沖縄の長寿者の分子遺伝学的研究

文献情報

文献番号
199700564A
報告書区分
総括
研究課題名
沖縄の長寿者の分子遺伝学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
岩政 輝男(琉球大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤良也(琉球大学医学部)
  • 安保徹(新潟大学医学部)
  • 寶来聰(国立遺伝学研究所総合遺伝研究系)
  • 池田康行(国立循環器病センター研究所病因部)
  • 井上正康(大阪市立大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
沖縄県は亜熱帯に属し、高温多湿で、年間平均気温は23.4℃であり、感染症の発症が多くみられる。狭い集落内での婚姻を永年繰り返すなどのマイナス要因が多い事が知られている。しかし、それにも関わらず長寿者が多いとされている。そこで沖縄の長寿に関わる因子を種々の方面から検討し明らかにしたい。・長寿者が多い家系がみられるか?・長寿にとってプラスやマイナスに作用する要因等についても検討を行う。
研究方法
沖縄県では家系内の多数が県内に居住している場合が多く、数代~数十代前までさかのぼって記録が家譜としてよく保存されている。さらに県外に移住した者も極めてよく連絡がとられているといった特徴がある。I. 沖縄人と本土人の人類遺伝学的検討:日本人の三集団(本土日本人62人、アイヌ51人、沖縄人50人)と韓国人64人、中国人66人のミトコンドリアDNAについて超可変部位であるDループ領域483塩基の配列を決定する。II. 長寿者が特に多い家系を調査し長寿の要因を探る:そのために各家系に保存されている家譜等を調べる。実際に長寿者が多い家族についてLDL等を調べる。さらに「長寿こぶ」として知られている肩甲部のいわゆるこぶ「elastofibroma」について遺伝医学的に検討する。・. 頻度が高い腫瘍や家族性腫瘍等について検討する:肺癌、家族性大腸腺腫症、高脂血症等について検討する。III. 沖縄県で頻度が高い感染症について検討しその影響を調べる。・. 超高齢者の免疫機能や加齢による蛋白修飾等を検討する。超高齢者51名(男13名、女38名)(100~109歳)(101±2.1)のリンパ球についてFlow cytometryによる分析、マイトゲンに対する反応、NK活性等を検討する。
結果と考察
研究結果=I. 人類遺伝学的検討: IIミトコンドリアDNADループ領域の解析では東アジアの5集団は単一系統のクラスターを形成し枝分かれしてくるが、このクラスターから最初にアイヌが分岐し、続いて中国人が枝分かれしたと考えられる。最後に沖縄人、韓国人、本土日本人が緊密なグループとして分岐したことが読みとられた。それぞれの集団での塩基多様度から沖縄人は比較的近縁な人々の集まりであることがわかった。III. 長寿者の家系:家譜(家系の記録)からは?かつては沖縄県では40歳代で死亡するものが多かった(長田紀秀著「沖縄の長寿者」昭和37年刊)。多数の家譜に記録されている死亡年齢の単純な算術平均は40歳代後半になる、死亡年齢の平均は低所得層から高所得層の各家系と差がなかった。しかし、低所得層では、乳幼児から10歳まで特に5歳以下の死亡が多く、死亡年齢の山は5歳以下、40歳代後半、さらに70歳代以上と3つみられる。高所得層は5歳以下の死亡は少ないが、70歳代以上の長寿もみられず死亡年齢の山は50歳代の1つだけであった。?沖縄県の長寿と出生届け:産婦人科医である長田紀秀の助産婦を動員し行った調査「沖縄の長寿者」(昭和37年発行)によると届け出されたものと出生の実数には約2倍の差がみられる。届け出されていない乳幼児の死亡が著しく多いことが分かる。乳幼児等の死亡数を切り捨てた結果としての長寿をみていた可能性が指摘されている。現在の沖縄の長寿者(80歳以上)が出生した時代までは乳幼児の死亡率が高く、記録されていないものがかなりあることがわかった。?特に長寿者が多い家系家族の3について検討したが現在のところ遺伝学的な説明は困難であった。?長寿こぶの検討:特に長寿との関係は認められなかった。染色体分析の結果は、4例中2例で、染色体4番と6番、8番と15番に相互転座が認められた。III. 頻度が高い腫瘍や家族性腫瘍等
