早発老化の発生機序に関する遺伝的・生物学的研究

文献情報

文献番号
199700559A
報告書区分
総括
研究課題名
早発老化の発生機序に関する遺伝的・生物学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
高嶋 幸男(国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第2部長)
研究分担者(所属機関)
  • 和田圭司(同上疾病研究第4部長)
  • 高橋慶吉(同上疾病研究第6部室長)小野寺一清(工学院大学・応用化学科教授)
  • 大野耕策(鳥取大生命科学科神経生物教授)
  • 杉田克生(千葉大教育学部臨床医学科助教授)
  • 塚田昌滋(国立療養所中信松本病院院長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
早発老化は小児期から始まると考えられ,遺伝的・縦断的研究が必要である。ダウン症候群では、30才を過ぎると、アルツハイマー型痴呆が必発するので、早発痴呆の病態の解明は必須であり、予防と治療の研究も行いやすい。本症におけるアミロイド早期沈着の前の病態を解明し、進行の機序を追跡し、早期診断や早期治療法を開発する。一方,小児神経疾患に早発する神経細胞の神経原線維変化の機序を検討し、痴呆の本体を解明する。さらに、早老症症候群の病因を解析し、多彩な老化の病態解明に役立たせる。早老の機序は複雑であり、小児期から老化の機序を解明し、予防法を開発する。
研究方法
1.早老症症候群のリンパ球や皮膚線維芽細胞を用いて,遺伝学的、生物学的に検討し、また、モデル動物を作成して、早老の成因と機序を追求する(杉田、和田)。2.ダウン症候群の脳、髄液および培養皮膚線維芽細胞ならびにダウン症モデルマウス脳を用いて、分子病理学的、分子生物学的に、年齢別に検索する。さらに、ダウン症モデル神経系細胞を樹立し、痴呆の発生機序と早期診断を検討する(高嶋、小野寺、大野)。3.家族性アルツハイマー病遺伝子による早発老化と神経細胞変性の機序を解明し、予防法を開発する(高橋)。4.小児神経疾患における早発老化の機序を縦断的に検索し、特異な部位の早発老化現象の発生機序を追求する(塚田、高嶋)。
結果と考察
1.早老症症候群の早発老化発生機序
新しい肥満モデルマウスを開発し、早発老化の機序を検討した。ボンベシン様ペプチド受容体サブタイプ3(BRS-3) 欠損マウスを発生工学的に作成し、肥満および代謝異常を見いだした。肥満は生後15週頃から顕著となり、高血圧、耐糖能異常を伴っていた。BRS-3 欠損マウスの病態形成には低代謝率、過食、糖脂質代謝異常が関与しており、BRS-3 欠損マウスでは成人型の一つの病態が早期から出現していると考えられた。さらに、BRS-3 は視床下部に強く発現していることが分かった。
紫外線高感受性のCockayne症候群(CS)由来線維芽細胞において、Human interferon-β(HuIFN-β)前処理により紫外線照射後のコロニー形成能が前処理なしの紫外線照射単独の場合より上昇した。この上昇の原因を解明するために、紫外線照射前にHuIFN-βにより発現が誘導される遺伝子をdifferential display 法を用いて検出した。7 クローンがえられ、その既知遺伝子の中で機能が判明したのはxeroderma pigmentosum-G であった。CSにおいて、HuIFN-βによる紫外線抵抗化の機序に、除去修復遺伝子の発現誘導のあることが示唆された。
2.ダウン症候群の早発老化の発生機序。
ダウン症候群モデルマウス(Ts65Dn)の脳におけるmRNAをdifferential display法で解析し、peripherin遺伝子が過剰発現していることが明かとなり、ヒトのダウン症候群脳でも増加していた。peripherin遺伝子の上流領域には、ヒト染色体21番上にコードされる転写因子Ets-2 の結合ドメインがあり、ダウン症候群におけるperipherinの過剰発現はEts-2 のトリソミー効果によると考えられた。さらに、peripherinとEts-2 の免疫組織化学によって、自律神経系に関連深いことが明らかになった。
さらに、遺伝子早期発現を細胞レベルで解析する目的で、ダウン症モデル神経系細胞を樹立し、解析した。分化能を持つ神経系細胞に、ヒト染色体21番を1本過剰に導入し、分化に伴う21番染色体の過剰の影響を生物学的に解析し、数個のクローンが得られた。また、ヒト染色体21番導入細胞株において、ヒト染色体特異的PCR primerを用いて、ダウン症候群critical region (21q22.2)、 Etz-2 領域(21q22.3)、SOD1 領域(21q22.1) の存在を確認し、4クローンでperipherinの発現が増強していた。
