ヒト個体における老化機構の分子疫学的解明

文献情報

文献番号
199700566A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト個体における老化機構の分子疫学的解明
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
瀬山 敏雄(放射線影響研究所放射線生物学部)
研究分担者(所属機関)
  • 葛西宏(産業医科大学産業生態科学研究所)
  • 二階堂修(金沢大学薬学部)
  • 山木戸道郎(広島大学医学部)
  • 若林敬二(国立がんセンター研究所生化学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究はヒト個体の老化及び寿命を遺伝子異常の蓄積による生理的老化(臓器組織の細胞数減少及び機能衰退など)という観点で捉え、内的、外的原因によって生じる遺伝子損傷に対する修復機能の低下及び遺伝子異常の蓄積と、ヒト個体の老化及び寿命との関係を解明することを目的とする。そのためには、長期に亘る、大規模集団での分子疫学的アプローチが有効であると考えられる。我々は、既に数十万人よりなる原爆被爆者集団について、長期に亘り、疾患及び寿命の追跡調査を行っており、詳細なデーターの蓄積がある。しかも約千人の被爆者について、体細胞突然変異頻度(Mf)を測定している。また、その一部の人についてはテロメア等の細胞老化に関連した分子遺伝学的変化も測定している。更に、遺伝子異常の蓄積が遺伝子修復機構の低下に基づくとの仮説は未だに明確には証明されていないので、遺伝子変化を測定した同一サンプルについて、修復機能を検討し、個体の老化・寿命が修復機能の低下による遺伝子異常の蓄積に起因しているかを検証する。
研究方法
?これまでに測定した約1,200名の原爆被爆者の赤血球グリコフォリンA(GPA)遺伝子座における欠損型Mfと癌発生率の関係を統計的に解析した。?活性酸素により生ずる酸化的損傷ヌクレオチドの細胞内DNAへの取り込みを大腸菌をモデルとして調べた。?無限増殖能を得たウェルナー症候群の患者の繊維芽細胞において、ウェルナー症候群原因遺伝子(WRN)の突然変異部位を解析した。?担癌患者と膠原病患者の末梢血単核球におけるテロメア長とテロメラーゼ活性を測定し、疾病との関係を解析した。?ヘテロサイクリックアミンはDNAと付加体を生成する。この付加体がヌクレオチド除去修復(NER)によって修復されるか否かを、各種NER欠失細胞で調べた。
結果と考察
瀬山が所属している放射線影響研究所には既に数十万人よりなる原爆被爆者集団について、長期に亘り、疾患及び寿命の追跡調査を行っており、詳細なデーターの蓄積がある。その中の1,200名については、GPA Mfを測定している。本年度、固形癌発生率とMfとの相関関係を多変量解析により推定したところ、癌発生率(測定前後に癌になった人の割合)はGPA Mfの上昇とともに有意に増加し(P<0.001)、GPA Mfは発癌リスクマーカーになりうることが示唆された。赤血球GPA測定系は発癌に直接関与する遺伝子の突然変異を検出するものではない。しかし、Mfと癌発生率に相関が認められたことは、突然変異が多種類遺伝子に非特異的に生じていると考えるならば、GPA Mfは発癌リスクを間接的に反映していると考えられる。山木戸は、単核球のテロメア長、テロメラーゼ活性と疾病、特に担癌患者と膠原病患者との関係を検討したが、いずれも統計的有意差はなかった。GPA Mfとの関係を51例について調べ、Mfの高い症例はテロメア長が短く、テロメラーゼ活性も低い症例であった。以前報告したようにテロメア長、テロメラーゼ活性とも、年齢とともに低下しており、更に、これらは遺伝的不安定性に関与していることが示唆されていることを考え合わせると、テロメア長、テロメラーゼ活性は老化に伴う遺伝子突然変異の増加機構に強く関わっていると考えられる。今後は対象者の数を増やすとともに多変量解析を行う予定である。二階堂は早老症の一つであるウェルナー症候群患者由来の繊維芽細胞を培養し、その中から本来の性質とは異なり無限増殖能を示す細胞株を樹立した。 この細胞株のWRNの突然変異部位を解析したところ、少なくとも片側alleleの第25イントロン中に変異部
位が存在しており、確かにウエルナー症由来の細胞株であった。この細胞は老化を解明する試験管内モデルになるばかりではなく、その原因遺伝子部位の同定やWRNタンパク及び他遺伝子とのcross-talkなど遺伝子レベルでの老化機構解明の一端を開くであろう。葛西は、活性酸素により生じた酸化的損傷ヌクレオチドがヌクレオチドプールからどの様に細胞内DNAに取り込まれたかを明らかにした。損傷ヌクレオチドとして2-ヒドロキシデオキシアデノシン5'三リン酸(2-OH-dATP)、8-ヒドロキシデオキシグアノシン5'三リン酸(8-OH-dGTP)を大腸菌に導入し、コロニー選択法で変異体頻度を算出した。その結果、いずれも濃度依存的に変異を誘発することが明らかとなった。また、大腸菌懸濁液にヌクレオチドを加えた場合には、自然突然変異に比較して、塩基置換変異の頻度が、2-OH-dATPで約9倍、8-OH-dGTPで約12倍上昇することが明らかになった。塩基置換変異のうち、2-OH-dATPは主としてG・C→T・Aトランスバージョンを、8-OH-dGTPは主としてA・T→C・Gトランスバージョンを誘発することが判明した。付加体の修復について若林は、2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b] pyridine(PhIP)のDNA付加体除去能について、ゲノム全域修復(GOR)と転写共役修復(TCR)によって修復されるかどうかを各種NER欠失細胞を用いて調べた。その結果、それぞれの細胞におけるPhIP誘導体処理後0時間のDNA付加体量を100%とすると、野生型細胞およびCS-B細胞(TCR-)では24時間後までに10%以下となるのに対し、XP-A細胞(GOR-/TCR-)では24時間後でも100%以上であった。このことから、PhIP-DNA付加体はNERのうちのGORで効率よく修復されることが示唆された。一方、XP-C細胞(GOR-)では24時間後の付加体量が37%であったことから、TCRも付加体の修復に関与していることが示唆された。DNA損傷の蓄積は、老化のプロセスと関連しており、その蓄積は産生と除去のバランスの破綻による。事実、活性酸素によるDNA損傷の蓄積は、直接DNA鎖に作用するのみでなく、DNA前駆体の集合体であるヌクレオチドプール中に生じた酸化的損傷ヌクレオチドの取り込みでも生じる。この事実は体細胞突然変異の発生機構を考察する上で重要である。放射線は強力な活性酸素誘発能を有していることより、遺伝子、細胞レベルでの老化研究を個体の老化の分子機構解明に近づけるために、今後は原爆被爆者集団の同一対象者について、修復能や活性酸素によるDNA損傷の蓄積などの老化パラメーター間の相関を、更に大規模に調査研究する必要があると考える。
結論
1)原爆被爆者におけるGPA Mfと癌発生率に相関が認められた。また、 GPA Mfが異常高値を示す対象者は、テロメア長とテロメラーゼ活性がいずれも低い対象者であった。2)ヒト細胞の不死化機構を検討する上で有用な細胞株を、本来の性質と異なり無限増殖能を得たウエルナー症候群由来細胞から樹立した。 3)活性酸素によるDNA損傷の蓄積は、ヌクレオチドプール中に生じた損傷ヌクレオチドの取り込みでも生じることが明らかとなった。4)DNA付加体はヌクレオチド除去修復により除去されることが明らかとなり、遺伝子異常の蓄積が修復機能の低下による可能性が示唆された。

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