老化・発生・分化過程におけるプレセニリンの発現と神経細胞死の抑制

文献情報

文献番号
199700554A
報告書区分
総括
研究課題名
老化・発生・分化過程におけるプレセニリンの発現と神経細胞死の抑制
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
内原 俊記(財団法人東京都神経科学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 水澤英洋(東京医科歯科大学神経内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦でも人口の高齢化は着実に進行し、アルツハイマー病(AD)に対する対策は社会的な包括的問題としてとらえられ、臨床診断や病因解明を通して治療法の開発につながる科学研究に対する期待はことのほか大きい。本症の原因や臨床像は一様でないにしても、その一部が遺伝性で、原因遺伝子の一つとして同定されたpresenilin(PS)が注目を集め、精力的な研究が行われている。PSの生理的意義やAD発症に関連するメカニスムは不明であるが、平成9年度の本調査研究では 1)PS-1遺伝子中に存在するpolymorphismと神経病理所見との関係 2)p19 (murine embryonal carcinoma) cell lineの神経分化過程の発現の2課題を中心に検討した。以下、この二点に分けて、方法、結果を呈示し考察を加える。
研究方法
1)老人病棟入院中の75歳以上の女性の知的機能をBlessed test score (BTS)を用いてprospectiveに評価しつつ経過観察。得られた剖検脳から中前頭回、上側頭回、縁上回、鳥距溝、海馬傍回、海馬支脚の6ヶ所をホルマリン固定、パラフィン包埋し、それぞれ抗ベータ蛋白抗体及び抗-PHF抗体にて免疫染色を施し、ベータ蛋白陽性の老人斑、及び神経原線維変化の密度を測定した。なお臨床または病理学的に脳梗塞や代謝障害などのAD以外の変化を有するものは除外し、AD変化が純粋に現れた例のみを対象とした。PS-1遺伝子exon8の3'側にあるintronic polymorphism(1/1, 1/2, 2/2)は凍結脳組織より抽出したDNAを用いWraggらの方法により決定した。それぞれの部位による病変の密度、知的機能、intronic polymorphismの関係を統計的に検討した。2)p19を浮遊状態でレチノイン酸に4日間暴露し分化誘導したのち、神経細胞とグリア細胞の豊富なフラクションに分離して培養を続け、比較的純粋な形でそれぞれに分化した細胞群を得た。分化過程に沿って、経時的な各種蛋白の発現をウエスタンブロットで検討した。また、ヒトneuroblastoma (GOTO), glioblastoma (KNS-42)cell lineとも比較検討した。用いた抗体は抗シナプトフィジン抗体(SY38), 抗MAP2抗体、抗GFAP抗体、抗APP抗体、抗ニューロフィラメント抗体、抗PS-1抗体(TOR519, TOR520, それぞれ PS-1の109-120, 304-319アミノ酸に対するepitopeを認識する)である。
結果と考察
1)polymorphismによって分類される3群(1/1:9例、1/2:11例、2/2:7例)間で年齢及びBTSに有意差は無かった。検討した全ての部位でベータ蛋白陽性の老人斑の密度に3群間で有意差は無かった。神経原線維変化の密度は海馬支脚でのみ2/2群で低い(p=0.038 by ANOVA)が他の部位では有意差がなかった。2)レチノイン酸暴露前、暴露直後には検出できなかったMAP2は分化した神経細胞に、GFAPは分化したグリアに豊富に発現しており、分化後それぞれほぼ純粋な神経細胞のみとグリアのみに分化した分画をえることに成功した。シナプトフィジンも神経分化にともなって発現した。抗プレセニリン抗体で検出されるPSの発現は神経細胞の分化にともなってやや増加する傾向にあったが、full length以外にもminor fragmentsが検出された。
PSはおもに神経細胞に発現するが、その生理的作用や病的過程における役割は明らかでない。本研究で検討したPS-1 polymorphismについては1/1 型と臨床的に診断された晩期発症ADとの相関がWraggらによって報告されて以来、様々な報告があるが意見の一致を見ない。本研究はAD以外の合併病変を除外することで比較的均一な母集団を対象にするという特徴を有するが、2/2型で神経原線維変化の密度が有意に低い部位を見出すことができ、臨床診断に基づくWraggらの報告を病理形態学的に裏付ける結果になった。病理所見とPS-1 polymorphismを比較検討したこれまでの報告では、老人斑や神経原線維変化との相関を見出し得ないという結果がほとんどであるが、AD以外の病変が混在していれば、このような軽微な変化はあっても、統計的有意差としてとらえがたくなる。また、神経原線維変化の出現パターンは部位によって顕著な違いがあるため、一部分のみを検索の対象にした場合にこの傾向が統計的に有意なものとしてとらえられない可能性もあり、結果の解釈には慎重であるべきと考える。比較的少数例にもかかわらず、このような結果が本研究で得られたのは、混在病変のない均一な集団を対象に、多くの部位を検討したことによると思われる。このpolymorphismは、細胞外におこる病的過程であるアミロイド沈着よりも、神経細胞内に発現するPS-1になんらかの影響を与え、神経原線維変化の形成を通じてAD病変の形成に影響を与えている可能性が示唆された。一方神経原線維変化やタウ蛋白の沈着はAD脳に限られたことではなく、進行性核上性麻痺(PSP)、Corticobasal degeneration(CBD)や脳梗塞でも知られており、タウ蛋白の沈着様式に違いがあることが知られている。本年度は蛍光抗体法と銀染色(Bodian法)を比較対象する方法論を開発し予備的に報告した。今後PSの発現との関連も検討していく予定である。
PS-2のC端には細胞死を抑制する作用があるという報告に続き、PSの別のfragmentは細胞死を促進するという逆の作用があることも知られるようになった。生体内での神経細胞分化過程のある時期には、大量の神経細胞死が起こることが知られている。今回PSの発現が培養神経細胞分化にともなって増加することを明らかにしたが、PSはこの過程で神経細胞の存続あるいは死を規定している可能性が示唆される。細胞のどの分画にどのfrangmentが出現するかさらに検討中である。また今後発生途上の個体におけるPSの発現を細胞死との関連で解析していく予定である。
結論
PSは神経細胞内に発現しており1)でそのpolymorphismが神経原線維変化という神経細胞内の病的過程に、2)で神経細胞の分化という正常の過程に関わっていることを明らかにした。両者を結びつける共通の機序を明らかにすることを今後の研究の課題とし、PSの役割を多角的かつ統一的に知ることにより病因解明、治療法の開発につながる所見を蓄積していきたい。

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