総合画像診断による高齢者生体機能の解明に関する研究

文献情報

文献番号
199700558A
報告書区分
総括
研究課題名
総合画像診断による高齢者生体機能の解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 健吾(国立療養所中部病院長寿医療研究センター生体機能研究部部長)
研究分担者(所属機関)
  • 山田孝子(国立療養所中部病院)
  • 米倉義晴(福井医科大学高エネルギー医学研究センター教授)
  • 畑澤順(秋田県立脳血管研究センター主任研究員)
  • 福田寛(東北大学加齢医学研究所教授)
  • 大山雅史(日本医科大学第二内科)
  • 石垣武男(名古屋大学医学部教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
12,870,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究ではPET(positron emission tomography)、SPECT(single photon emission computed tomography) , MEG(magneto-encephlography)、 fMRI(functional MRI)などの機能画像と形態画像としてのMRIを利用して、機能と形態、機能と機能の組み合わせにより高齢者の脳機能を総合的に解析するための方法論を確立する。さらに、これらの手法を用いて加齢および痴呆性疾患によって生じる脳の機能変化を解析し、データを蓄積することにより最終的に、多施設間で利用可能なデータベースの構築を目指すものである。
研究方法
昨年度は研究全体の第一段階として方法論的検討を主体としたが、今年度はこれを応用して加齢および痴呆性疾患によって生じる脳の機能変化の解析を開始した。具体的には各分担研究者が以下のような項目を検討した。
1)MEGとPETによる高齢者脳機能解析
MEGとPETの相補正を明らかにするため、PETのデータを多電源モデルによるMEGデータの解析に利用することを試みた。(伊藤)
2)音の弁別過程における加齢変化
健常高齢者、老年期痴呆患者を対象に昨年度と同様な方法でMEG、MRIを用い、聴覚oddball課題を施行してMismatch field(MMF)や弁別反応時間 の変化について検討した。(山田)
3)加齢の高次脳機能に対する影響
言語・非言語性高次脳機能の加齢変化を評価する目的で、まず触覚弁別を担う神経回路の性差を評価した。男女正常被験者に、O-15水とPETを用いた脳賦活検査を施行した。(米倉)
4)老年健常者の脳循環酸素代謝
MR病変の有無によって健常高齢者を分類し、無症候性無病変および無症候性有病変の脳循環代謝の差異について検討した。(畑澤)
5)正常血流画像データベースの作成とその脳疾患診断への応用
早期の痴呆を診断するために、脳の解剖学的標準化システムである AIR(Automated Image Registration)用いて痴呆患者の脳血流SPECT像を標準化して痴呆患者群の平均脳血流画像データベースを作成した。(福田)
6)PETによるアルツハイマー病の病態解析
アルツハイマー病の患者を対象として、PETにより血流、糖代謝および中枢性ベンゾジアゼピン受容体イメージングを行い、多角的な病態を把握を試みた。(大山)
7)痴呆を呈する患者のFDG-PETによる病態解析
物忘れを主訴に来院する高齢者を対象にPETによるグルコース代謝の画像を撮影し、統計的画像解析法(SPMなど)を使用して健常人との比較を行い、脳局所の異常の有無を検討した。(石垣)
8)痴呆性疾患におけるドーパミンニューロンの解析
FDOPA-PETの解析に脳の解剖学的標準化法を導入するための基礎的検討を行い、正常例を蓄積してデータベースの作成した。また、個々の症例とデータベースとの比較から異常部位の検出を試みた。(伊藤)
結果と考察
1)MEGとPETによる高齢者脳機能解析
聴覚oddball課題についてPETの賦活部位のデータを元に計算の初期値を規定してMEGの多電源モデルによる解析を行った。その結果、両側の一次聴覚野,下頭頂葉,側頭葉内側下面に計6つの電源の活動を仮定した6電源モデルで、0 - 485 msまでのMEG測定波形の約93%が説明可能なモデルが得られた。
2)音の弁別過程における加齢変化
若年成人8名、高齢者6名に対し、純音によるoddball課題(高頻度刺激:1000Hz、低頻度刺激:2000Hz)をMEGを用い行った。その結果、100m、MMFの頂点潜時は若年成人と高齢者との間で有 意差がみられず、MMFから100mまでの潜時が高齢者で有意に遅延していた。音刺激からボタン押し反応までの脳内処理~運動出力の過程で、 一次聴覚野から音の自動弁別間での時間が加齢により最も影響を受けやすいことが示唆された。
