老化の伴う免疫不全症の分子機構

文献情報

文献番号
199700562A
報告書区分
総括
研究課題名
老化の伴う免疫不全症の分子機構
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
広川 勝いく(東京医科歯科大学教授)
研究分担者(所属機関)
  • 成内秀雄(東京大学医科研教授)
  • 斉藤隆(千葉大学医学部教授)
  • 安保徹(新潟大学医学部教授)
  • 林良夫(徳島大学歯学部教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
9,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴う免疫不全症は外来抗原に対する反応性の低下と、それとは逆に自己抗原に対する反応性の異常亢進からなる。前者は老年者における易感染性の増大となり、老年者の直接死因の第一となっている。また、後者は成人から老年に向かって徐々に増加する自己免疫疾患の発症の背景となっている。この様な免疫不全が起こる理由としては、免疫系を構成する細胞の数や構成比が老化と共に変化し、さらに細胞間および細胞内のシグナル伝達に異常が起こることを明らかにしてきた。本研究では従来の成果を更に進めて、老化と共に機能低下するT細胞系について、その第一原因となる胸腺機能の制御機構から始めて、T細胞受容体、サイトカイン受容体、副刺激などの下流にあるシグナル伝達の解析を進め、シグナル関連分子の量的および機能的変化を明らかにする。又、百歳老人について、胸腺非依存性のT細胞の性状と機能及びその老化過程における役割、更に、自己免疫疾患自然発症マウスを用いて、加齢と共に増加する自己免疫疾患の発症機構を解析する。
研究方法
サブテーマごとに説明する。
1)「T細胞におけるシグナル伝達機構とその加齢変化」:ラットを用いた胸腺機能の制御機構の解析、及びマウス脾臓T細胞を用いたT細胞受容体、サイトカイン受容体、副刺激受容体の解析を進めた。(広川勝・)
2)「老化マウスT細胞活性化不全の分子機構」:T細胞クローンを用い、T細胞受容体後のチロシンキナーゼを介するシグナル伝達の加齢変化について解析した。(成内秀雄)
3)「老化に伴うT細胞レセプター複合体の構造及び機能変化」:酸化ストレスのT細胞レセプター複合体の構造と機能に及ぼす効果を解析した。(斉藤隆)
4)「老化で増加する胸腺外分化T細胞の生理機能と分子機構の解析」:沖縄在住の百歳以上の高齢者の末梢リンパ球を調べ、胸腺外分化T細胞の動態を解析した。(安保徹)
5)「老化に伴う自己免疫病変の分子病理学的解析」:シェーグレン症候群疾患モデルマウスNFS/sldを用い、老化に伴う唾液腺炎及び腺外性自己免疫病変の発症機構について分子病理学的な解析を行った。(林良夫)
結果と考察
結果=
1)「T細胞におけるシグナル伝達機構とその加齢変化」:ラットを用いた視床下部前部の破壊実験、下垂体ホルモンの測定などから、生後の胸腺機能の発達と萎縮が成長ホルモン(GH)の血清値に依存し、そのGHのレベルは視床下部前部にある中枢により制御されていることが分かった。老齢マウスの脾臓から調整したT細胞では、抗原刺激後のT細胞抗原受容体のターンオーバー、及びIL-2受容体や副刺激受容体CD28などの発現が低下している。更に、サイトカインの産生から解析すると、IL-2は主としてCD4陽性T細胞により作られ、その産生は加齢と共に確実に低下する。しかし、同じTh-1タイプのT細胞で産生されるIFNγはCD4陽性T細胞では少なく、寧ろCD8陽性T細胞によりより多く作られ、その産生は加齢と共に確実に増大する。この加齢と共に増大するIFNγの産生が免疫系の機能に大きな影響を与えている事が示唆された。
2)「老化マウスT細胞活性化不全の分子機構」:複数の老化マウス由来Th1クローンを抗CD3抗体で刺激し、抗原受容体下流のシグナル伝達分子のチロシンリン酸化を測定し、活性化の度合をみたところ、いずれのクローンもFyn, ZAP70, PLC-γのリン酸化が遅延かつ低下し、これら分子の下流にあるイノシトールリン酸の代謝も低下していることが分かった。これらTh1クローンのサイトカインの産生はハービマイシンAで抑制され、Th2とは明らかに異なる。すなわち、シグナル伝達分子の活性は量的に低下しているが質的に変化してはいないことが分かる。次に、生後24カ月令の老化マウス脾CD4T細胞を抗CD3で刺激しても、Th1クローンと同じ様な結果が得られた。即ち、老化マウスより樹立したTh1クローンは老化T細胞の活性化シグナル伝達の解析の良いモデルとして使える事が示された。
