霊長類を用いた老人病モデルの開発研究-代謝病、免疫を中心として-

文献情報

文献番号
199700557A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いた老人病モデルの開発研究-代謝病、免疫を中心として-
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村紳一朗(東京大学)
  • 松島照彦(筑波記念病院)
  • 吉田高志(国立感染研)
  • 鈴木通弘(予防衛生協会)
  • 寺尾恵治(国立感染研)
  • 国枝哲夫(岡山大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医学実験用に繁殖された、生年月日・家系・既往歴の明らかな育成サル類を用いて、ヒトの老人病の中で特に重要と考えられる疾患の動物モデルの開発およびモデル動物の病態評価系の開発、発病メカニズムの解析を行うことが目的である。
本研究班は重要な老年性疾患のうちマウスやラットの様な小型げっ歯類の実験動物では発現しない、ヒトを含めた霊長類に特有な老人病についてサル類を対象として解析を進めた。それらの疾患は高度に発達した霊長類の中枢神経系に認められる異なるタイプの老人斑、ヒト及びマカカ属サル類以上にのみ発現しているLp(a)蛋白の発現、遺伝支配、及び高脂血症や糖尿病との関連、昼行性で網膜の画像情報解析を主力にしている霊長類の老齢個体に見られる網膜黄斑変性症、2足歩行を特徴とする霊長類の椎骨の発達、骨代謝にかんしてリモデリング動物である霊長類の妊娠・出産・閉経に伴う骨変動、骨減少症等である。このほかに、カニクイザルの成長、老化にともなう免疫機能の変化とマイクロサテライト法を用いたカニクイザルの遺伝子連鎖解析を基盤研究として進めている。
研究方法
結果と考察
結果=本年度の研究結果等は以下の通りである。
1)脳の老人斑形成機序に関する研究:中村らは高齢(20歳齢以上の個体)カニクイザル脳を用いて免疫組織学的に老人斑の形成機序をヒトと比較しながら研究をすすめている。これまで瀰漫型老人斑はAβ42からなり、成熟型老人斑はAβ42とAβ40から出来ていること。サル類では老人斑に反応してヒトと異なりミクログリアよりもアストログリア細胞が強く反応していることが明らかにされた。本年は家族性アルツハイマー病(FAD)の危険因子として最近遺伝子が明らかにされたプレセニリン(PS)のサル脳での発現と老人斑との関連を解析した。PS1とPS2のN末端とC末端の合成ペプチドを免疫して得られた抗体を用いて胎児(90日齢)から35歳齢のサル脳を対象にPSの分布を解析した。PS1では若齢から中年齢動物では大脳皮質の内椎体細胞から多形細胞層が染まり、老齢個体では全層が強く反応した。またN末端抗体は神経細胞の胞体を、C末端抗体は神経細胞と神経網の両方で陽性であった。さらにC末端抗体は成熟型老人斑の腫大神経突起を染めたが、N末端抗体は陰性であった。
2)Lp(a)代謝調節に関する研究:松島らはヒトの動脈硬化性疾患の独立した危険因子であるLp(a)の発現について、カニクイザル家系解析をおこなった。カニクイザルでもヒトと同様Lp(a)の分子多型があり、分子量の大きさと血清中の濃度は逆相関すること、遺伝子は両親の型が共発現することが明らかにされた。さらに肝の初代培養系を確立し、Lp(a)の発現がサイトカインやインシュリンの影響を受けることを示した。インシュリンによる肝細胞中のLp(a)の発現低下はワートマニン及びラパマイシンで阻害された。同様の現象はLp(a)のコア蛋白であるApo(a)のプロモーターにルシフェラーゼをレポーターとしたプラスミドを用いた発現系(HepG2細胞)でも認められた。
3)霊長類の肥満と骨粗鬆症モデル:吉田らはカニクイザルの肥満と骨量の関連について、また妊娠・出産と母体の椎骨骨量の変動について2波長X線解析装置(DXA)と独自に開発したサル用画像解析プログラムを用いて解析した。さらに14~15歳齢の骨成長が停止し、最高骨量(PBM)期をすぎてリモデリングステージに入った雌カニクイザル14頭を用いて卵巣摘出(OVX)を行い、OVXの骨量に及ぼす影響と骨代謝(骨形成マーカーと骨吸収マーカーの変動)について調べた。OVX後、全身骨量は減少し3ヶ月で有意差を示した。またOVX後4ヶ月目頃から骨形成マーカーが有意な増加を呈した。しかし、骨吸収マーカー(1CTP,TrACP,Pyr,D-Pyr)はコントロールとの間に有意差は見られなかった。