3)加齢の高次脳機能に対する影響
14人の男女正常被験者に、O-15水とPETを用いた脳賦活検査を施行した。間隔、方向、形状の弁別、及び運動感覚対照課題を行った。 運動感覚対照課題では、男女とも左一次運動感覚野、頭頂弁蓋部から島後部にわたる賦活がみられ、女性群ではさらに左島前部と右前下頭頂小葉が賦活された。弁別課題間には明らかな差異はなく、いずれも右上頭頂小葉後部に賦活を認め、触覚弁別課題における右半球の関与が示唆された。また、触覚弁別の成績は運動感覚処理の早期の部分に関連することが示唆され、一方性差は運動感覚処理の後期にあると思われた。加齢の高次脳機能に対する影響を検討する場合も性差は考慮すべき重要な因子と思われる。
4)老年健常者の脳循環酸素代謝
神経学的に無症候の健常老年者23例にMRI(T1強調像、T2強調像、MRangiography)を施行した。8例(平均年令、69±10才)は、脳病変を認めず、無症候無病変群とした。15例(71±9才)では、大脳白質に小斑状の高信号を認め、無症候性白質病変群とした。脳血流量、酸素摂取率、脳酸素消費量、脳血液量を測定し、2群間で比較した。無症候性白質病変群では、無症候無病変群と比較して大脳皮質灰白質、大脳深部白質、基底核の血流が有意に低下していた。一方、酸素代謝の低下はいずれの領域でも認められなかった。 この結果、MRで認められる無症候性脳病変を有する群は、老化研究の対象としては無症候無病変群と明らかに区別して解析されるべきことが判明した。
5)正常血流画像データベースの作成とその脳疾患診断への応用
痴呆患者群の平均脳血流画像データベースを作成し、これを昨年作成した正常脳血流データベースと比較することにより、痴呆群で有意に血流が低下している部位(両側上、下頭頂小葉、両側上前頭回、両側下側頭回、右海馬、右紡錘回)を抽出した。現在、データベースの精度を上げるために、正常および痴呆患者の脳血流SPECTデータ数を増やしている。
6)PETによるアルツハイマー病の病態解析
アルツハイマー病(AD)の病態解明のため、PETを用い、脳血流、糖代謝に加え、中枢性ベンゾジアゼピン(BDZ)受容体イメージングを行い、画像処理と定量的な解析を行った。ADで痴呆が軽度から中等度の例では 側頭-頭頂葉において脳血流(正常:70.32±14.9、 AD:35.8±4.7ml/min/100ml)や 糖代謝(正常:1.18±0.10、 AD:0.83±0.19 対小脳比)が低下していたが、BDZ受容体の分布(FMZ-DV 正常:4.60±0.53、AD:3.73±0.29 ml/g)は比較的保たれていた。 BDZ受容体イメージングは脳の機能的状態を反映する脳血流や糖代謝とは別の情報を提供すると考えられる。
7)痴呆を呈する患者のFDG-PETによる病態解析
物忘れ、または痴呆を主訴とした患者23例において、FDG-PETを行った。定性的な画像評価では16症例において両側頭頂葉および側頭葉において糖代謝の低下を認めた。8症例においてSPM95を使用し標準脳に変換をした。変換された画像を使用し、対応する脳局所の画素値と長谷川式簡易痴呆スケールとの相関を表す計算画像を作成した。脳全体としては痴呆スケールの点数と正の相関を表す画像が得られた。現在、画像上の脳局所の異常と症状の関連につき検討を行っている。
8)痴呆性疾患におけるドーパミンニューロンの解析
正常群10例および各種疾患群27例でFDOPA-PETの機能画像を作成して脳の解剖学的標準化法を適用した。同一座標にあるMRIの解剖学的標準化から得られる変換パラメーターを使えば精度よくFDOPA-PETの機能画像を標準化できることがわかった。こうして得られた正常群のデーターベースと比較することでび慢性レビー小体病、パーキンソン病など個々の症例でドーパミンニューロンの異常を定量的に検出することが可能であった。 SPECTによる脳血流、PETによるグルコース代謝、ドーパミンニューロンに関する画像データベースの作成はいずれも脳の解剖学的標準化法を利用している。この方法を用いれば画像ベースの統計解析が可能となり、より客観的な異常の検出および多施設間での利用が可能である。
結論
脳の機能画像を用いて脳の加齢変化および痴呆性疾患の病態解析を研究するための基本的問題の検討により、問題点を明らかにするとともに、音の弁別過程における加齢変化、老年健常者の脳循環酸素代謝などで新知見を得た。また画像データベースに関する検討を行い、SPECTおよびPETについて正常および疾患別のデータベースの構築を開始した。

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