3.プレセニリンによる早発老化の発生機序
家族性アルツハイマー病(FAD) 原因遺伝子プレセニリンー(PS)1と2の細胞内機能やアミロイド沈着の機序を明らかにするために、まず切断部位を同定し、更にN末およびC末断片を導入したstable transfectant を作成してAβアミロイド産生に対する影響を検討した。Aβ産生はPS-1, PS-2全長鎖cDNAを導入した場合、Aβ(1-42)の分泌がAβ(1-40)に比し2ー3倍に亢進したが、N末あるいはC末断片cDNAを導入した場合にはそのような変化は認められなかった。このことはプロセッシングによりプレセニリンの活性の一部が失われることを示しており、重要である。
4.小児神経疾患における神経原線維変化の早期出現の機序
小児神経疾患である福山型先天性筋ジストロフィー症、亜急性硬化性脳炎、緊張性筋ジストロフィー症、Hallervorden-Spatz病およびCockayne症候群剖検脳などで、神経原性線維およびグリア線維変化の早期出現が認められ、すべてで、COX2強陽性の神経細胞が認められた。多症例検討したFCMDでのCOX2陽性の神経細胞は、神経原線維変化よりも早期に出現し、加齢と共に増加した。COX2陽性細胞は、大脳皮質、海馬傍回、Meynert 核、縫線核、青斑核を中心に認められ、海馬では低頻度であり、Down症候群(DS)やAlzheimer病(AD)と比較して好発部位も特徴的であった。FCMD患者大脳皮質では、western blotting にて
COX2 の増加が確認され、oligonucleotide
probeによるin situ hybridizationでも、一部の神経細胞に限局したCOX2mRNAの増加が認められた。
5.後索核の軸索腫大の発生機序
後索核に好発する軸索腫大は老化と共に増加するが、モデル動物で軸索変性のGAD遺伝子の局在領域が狭められ、複数のエクソン候補配列が見出された。一方、ヒトの後索核の検索では、後索核の軸索変性の機序として、末梢神経障害がtransganglionic に関与していることが分かった。
結論
1.若年の肥満のモデル動物として、遺伝子工学的に、BRS-3 マウスが開発された。これでは、早期に肥満が発現し、視床下部を中心として、中枢性にエネルギー代謝を制御していることが分かり、早発肥満を代謝と神経調節の面より検討できるようになった。老化に伴う中枢性機能低下の分子機構を解析する上でも有用性が高い。
CSにおけるDNA 修復障害の機序に除去修復遺伝子が関与していることが分かり、分子病態の解明へ発展できる。2.ダウン症候群モデルマウスの分子生物学的検討によって、ヒト染色体21番にコードされるEts-2 遺伝子がダウン症候群におけるperipherinの過剰発現を介して、自律神経系の早発老化に関連し、重要な働きをしていることが明らかになった。本モデルマウスによって分子生物学的縦断的研究が可能となる。また、ダウン症神経系細胞株の樹立とダウン症critical region の遺伝子在位の確認によって、研究が細胞レベルで発展できる。3.プレセニリンー1と2 (PS-1, 2)は細胞内でN末とC末断片に速やかに切断されるが、それらの機能やアミロイド沈着との関連は不明である。PS-1および 2の全長鎖cDNAを導入した際のみに、Aβ(1-42)の分泌が亢進したことは、プロセシングによりプレセニリンの活性の一部が失われることを示しており、FAD のアミロイド沈着の機序解明にとって重要である。4.老人班やアミロイド沈着を伴わない神経原線維およびグリア線維変化の早期発現は遺伝性、代謝性、感染後および破壊性疾患で特異な部位に認められ、病因の異なるこれらの神経疾患でも神経原線維変化より前にCOX2の誘導が認められ、フリーラジカルが変性に関与していることが示唆された。5.老化にみられる軸索変性は神経病理学的に後索核などに好発する。軸索変性のGAD 遺伝子の局在領域が狭められ、複数のエクソン候補配列が見出され、軸索変性の分子病態を追求中である。一方、ヒト剖検例を用いて、軸索変性の機序として末梢神経側の障害に基づくことが証明された。

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