4)網膜黄斑変性症モデル:鈴木らは、ヒトと昼行性サル類に特徴的に認められる網膜黄斑部の加齢性変性症について研究を進めている。老齢カニクイザルの網膜黄斑変性では、網膜色素上皮層と脈絡膜の間に限局して不定形の析出物が沈着することが病理組織検査から明らかになった。電子顕微鏡的にはこの不定形沈着物はブルッフ膜の膠原繊維内層にみられ、ブルッフ膜弾性板の断列も観察された。このほか若年性の遺伝性網膜黄斑変性、進行性黄斑部変性症についても解析を進めている。進行性黄斑部変性症では蛍光眼底撮影(FAG)やインドシアニングリーン眼底撮影(ICG)により、病巣を鮮明に識別できることが確認された。
5)サル類の加齢に伴う免疫機能の変化:寺尾らは、加齢に伴うカニクイザルの免疫機能の変化を調べている。本年は1カ月齢から31歳齢までのカニクイザル195頭について、主要リンパ球サブセットの変動、及びCD4T細胞とCD8T細胞の表現型の変化について解析した。また免疫中枢である胸腺の萎縮に対応して増加する末梢血中のCD4CD8両陽性細胞の由来と加齢に伴う表現型の変化についても解析した。B細胞レベルは5歳まで低下し、以後安定した。移行抗体の存在する幼弱動物では、B細胞レベルは高値を示した。NK細胞は5歳まで徐々に増加し、5~10歳で最も高いレベルを維持した。他方CD3陽性細胞レベルは加齢に係わらず安定していた。しかし、T細胞のうちCD4T細胞レベルは5歳以降加齢に伴い低下したのに対し、CD8T細胞は5歳以降高いレベルを維持した。またCD4CD8両陽性細胞レベルは10歳以降、著しく増加した。T細胞の表現型ではCD28陽性のナイーブT細胞が加齢に伴い減少し、CD29陽性のメモリータイプT細胞が増加した。特にCD28陽性CD8T細胞の変動は、移行抗体の存在する幼弱期、雌雄性成熟期、胸腺の萎縮する体成長成熟期、成熟期、閉経や神経系の変性の出現する老年期に対応して減少する傾向が見られた。
6)カニクイザル染色体連鎖地図の構築:国枝らは、老人病と関連する遺伝子を明らかにする目的で、カニクイザルの染色体連鎖地図の作成を進めている。ヒト11染色体のマイクロサテライトDNA用プライマーを用いてカニクイザルのマイクロサテライトDNAタイピングを行っている。48マーカーのうち31プライマーで単一断片がPCRで増幅された。このうち21で個体別多型が認められた。家系解析により10遺伝子座について組換え率を求め、カニクイザル染色体の遺伝子座配列を明らかにした。それらはHBB,HBE,CCHBR, D11S911,D11S861-D11S900, TYR-D11S907-PAXの順であった。
考察=霊長類を用いた老人病モデル研究の各領域において着実に進展が見られている。老人斑の形成機序についてはAβの分子種(40/42)と老人斑の型(未熟型、成熟型)の関係はヒトと類似しているが、グリア細胞の反応はヒトと異なりアストログリア細胞の反応が強く種差が明らかになった。またPSの分布と老人斑の関連はヒトでも確定していない。サル類で加齢に伴いN末端とC末端の分布が違うこと、老人斑との関連が異なることは新しい知見である。今後比較生物学的にヒトとサルの解析を進める必要がある。
また加齢に伴う胸腺の退縮期に増加するCD4CD8両陽性細胞は、非胸腺由来のT細胞で休止期のメモリーT細胞に属する可能性が高い。ヒトではこうしたマーカーを持ったT細胞は検出されていない。免疫機能の系統発生学上興味ある問題であり、またこうした細胞がどのような機能を果たしているか、老化との関連で明らかにされる必要がある。
このほか、高脂血症との関連が示唆されるLp(a)蛋白の遺伝子発現制御はヒトの材料が利用できないこと、霊長類以外の動物では遺伝子が欠損していることを考えると、カニクイザルの初代培養肝細胞系は更なる有効利用を試みるべきである。また遺伝子連鎖解析技術やヒトとサルの遺伝子のシンテニーを利用して遺伝性網膜黄斑変性症の遺伝子を同定し、加齢性黄斑変性症の発病機序の解明、治療法の開発に利用する必要がある。サル類のOVXによる骨粗鬆症モデルはげっ歯類のようなモデリング動物やイヌのようにOVXと低カルシウム食の組み合わせてのみ骨量減少が認められる動物とは異なっている。閉経後のヒトの骨粗鬆症モデルとして期待できるものである。
結論
霊長類を用いた老人病モデル研究の各領域において着実に進展が見られている。老人斑の形成機序については比較生物学的アプローチが今後も重要である。また抹消血に加齢とともに見られるCD4CD8両陽性T細胞の意義と機能解析は、免疫の系統発生学上興味ある課題であり、胸腺退縮後の免疫細胞分化を知る新しい方法になるかもしれない。このほか初代肝培養細胞系における高脂血症モデルでえられた知見が生体内で見られるか否かも調べる必要がある。骨粗鬆症モデル、黄斑変性症モデルもユニークであり、その利用価値は大きい。他の研究グループとの共同研究を積極的に進めることが望まれる。

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