊本大学)
  • 大柳治正(近畿大学)
  • 北島政樹(慶應義塾大学)
  • 平田公一(札幌医科大学)
  • 兼松隆之(長崎大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国は人口の高齢化に伴い、老年者の手術件数も急速に増加しつつあるが、老年者の術後合併症発生率や死亡率は未だ高い。本研究は昨年までの研究成果をふまえ、(1)老年者の周術期生体反応の特徴を更に解明し、合理的な周術期管理法・術式選択を開発すること、(2)老年者の術前因子を用いた簡便な手術Risk評価法をprospectiveに確立・普及することを目的とする。
研究方法
(1)老年者の周術期生体反応の特徴の解明と合理的な周術期管理法・術式選択の開発 (a)手術侵襲に対するサイトカイン産生と臓器障害-炎症性および抗炎症性サイトカインのバランスからの検討(小川)。(b)老年者手術術後合併症対策としての周術期protease inhibitor投与の意義の検討(望月)。(c)ウサギ敗血症性ショックモデルにおけるセレクチン拮抗物質(LX 0104)による臓器障害予防の可能性の検討(北島)。(d)メチルプレドニゾロン侵襲前投与による手術侵襲抑制メカニズムの検討(里見)。(e)術後ヒト末梢血単球でのCD14発現の検討(里見)。(f)老年者手術での活性酸素産生抑制剤(OPC-6535)投与による病態増悪阻止効果の検討(大柳)。(g)Kupffer細胞の老化を検討するためのin vitro肝再灌流障害実験モデルの作成(平田)。(h)Growth hormone (GH)およびInsulin-like growth factor I(IGF-I)の周術期患者の好中球・単球・リンパ球機能に及ぼす作用の検討(武藤)。(2)老年者の手術Risk評価法の確立・普及 (a)多施設症例解析による老年者術後Risk予測式の確立・普及(武藤):長寿科学総合研究第一次武藤班において、8施設の70歳以上の外科手術症例(1992年~1994年)を対象とした老年者術式別Risk予測式の算出を試みた。第二次武藤班2年目の本年度は、この予測式が一施設の症例(東京大学第一外科1995年~1997年、70歳以上)に適合するかを検討する。更に、予め設定した術前因子により術後合併症・ADL(日常生活動作)や転帰(在院死)をprospectiveに迅速に予測する、より妥当性の高い手術Risk予測式を確立するため、各施設の症例(食道亜全摘術・胃全摘術・胃亜全摘術・膵頭十二指腸切除術・S状結腸切除術・低位前方切除術・腹部大動脈瘤切除術)の収集を昨年度に引き続き行う。(b)高齢者手術におけるADL評価の臨床的意義の検討(兼松):老年者手術症例を対象として、ADLを4段階(完全自立、補助具で自立、部分介助、全面介助)で術前および退院時にscore化し、年齢別に比較する。
結果と考察
(1)(a)ドレーン液中IL-6、IL-10の最高値はそれぞれの血中最高値と比較して、IL-6で322倍、IL-10で2.7倍と有意に高値であった。また、IL-6 mRNAがドレーン液中で発現を認め、血中では検出されなかったのに対し、IL-10 mRNAは両者で発現を認めた。食道亜全摘術例で、血中IL-10最高値が40pg/ml以上の全例がDOF (Deteriorated Organ Failure)となった。そして70歳以上の老年者の全例で、血中IL-10最高値は40pg/ml以上であった。すなわち、IL-6は局所で産生されるのに対し、IL-10は局所に加え全身反応としても産生される。老年者では、IL-6、IL-10がともに高値を推移し、SIRSや臓器障害の発生に結びついている可能性がある。(b)開胸開腹下食道切除術での術中protease inhibitor 投与は、術直後の末梢血単球のTNFα産生能、Mac-1抗原発現、並びに血管内皮細胞のICAM-1発現をいずれも抑制した。すなわち、高度手術侵襲後や高齢者術後に惹起される過剰な炎症反応は、protease inhibitorの投与によってある程度制御可能と考えられた。(c)セレクチン拮抗物質(LX0104)はE-/P-selectinに対して高い拮抗阻害効果を有し、好中球―
