血管老化の代謝機能とその分子生物学的解明

文献情報

文献番号
199700561A
報告書区分
総括
研究課題名
血管老化の代謝機能とその分子生物学的解明
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
静田 裕(高知医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 永井良三(群馬大学)
  • 猿田享男(慶応義塾大学)
  • 家森幸男(京都大学大学院)
  • 田中一成(京都大学)
  • 青山武(京都大学)
  • 藤井順逸(大阪大学)
  • 竹下彰(九州大学)
  • 大西三朗(高知医科大学)
  • 土居義典(高知医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化は脳神経系と血管に始まると言っても過言ではあるまい。血管の老化には動脈硬化や高血圧症、高脂肪症など色々な要因が密接な関係を有するが、最近特にNOや成長因子、プロスタノイド、サイトカインなどの生理活性因子の関与が注目を集め、虚血性心疾患や心不全などの主因ないし修飾因子となることが示唆されている。本研究は血管の老化がどの様な機序で起こるか、すなわちどの様な代謝異常下にどの様な遺伝子の異常によって、或いは遺伝子の発現異常によって引き起こされるかを分子生物学的手法を用いて明らかにすることを目指すものである。特に血管老化におけるNO、O2-、TGF-β1、cardiotrophin-1、プロスタノイドなどの生理活性物質の動態とその役割を明らかにしつつ、老化モデルマウスの異常の実態を遺伝子レベルで解明していくことを目指すものである。
研究方法
本研究は次の6つのアプローチからなる。?早発性老化マウスの血管老化機構(永井),?血管老化と糖尿病(猿田),?脳虚血と神経細胞のアポトーシス,?ラット心筋梗塞モデルにおけるCT-1及びgp130の発現(青山),?血管壁細胞のプロスタノイド受容体の解析(田中),?血管老化とNO及びNO合成酵素遺伝子制御(竹下・藤井・静田)である。方法としては生化学的、分子生物学的方法を用い、材料としては、老化モデルマウスや自然高血圧発症ラット、正常マウス及びラット、培養株化細胞、各種のハイブリドーマ細胞等を用いた。
結果と考察
(1).早発性老化マウスの原因遺伝子を含む約16kbのゲノムが単離された。この領域に含まれるエクソン様構造をプローブとして、ノーザン解析を行ったところ、腎臓で 5.6kbのmRNAが検出された。このmRNA(klothoと命名)はβグルコシダーゼと40%のホモロジーを持つ2個のドメインと膜貫通領域をコードし、一種の膜蛋白と考えられた。更にklothoの全長cDNAを過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し、欠損マウスと交配すると、老化の表現系は消失した。4~9週齢の老化マウスのヘテロ個体ではLNAME非存在下では、NEに対する収縮反応が有意に亢進し、Achによる弛緩反応は、有意に低下していた。同様に挙睾筋微小循環系でも内皮細胞機能障害が認められた。更に、野性型とparabiosisを作製し、2及び4週間後に血管機能を解析したところ、内皮機能障害は明らかに改善した。(2).腎微小循環における糖代謝産物であるAmadori生成物は、糖尿病性腎症の進展機序として、腎微小循環レベルで血管内皮の機能障害をもたらすことを明らかにした。更に、糖尿病の前段階であるインスリン抵抗性の肥満では腎一酸化窒素合成の低下が認められ、この結果腎ナトリウム排泄障害、高血圧を誘発するものと推定した。(3).脳の虚血性疾患に関する最近の研究により、神経細胞のアポトーシスがその発症機序に重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。脳虚血においてはまずglutamateが過剰に放出され、これがNMDA(N-methyl-D-asparrate)receptorを活性化することにより細胞内Ca濃度を上昇させる。Caの増加はNOS(NOsynthase)を活性化させて過剰のNOラジカルを産生し、これがDNA等を障害してapotosisが引き起こされると考えられている。脳卒中を必発するモデルラットSHRSPの神経細胞は遺伝的に虚血に対して脆弱であることを示す実験結果を得た。この脆弱性はglutamateによるアポトーシス誘発の起こりやすさと関連があった。増殖因子、特にIGFはこのアポトーシスを著明に抑制したが、その効果はSHRSPで減弱していた。(4).ヒトの血管細胞と同じ
く、ヒトの巨核球にプロスタサイクリン受容体が発現し、血小板形成、炎症に関わるサイトカインにより増加すること、巨核球の成熟と共に増加することを明らかにした。また、生体内において血管壁プロスタノイド受容体EP4の発現が病態により変化し、その進行に影響する可能性を示唆する結果を得た。(5).ラット急性心筋梗塞モデルにおいて、ANPのmRNAの発現が増加している心不全状態でCT-1,gp130のmRNAはともに梗塞部位、非梗塞部位で著明に増加することを明らかにした。急性期のみならず発症14日後の慢性期においてもその発現の亢進は維持しておりCT-1,gp130のシグナル伝達系の心室リモデリングの進展への関与が強く示唆された。(6).NO合成阻害薬(L-NAME)をラットに継続的に投与すると冠動脈や初期動脈硬化病変に類似した炎症性増殖性病変が生じることを見い出した。更に、この血管病変ではアンジオテンシン変換酵素(ACE)の発現が増加しており、ACE変換酵素阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬の同時投与により、この血管病変は抑制されることを見い出した。また、NO産生抑制により活性酵素種の代表格であるO2-の産生亢進が生じること、抗酸化薬によって NO産生抑制によるACEの活性化が防止されること等を明らかにした。尚、NOが細胞障害性をする際の標的分子として、グルタチオン・ベルオキシダーゼが主要であることを明らかにし、その阻害機構を解明した。
結論
本研究の本年度の最大の成果は、先に述べた様に早発性老化マウスの原因遺伝子の特定と血管機能障害の解析である。この遺伝子産物は動脈硬化の防御因子としての作用も有しており、特に、parabiosisにより血管障害を改善したことは、単なる膜蛋白としてではなく、液性因子として個体の老化抑制を行っているものと考えられる。一方、Amadori生成物が腎微小循環レベルで血管内皮の機能障害をもたらすという知見は、糖尿病性腎症の進展機序として極めて興味深い。今後分子レベルでの障害機序が明らかにされよう。更に、脳卒中を必発するSHRSPラットを用いた神経細胞のアポトーシスと虚血の関係は、今後の脳血管障害の研究の基礎を拓くものである。また、プロスタノイド受容体の発現変化や、CT-1,gp130の発現変化は心・血管系の病態の変化との相関のみでなく、その因果関係が明らかにされねばならない。同じ意味で、NO合成阻害薬による冠動脈、初期動脈硬化病変もより詳細な解析が必要であり、今後、これらを重点的に究明していきたい。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)