老化及び老化に伴って生じる疾病での情報伝達変異

文献情報

文献番号
199700560A
報告書区分
総括
研究課題名
老化及び老化に伴って生じる疾病での情報伝達変異
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
竹縄 忠臣(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 下濱俊(京都大学)
  • 安藤進(東京都老人総合研究所)
  • 宮本篤(札幌医科大学)
  • 野村靖幸(北海道大学)
  • 松岡耕二(東京都老人総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
すべての細胞は細胞内情報伝達によって機能を調節され、正常な活動を営んでいる。細胞内情報伝達の乱れは細胞の機能を狂わせ、各種疾病の原因となる。老化に伴って情報伝達の異常が生じ、正常な機能が営めなくなったり、老化に伴って生じる病気の原因になったりすることは十分予想される。しかし老化に伴っての情報伝達の変化や、情報伝達変異の老化や疾病への寄与については、ほとんどわかっていない。本研究では、老化に伴っての情報伝達系の変化を調べるとともに、老化に伴って生じる疾病における情報伝達異常を明らかにする。
研究方法
1.N-WASPの生理作用を明らかにするため、N-WASPの各種変異体を作成し、Cos細胞へ発現させた。また、Baculo virusの系により蛋白質を発現、精製し、細胞内に注入した。また、各種GST融合蛋白質を作り、大腸菌に発現させ、蛋白質を採った。
2.老若マウスよりシナプトソンaを調製し、高カリウムによって引き起こしたアセチルコリンの放出、シナプトゾーム内カルシウムイオン濃度の変化を測定した。さらに、シアル酸コレステロールで前処理を行ったシナプトゾームについても、同様の実験を行った。3.細胞機能の制御を担う細胞内シグナル伝達系についての加齢変化を調べるため、シグナル伝達アダプター蛋白質の発現が、加齢に伴ってどの様に変わるのか、Ash/Grb2、Nck、c-Crk、ShcA、IRS-1、PI3キナーゼ85kDaサブユニット、110kDaサブユニット、WRN(Werner症候群原因分子)についてRT-PCR法で調べた。4.アルツハイマー病患者からの海馬では、著名なPLCd1の蓄積が見られることから、アルツハイマー病患者23例の血液を採集し、白血球よりDNAを抽出し、変異が生じているかどうかを調べた。変異はDNAをPCR反応させることで増幅した。PCR産物はDNA sequencerで解析した。PCR活性は[3H]PIP2を基質とし、PLC活性を測定した。5.老化促進モデルマウス(SAM)のp10系とコントロール(RI)を用いて空間学習能をMorris's Water Maze実験で行った。また[3H]QNBの結合実験は、脳の部位をTvis bufferでホモジナイズし、行った。
結果と考察
A. 結果 1.N-WASPをCdc42と共発現すると、フィロポジアが形成された。しかし、N-WASP中のCdc42結合部位GBD/CRIBドメインに変異を入れたN-WASPと、Cdc42を共発現した場合は、フィロポジアは形成されなかった。また、cofilin様ドメインを欠損したN-WASPとCdc42との発現でも、フィロポジアは形成されなかった。一方、N-WASP及びCdc42の蛋白質を用いてアクチン繊維の切断活性を見たところ、N-WASPによるF-actinの切断はCdc42依存的に生じていた。N-WASPがin vitroではアクチンの切断活性を示すのに、in vivoでは逆にアクチンを重合させ、フィロポジアを形成する。この矛盾を解くため、N-WASPの下流シグナルを調べた。すると、N-WASPに結合する蛋白質としてプロフィリンが見つかった。プロフィリンはアクチン繊維のbarbed endからアクチンを重合させる作用を持つ。よって、N-WASPの活性化によって切断され、barbed endが露出したアクチン繊維に、プロフィリンがアクチンと重合させフィロポジアが形成されると考えられる。2.シナプトゾームをaあるいはbシアル酸コレステロール(SC)で処理すると、両者とも脱分極刺激下のアセチルコリン放出を促進した。一方、脱分極下に見られるカルシウムイオン流入はa-SCによってのみ亢進した。アセチルコリン合成への影響を調べたところ、b-SCのみ促進効果を示し、実際コリンの取り込みを高めた。a-SC及びb-SCはアセチルコリンの放出に際して相加効果を示した。3.Ash/Grb2の発現は、後期コンフルエント細胞、後期増殖細胞で低かったが、早期コンフルエント細胞、早期血清飢餓細胞でも低かったことから、老化よりも基本的には細胞増殖と連動していると思われる。