内皮接着を阻害した。また、ウサギ敗血症性ショックモデルにおけるLX0104侵襲前投与により、循環動態の改善、IL-8産生抑制、臓器微小循環障害の軽減、そして生存率向上が認められた。これより、全身性炎症反応でのセレクチンの重要性が示され、高齢者ハイリスクグループでの術後臓器障害抑制にセレクチン拮抗物質の予防的投与が有用である可能性が示唆された。(d)マウス手術侵襲モデルにおいて、肝部分切除前のメチルプレドニゾロン投与により侵襲早期の腹腔マクロファージの減少が抑制された。これはメチルプレドニゾロン術前投与が手術侵襲を抑制するメカニズムの一つと考えられる。(e)手術侵襲によりヒト末梢血単球のCD14発現強度は低下した。術後合併症がない場合、CD14発現は術後1病日から3病日に術前値へ回復するが、合併症併発症例では発現強度の低下が持続した。すなわち、末梢血単球上のCD14の発現が手術侵襲、術後合併症の有無によって変動することが示唆され、手術侵襲・術後合併症の有無の有効なマーカーになると考えられた。(f)ラット肝切除術後肝不全モデルでは、老齢群が若年群に比し生存率・肝機能・肝組織過酸化脂質量・肝組織像が悪かったが、老齢群に活性酸素産生抑制剤(OPC-6535)を投与すると、生存率・肝機能・肝組織過酸化脂質量・肝組織像が改善した。また、LPS刺激下のKupffer細胞と肝細胞との混合培養では、老齢群の肝細胞はoxidative stressがより高度となり、apoptosis誘導は増強した。OPC-6535をLPSと同時にKupffer細胞に添加すると、老齢群ではこれらはいずれも抑制された。すなわち、肝切除術後肝不全モデルでは、その発症病態にoxidative stressの関与が示唆された。活性酸素産生抑制剤OPC-6535は、肝のresidential macrophageであるKupffer細胞によるfree radical産生を抑制することにより、肝細胞のapoptosisを抑制することで肝障害を軽減すると考えられ、高齢者肝切除術後肝不全においても有用であることが示された。(g)Kupffer細胞の老化について客観的に検討しうるin vitroの肝再灌流障害実験モデルを作成した。今回作成したin vitroの肝再灌流障害実験モデルを用い、今後はKupffer細胞の老化が検討し得ると考えられた。(h)周術期患者末梢血へのin vitroでのGHやIGF-Iの添加は、貪食能・活性酸素産生能・TNFαあるいはIFNγ産生能を増強した。更にIGF-Iは術後単球HLA-DR発現低下を抑制した。血中GH・IGF-I濃度の低下した老年者に対する周術期のGH・IGF-I投与は、蛋白代謝改善のみならず宿主防御増強の点からも有用である。しかし、ROI産生やTNFα産生増強効果などは臓器障害の増悪につながる可能性もあり、GH・IGF-Iの投与方法・時期・用量などの検討が必要である。(2)(a)第一次武藤班で算出した老年者手術Risk予測式の対象術式のうち、胃亜全摘術の手術Risk score(RS)=脳血管障害×0.462+IDDM×0.796+感染症×0.796+0.204(危険群:RS>0.5)に東京大学第一外科1995年~1997年の胃亜全摘術例を当てはめると、術後合併症発症率はRS≦0.5の9%(1/11例)に対し、RS>0.5では67%(4/6例)と高率であった。同様に、低位前方切除術(RS=体重減少×0.786+0.214、危険群:RS>0.5)に東京大学症例を当てはめると、術後合併症発症率はRS≦0.5の29%(2/7例)に対し、RS>0.5では100%(2/2例)と適合性は良好であった。これらより、老年者手術Risk予測式作成における多施設症例解析法の妥当性が検証された。また、更に妥当性の高い手術Risk予測式を作成するため、術前術後因子にADLや手術侵襲度・SIRS項目数/期間を新たに加え、昨年度より3年間の予定で8施設での症例収集を行っている。(b)ADL評価は高齢者群で低かった。術後ADL低下例の殆どはほぼ前値に復したが、80歳以上の合併症発症例に於ては回復が難しい場合もあった。ADL評価は活動性の評価基準として有効である。またADL評価は合併症発生時の活動性低下や介助の必要性評価としても客観性のある有用な評価法と考えられた。
結論
老年者の周術期生体反応の特徴を考慮した新しい周術期管理法や、多施設症例解析による手術Risk評価により、老年者の術後合併症の予防・重篤化防止が可能であ
る。

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