3)「老化に伴うT細胞レセプター複合体の構造及び機能変化」:LPSとチオグリコレートで誘導したマクロファージとT細胞を共培養すると、T細胞レセプター複合体のCD3ζ鎖が消失した。この消失は抗酸化剤のNーアセチルシステインで防止できることから、マクロファージ由来の酸化ストレスによるものであることが示唆された。実際、過酸化水素でT細胞を処理すると、CD3ζ鎖の減少が誘導される事から、マクロファージによる酸化ストレスがT細胞レセプター複合体の構造異常を引き起こすことが明らかになった。
4)「老化で増加する胸腺外分化T細胞の生理機能と分子機構の解析」:百歳老人では末梢血液中のリンパ球の比率の低下が見られた。分画では、C57+T細胞が有意に増加していたが、C56+T細胞の増加は見られなかった。ヒトにおいてもマウスと同様に胸腺外分化T細胞、特にC57+T細胞が増加する事が分かった。一方、C56+NK細胞とC57+NK細胞はどちらも増加していたが、その活性は低下していた。このNK活性の低下はCD57+NK細胞の機能低下であり、CD57+T細胞には百歳老人、対照群ともに有意なNK活性は認められなかった。
5)「老化に伴う自己免疫病変の分子病理学的解析」:NFS/sldマウスはシェーグレン症候群疾患モデルで、生後3日目に胸腺摘出を行うと、8週齢から20週齢までに自己免疫性唾液腺炎や涙腺炎が自然発症する。これらの自己免疫疾患の発症に関わる自己抗原が、120KDのαフォドリンであり、ヒトのシェーグレン症候群患者にも共通する自己抗原であることを明らかにした(Science 276:604,1997)。さらに、生後12~18カ月の長期間観察を行い、全身的な加齢変化を見ると、自己免疫性唾液腺炎や涙腺炎は、老化により病変の増強が認められた。さらに、肺、肝、膵、腎、胃、甲状腺、関節などの臓器にも、細胞浸潤を伴った自己免疫性病変が高頻度に認められた。即ち、NFS/sldでは老化と共に自己免疫疾患の自然発症が唾液腺から全身に波及する事が分かった。老化マウスでは抗αフォドリン抗体が増加し、多くの臓器ホモジェネート中に120KDのαフォドリンの出現が観察された。
考察=免疫系において加齢に伴い大きな変化を示すのは胸腺を中心とするT細胞免疫系である。その第一の原因となる生後の早くから始まる胸腺機能の低下が視床下部により制御されていることが明らかになった。老齢個体におけるT細胞機能低下の最大の原因は抗原認識に伴う増殖能の低下、即ち、免疫応答に必要なクローンの増加が起こらない事による。その増殖不全の一因はT細胞抗原受容体(TCR)からのシグナル伝達の不全であり、TCRに付随するfynやZAP-70及びCD4/8に付随するlckの活性化不全であることが分かってきた。老化過程に進行には酸化ストレスが関与しているが、マクロファージに由来する酸化ストレスにより、TCR複合体に構造異常が誘導されることも今回分かった。また、T細胞の増殖にはTCRからのシグナルに加えて、副刺激であるCD28からのシグナル、およびIL-2Rなどのサイトカインからのシグナルが必要であるが、その何れも老齢マウスのT細胞での発現が不充分である事が分かった。シェーグレン症候群のモデルであるNFS/sld マウスにおいて、自己抗原となっているのは120KDのαフォドリンであること、それはマウスだけでなく、ヒトのシェーグレン症候群にも共通する自己抗原であることが分かった。そして加齢により、唾液腺炎ばかりでなく、多臓器にT細胞の浸潤を伴った自己免疫疾患が起こり、それは血清中の抗フォドリン自己抗体の上昇を伴うことも判明した。胸腺系の免疫機能が加齢と共に低下する一方、その低下した免疫機能を補充する様に、胸腺外で分化したT細胞や、NK細胞、顆粒球などはむしろ増加傾向を示す事が分かってきた。これらの細胞は単に代償的に働くだけでなく、加齢により出現する異常自己細胞の処理に何らかの役割を果たしていると考えられた。
結論
免疫系は多様な細胞から構成され、その免疫機能が正常に働くには、細胞間・細胞内の円滑なシグナル伝達が必須である。老化に伴う免疫機能不全の一因は、これらのシグナル伝達の異常に起因する。その結果主として起こるT細胞免疫不全は、感染症の増加、自己免疫現象の増加、及びNK細胞などの代償性に働く細胞の増加などを伴う。自己免疫現象は色々な臓器に見られるが、症状を起こす共通の自己抗原の一つが今回同定された。

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