栄養と代謝機能の変化に関する研究

文献情報

文献番号
199700563A
報告書区分
総括
研究課題名
栄養と代謝機能の変化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
板倉 弘重(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野道廣(熊本県立大学生活科学部)
  • 藤田美明(東京都老人総合研究所)
  • 堀内正公(熊本大学医学部)
  • 山本徳男(東北大学遺伝子実験施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
75,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴う代謝変化は様々な身体機能の低下をもたらし老化現象として現れてくる。なかでも脂質代謝異常は動脈硬化の発症、促進にかかわっている。動脈硬化性疾患は高齢者の主要な病態を引き起こしていると共に、主要な死因となっている。脂質代謝調節機構はまだ解明されていないところも多く、基礎的な研究の推進が必要と考えられる。これまでに新しいリポ蛋白受容体を発見し、その機能について研究を進めて来た。これを更に発展させ動脈硬化発症機構と併せて研究をすると共に、動脈硬化進行を抑制する対策を栄養学的に検討する。これまでにLDLの被酸化能を測定する方法を確定したので、食品中に含まれているポリフェノールの役割について明らかにする。また栄養摂取と共に運動量の代謝に及ぼす影響を明らかにすることは老化制御の実践にとって必要な基礎研究と考え骨代謝について解析した。
研究方法
リポ蛋白代謝の調節と動脈硬化の発症にかかわるリポ蛋白受容体として、これまでにスカベンジャー受容体、VLDL受容体、アポE受容体2の構造を決定し報告した。今回は新たにHDL受容体の1つHB2cDNAのクローニングに成功した(板倉)。受容体機能の解明とその発現調節機構の解明を進めることとした。これまでにスカベンジャー受容体とVLDL受容体についてはノックアウトマウスの作成に成功し、ノックアウトマウスを使った実験も併せて進めることとした。VLDL受容体異常は鳥類の卵形成を阻害しその繁殖を抑制するだけでなく、高脂血症を引き起こし動脈硬化を発症させることを明らかにした(山本)。VLDL受容体の発現調節に対するO-結合糖ドメインの関与とその機能の解析を進めた。
これまでに動脈硬化病変の進展に酸化LDLがマクロファージの泡沫化のみならず、その増殖を誘導すること、並びにスカベンジャー受容体ノックアウトマウスを用いた実験から、スカベンジャー受容体を介するリゾリン脂質の取り込みが重要であることを明らかにして来た。本年度は酸化LDL刺激によるマクロファージ細胞内情報伝達機構を検討した(堀内)。マクロファージに酸化LDLを添加し、同時にサイトカインの中和抗体を添加し、これらのマクロファージ増殖への作用を検討した。Ca高感度試薬で標識したマクロファージに酸化LDLを添加し細胞内Ca濃度を測定した。酸化LDL刺激後マクロファージ細胞膜分画を調製し、protein kinase Cの活性を測定した。GM-CSFのmRNA発現をRT-PCR、 Northern blot及び蛋白発現をELISAにて検討した。
アテローム病巣にはT細胞の侵入による炎症反応が認められる。抗動脈硬化作用が報告されているEPAにはT細胞増殖抑制作用のあることを見出したのでその機構を解明することを目的に研究を行った(板倉)。ヒトの末梢血よりPBMCを分離した。T細胞表面上の細胞活性化マーカーの発現をFACSを用いて解析した。PBMCをPHAで刺激後IL-2存在下で継代培養をして作成したIL-2依存性のT cell blast に対して、EPAを添加し、IL-2Rの発現の検討を行った。酸化変性が加齢に伴う病態の発生に関係しているとされる。今年度は食品中の抗酸化成分、特にトコフェロール誘導体及びフラボノイドの加齢に伴う細胞老化及び免疫機能の変化に及ぼす影響について検討した(菅野)。若齢(4週齢)及び加齢(9ヵ月)のラットをαートコフェロール、トコトリエノール混合物もしくはケルセチンを含むAIN93準拠食を3週間摂食させ、ラットの成長、臓器重量、血清中の抗体濃度、リンパ球の抗体産生能、腹腔滲出細胞のケミカルメディエーター放出能、血清中及び各種臓器の脂質含量及び脂肪酸組成、血清中の脂質過酸化物濃度等について比較検討した。
ヒトの通常の日常生活活動をモデルにした長期の軽度運動を異なる食事Ca摂取条件下でラットに負荷し、骨密度及び骨代謝関連ホルモンを指標として、骨代謝の加齢変化への影響を検討した(藤田)。骨コラーゲン分解の指標として尿中ヒドロキシシリジルピリジノリン及びリジルピリジノリン排泄量を測定した。
結果と考察