の検討:沖縄県の肺癌による死亡が他府県より早く死亡の第1位で、胃癌の約2倍である。組織学的には扁平上皮癌が依然として多く、他地域や欧米諸国と際だった違いがみられる。遺伝性腫瘍や多種類の先天性代謝異常症等がみられるが、頻度を算定するには至っていない。外骨腫 症の大家系において外骨腫遺伝子(EXT1)塩基配列の2165と2166は正常ではCCであるがCの一つが欠失していた。さらに、多発性の腱鞘巨細胞腫症例が多く、コレステロール代謝異常症との関連を検討したが関係は見いだせなかった。それらの7例の染色体分析を行ったところ1例にのみ1P12-13の欠失が認められた。IV. 感染症の検討:?「原因不明?」とされている脳炎12例中5例に脊髄液よりHSV(1例はHSV2)がPCR法で検出された。さらにHSV2による脊髄炎が3例みられた。?HSVの抗体保有率は、沖縄県では40歳でほ100%近くなり対照とした熊本や新潟では50歳代で100%近くになる。?HSV2を50株分離し分析したが沖縄だけにみられる株は現在まではない。?毒性を検討したが対照のsavage株と同程度かそれより弱いものが多かった。?HHV8について:県内の蔓延状況は検討中であるが、10例のカポジ肉腫がみられ、HHV8の塩基配列を検討し1033番と1086番のCがTに1139番のAがCに変化し、アフリカ型であった。?HPVについて:沖縄県では肺扁平上皮癌は腺癌より多く、肺癌と口腔扁平上皮癌は全国で1番多い事が知られておりともに高分化で、Stage Iのものが多い。それらの症例の80%にHPVが検出されている。? EBVは口腔癌の約80%に検出され北海道の約2倍の検出率であった。?糞線虫は現在なお住民の約10%に感染がみられる。?真菌症は剖検例でみると全国平均と比べ約5倍である。?Helicobacter pylori:沖縄では他府県に比べ約10%感染率が低い。・. 超高齢者の免疫学的検討:CD56+/CD57+細胞や胸腺外分化T細胞CD3+/CD57+が多くなっているが、NK活性は低くなっている。
今回の検討により沖縄人はアイヌとは異なり本土日本人や韓国人と極めて近い集団であり、近縁の人々の集まりであることが解った。現在の80歳以上の長寿者の出生した時代には5歳以下の死亡が多いが、出生届がなされていない者がかなり多い。その死亡数が統計に含まれていないことが考えられる。現在は5歳以下の感染症やそれ以上の年齢層においても感染症が減少し、戦後米軍政府によりなされた矢継ぎ早の感染症対策、さらに本土復帰後今日までの急速な環境整備、衛生環境等の向上がみられる。
結論
1) 沖縄県人は本土日本人や韓国人と極めて近い集団で、近縁の人々により成り立っている。2) 特に長寿の家系を見い出し、長寿と関連した因子を見い出すことは今までのところ成 功していない。3) 感染症は現在もなお高い頻度である。しかし、戦後の著しい環境の整備により少なくなりつつあり、環境の整備等は長寿に対し最も大きくプラスに作用していると考えられる。4) 沖縄県の長寿は5歳以下の多数の死亡が統計より切り捨てられている(昭和20~30年頃まで)。しかし乳幼児期の死亡を免れた者は長寿者となった者が多くみられる。5) 遺伝性疾患症例は種類は多いが症例数は特に多くない。永年の狭い婚姻圏により遺伝性疾患が多いが、5歳以下や若年者の多数の死亡によりその浸透が防がれていた可能性があり、今後の課題である。
1997年度
厚生科学研究費
長寿科学総合研究事業
沖縄の長寿者の分子遺伝学的研究
岩政 輝男(琉球大学医学部)

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