Nckは早期で増殖細胞、早期血清飢餓細胞、早期コンフルエント細胞に多く、中期増殖細胞、後期コンフルエント細胞、後期増殖細胞に少なかった。同様にc-Crk、PI3キナーゼp110a、WRNの発現は老化に伴って低下した。一方、ShcA、IRS-1、PI3キナーゼp85aは変動しなかった。4.アルツハイマー病患者の13例中1例に於いて、ミスセンス変異がPLC-d1pHドメイン中に見つかった。この変異を有するAD症例では、正常は遺伝子と変異を有する遺伝子をヘテロに有することがシークエンスとRFLPからわかった。この変異が多型なのかどうかを調べるために、家族性AD患者23例、孤立発性早期発症型AD患者23例、孤発性晩期発症型AD患者46例、痴呆症を示さない対照456例の白血球からDNAを抽出し解析したが、変異は見つからなかった。R105Hの変異が酵素活性やリガンドとの結合に及ぼす影響を調べた。R105H変異を持つPLCd1はIP3の結合性が1/6に低下し、活性も40%~50%に減少していた。5.SAMp10マウスでは実験初日の遊泳時間がコントロール群に比して非常に長く、実験9日目でも遊泳時間の減少は見られなかった。[3H]QNBを用いたmAch受容体に対する結合実験の結果、p10の海馬ではコントロールに比し、特異的結合量が減少
していた。最大結合量に変化は見られず、結合親和性(kd)値が有意に高かった。
B. 考察 1.N-WASPはチロシンキナーゼの下流にあってCdc42依存的にフィロポジアを形成する蛋白質であることがわかった。N-WASPは神経系、特に海馬での発現が高い。更に、N-WASPのドミナントネガティブ体により、海馬の初代培養による神経回路形成が阻害されることから、神経回路形成に関わっていることが示唆された。よって、老化に伴って変化することは充分予想されるし、痴呆との関連も考えられるので今後調べていきたい。2.老化に伴ってシナプトゾームからのアセチルコリンの遊離が減少することはよく知られている。その原因は膜流動性の低下によるCa2+流入の減少であることを明らかにしてきた。そこで、a-SCや、b-SCの様な膜流動性を増す薬剤により老化によって生じるアセチルコリンの減少が回復できるのではないかと期待している。3.今回スクリーニングしただけでも、細胞内シグナル伝達系で重要な役割を果たしている分子のうち、c-Crk、Nck、PI3キナーゼp110a、WRNに加齢に伴う発現低下が観察された。従って、まだ調べられていないが、発現の加齢変化を示す分子種も多数あると考えられる。これらの分子が老化形質の誘導に関係しているかどうかを検討することによって、老化制御の仕組みの解明への手掛かりが得られると期待される。4.今回見つかった変異はヒトPLC遺伝子に見つかった、初めての変異である、R105Hという突然変異を有するAD症例に家族歴があるという報告はなく、また、患者の家族に変異があるかどうか調べることができなかったため、この変異がADの原因、もしくは危険因子であると結論できない。5.Water Maze実験の結果から、p10では学習記憶能力が低下していることが示された。また、異常の原因の1つとしてmAch受容体の異常が考えられた。
結論
1.Ash/Grb2に結合するN-WASPを採ったところ、Wiskott-Aldrich syndrome蛋白と類似した蛋白であった。N-WASPはチロシンキナーゼの下流に存在し、Cdc42依存的にアクチン線維を切断し、新たなアクチンのbarbed endを作る。すると、その部位からプロフィリンがアクチンを重合し、フィロポジアを形成させる。2.シナプトゾームをガングリオシドの合成類似体シアル酸コレステロールで処理すると、シナプス機能が高められることがわかった。a-シアル酸コレステロールは電位依存性カルシウムチャネルを活性化してカルシウム流入を高め、b体はコリン取込みを促進してアセチルコリン合成を高めることによって両異性体ともにアセチルコリン放出を増加させるという立体構造特異的な作用のあることが示された。3.c-Crk、Nck、PI3キナーゼ110aサブユニットWRNは細胞老化に伴って発現が低下した。4.アルツハイマー病患者由来のPLC-d1遺伝子にミスセンス変異を発見した。この変異によりPLC-d1のプレクストリンホモロジー領域内にある105番目のアミノ酸ArgがHisに置換する。Arg105→Hisのアミノ酸置換を持つPLC-d1分子のPIP2加水分解活性およびIP3結合能は、野性型に比べ顕著に機能低下をもたらした。ヒトPLC遺伝子のミスセンス変異の報告は本例が初めてである。5.SAM P10は感情障害動物モデルとして有用であり、海馬のmACh受容体に異常が観察された。

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