これまでにヒト及びラット肝臓からHDL受容体候補として精製されていたHDL結合蛋白であるHB2のcDNAクローニングに成功した。ラットHB2cDNAは65KDa(583アミノ酸)の蛋白をコードし、1つの膜透過ドメインと32残基の細胞質ドメイン及び500残基の細胞外ドメインからなり、この領域には8箇所のN-グリコシレーション部位の存在が考えられる。このHB2は一部の細胞接着分子に属するイムノグロブリンスーパーファミリーの膜糖蛋白との相同性が認められた。しかしこれまでに報告されたHDL受容体であるSR-B1との相同性は認められなかった。HB2をHepG2及びCOS細胞に一過性に発現させHDLとの結合活性を検討した結果HDL3結合活性は約2倍に増加した。HB2発現の組織特異性をノーザンブロット法で検討した結果、肝の他肺、小腸、ステロイドホルモン産生臓器及び脳で発現が認められた。アセチルLDLを用いた細胞へのコレステロール負荷でその発現が抑制された。HDLは抗動脈硬化作用を有するリポ蛋白として注目されているが、これまで細胞との相互作用について不明の点が多い。新しいHDL受容体の構造を明らかにしたことでHDL研究の発展をさせたい。
VLDL受容体にはO-結合糖ドメイン有するタイプ1受容体とこれを欠損するタイプ2受容体が存在することを見出した。VLDL受容体のO-結合糖ドメインは線維芽細胞では受容体の安定性に貢献していることが示唆された。心臓や骨格筋ではタイプ1受容体が主要転写産物であるが大脳や小脳、腎ではタイプ2受容体が主として発現しており、βーVLDL代謝に臓器の差があることが判明した。鳥類の卵母細胞にタイプ2受容体が安定に発現するための安定化因子の存在も示唆された。臓器別脂質代謝調節機構の解明に資するところが大きいと考える。
VLDLやHDLにはマクロファージ増殖能は認められないが、酸化LDLは有意な増殖能が認められる。マクロファージに酸化LDLを添加すると、急峻かつ一過性の細胞内Ca濃度の上昇を認めた。この上昇は百日咳毒素の前処理で完全に抑制された。protein kinase C活性は酸化LDLにより一過性に上昇し、この阻害薬であるカルホスチンCはマクロファージの増殖を濃度依存性に抑制することが明らかとなった。マクロファージ増殖に及ぼすサイトカインの影響を調べたところ、抗M-CSF抗体及び抗IL-3抗体は全く影響しなかったが抗GM-CSF抗体は有意に90%抑制した。また酸化LDLの濃度に依存してGM-CSF mRNAの発現誘導が認められた。
PBMCをPHAで刺激し、20時間後の培養上清中のIL-2産生量はEPA存在下で抑制された。また刺激時にEPAとcatalaseを同時に添加するとT細胞増殖抑制が回復した。IL-2依存性T細胞においても同様にcatalaseによりT cell blastの増殖抑制で回復がみられ、またIL-2Rの発現には影響を与えなかったこと等からEPAによるT cell blast の細胞死誘導にH2O2の関与が示唆された。
抗酸化成分の摂食により、顕著なIgA産生促進効果が認められた。これらの成分は生体異物の侵入阻害を通じて感染防御能を増強すると共に、アレルギー発症抑制にも寄与しうることが示唆された。ケルセチンはCD8陽性細胞、すなわちサプレッサーT細胞の割合を低下させることが明らかとなった。この作用を介してケルセチンが抗体産生系を活性化する可能性も示唆された。
運動とCa補給との関係を調べたところ、非運動ーCa補足群では体重と血清蛋白質及び中性脂肪値の有意な低下が示唆された。このことは身体活動レベルの著しく低い個体に対する食事Caの不用意な補給は、Ca代謝以外の代謝障害をもたらすことを強く示唆するものである。Ca補足と運動負荷とは骨塩密度に及ぼす影響に違いが認められ、それぞれの代謝機構に及ぼす作用の違いが明らかとなった。
結論
新しいHDL受容体の構造を明らかにした。細胞内コレステロール量によりHDL受容体活性が変動することが示唆された。VLDL受容体O-結合糖ドメインが受容体の安定性、リガンドとの親和性調節に関与していることが明らかとなった。酸化LDLによるマクロファージ増殖は動脈硬化病変の発症、進展に重要な役割を担っていると考えられる。その機構にスカベンジャー受容体を介するprotein kinase C活性化の他、百日咳毒素感受性G蛋白質に結合する新規の酸化LDL受容体の存在が示唆された。食品中の抗酸化成分、特にケルセチン生体防御系を活性化する可能性が示唆された。果物、野菜に含まれる抗酸化物が生体防御機能増強効果を有することが示唆されており、老年者にとって重要な栄養成分となる。加齢に伴う骨損失の予防には負荷された運動に応じた適切な食事Caの補足が大切である。

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