トランスジェニックマウスを用いた老化関連代謝疾患の成因解明と、予防法に関する研究

文献情報

文献番号
199700553A
報告書区分
総括
研究課題名
トランスジェニックマウスを用いた老化関連代謝疾患の成因解明と、予防法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
江崎 治(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 門脇孝(東京大学医学部)
  • 山田信博(東京大学医学部)
  • 山本徳男(東北大学遺伝子実験施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴い、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血による死亡率が増加することはよく知られていて、これらの基礎となる病態が糖尿病、肥満、高脂血症、動脈硬化症等の栄養関連疾患である。これらの疾患は、遺伝素因の上に老化、過栄養や運動不足等の環境因子が加わり発症することが知られているが、その発症機序は不明である。
本研究では、これらの成因を明らかにするため、糖質/脂質代謝に影響を与える遺伝子を導入したトランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作成し、どの組織のどの遺伝子異常が個体レベルで糖脂質代謝にどのような影響を与えているか明らかにする。これらの結果を基に、老化に多く認められる疾患の成因や予防法を明らかにする。
研究方法
インスリンによる末梢組織でのシグナル伝達機序を明らかにする目的で、インスリン情報伝達で中心的役割を持つPI3キナーゼに焦点を当て、インスリン作用の主体を担うp85α調節サブユニットを欠損したマウスを作製した。
筋肉、脂肪組織(WAT,BAT)に特異的に発現している糖輸送体(GLUT4)は、末梢組織での糖代謝の律速段階になっていて、この量の変化は、個体でのインスリン感受性に直接影響を与える。実際、糖尿病の発症がGLUT4の筋肉組織での2倍程度の過剰発現により完全に防止できるため、GLUT4蛋白の発現機序が明らかになり、GLUT4量を増加させることができれば糖尿病患者にとり、非常に有益である。各種ミニジーンGLUT4欠失ミュータントを持つ、トランスジェニックマウス(-7395,-3237,-2000,-1000,-700,-442,-423)を作成し、運動や高脂肪食に反応するシスエレメントや組織特異的発現調節エレメントを推定した。
リポ蛋白リパーゼ(LPL)は血管内皮に結合して血中の中性脂肪リッチなリポ蛋白であるカイロミクロンやVLDLのトリグリセリド(TG)の加水分解を支配し、レムナトンリポ蛋白質や高比重リポ蛋白質(HDL)の代謝への関与が想定されている。LPLの生体内での役割を明らかにするために、LPLを過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し、LPL過剰発現の動脈硬化症への作用について、LDL受容体ノックアウトマウスを用いて検討した。
又、アポEを結合する特異的なレセプターを2つ同定した。1つはVLDLレセプター、もう一つはアポEレセプター2と名付け、これらのノックアウトマウスを作成し、その機序を明らかにした。
結果と考察
p85α欠損マウスでは予想に反し、ブドウ糖負荷試験にてインスリン低反応を伴う低血糖を、インスリン負荷試験にて低血糖からの回復の遷延を、SSPG-SSPI法にてインスリン感受性亢進を認めた。実際、単離ヒラメ筋や、脂肪細胞でも糖の取り込みは亢進していた。しかし、欠損マウスではp85αのalternative splicing isoformであるp55αやp50αが広範な組織で発現していた。このことから、インスリン依存的にIRS-1と結合する調節サブユニットはp50αであり、インスリンによるPI3キナーゼ活性化の代替分子はp50αであると考えられた。
ミニジーンGLUT4の発現調節を調べたところ、運動によるミニジーン発現の増加は、-7395、-3237、-2000,-1000,-700では、骨格筋において1.5~2倍増加したが、-442,-423では増加しなかった。又、高脂肪食により脂肪組織での内因性のGLUT4mRNAは50%程度低下した。ミニジーン発現量は-7395、-3237、-2000,-1000,-700で低下したが、-442では変化しなかった。又、除神経を行うと内因性GLUT4mRNAは半分に低下するがミニジーンGLUT4は全ての種類で低下した。
LPLトランスジェニックマウス群では対照群に比べ血漿中性脂肪値は約5分の1に低下し、代謝実験ではカイロミクロン、VLDLのクリアランスが亢進していた。LPL過剰発現マウスでは、レムナントに相当する分画が消失しており、LDL受容体ノックアウトマウスを高コレステロール食にて飼育しても、LPL過剰発現マウスでは動脈硬化病変は軽微であり、約1/10に抑制されていた。LPLの過剰発現がレムナント減少という機序を通じて、動脈硬化症の進展を著明に抑制することが明らかとなった。
VLDLレセプターを欠損するノックアウトマウスの表現型はマイルドで、脂肪組織中の中性脂肪含量が半減する以外にほとんど野生型と変わりなかった。この表現型はアポEと主要コレステロール代謝レセプターであるLDLレセプターを共に欠損するマウスの表現型と異なり、複数のバックアップレセプターの存在を示唆している。
脳に特異的なアポEレセプター2の役割を明らかにするために、欠損するノックアウトマウスを作製し、現在解析のために大量に繁殖させているが、成長と行動、繁殖の点で、野生型と変わりないことが示された。アポEレセプター2は脳以外にマクロファージや血小板にも存在した。特に、血小板凝集はアポEにより阻害されることより、アポEレセプター2の関与が示唆され、この点もノックアウトマウスを用いて解析する計画である。
結論
p85α調節サブユニットを欠損したマウスを作製した。このマウスの表現系は予想とは全く逆の低血糖、インスリン感受性亢進であったが、これはp50αを介するインスリン情報伝達系がp85αを介する系と比較してよりin vivo PI3キナーゼ活性化能が高いためと考えられた。さらに、生体レベルでインスリン依存性の糖輸送担体GLUT4の発現量を変えることなく、その細胞内局在を操作することがインスリン作用、しいては糖尿病の病態をも改善する可能性があるという点で画期的な成果が得られた。
又、末梢での糖の取り込みの律速段階となっているGLUT4の発現調節機序がトランスジェニックマウスを用いて、一部明らかにされ、MEF2の役割、運動、高脂肪食、除神経によるGLUT4の発現調節について重要な知見が得られた。
LPL過剰発現マウスを用いた研究により、LPLの過剰発現がレムナント減少という機序を通じて、LDL受容体欠損モデルにおいて動脈硬化症の進展を抑制することが明らかとなった。これは高TG血症や高レムナント血症を呈する病態、特に糖尿病やインスリン抵抗性のあるシンドロームXという病態に対して積極的治療が重要であることを意味している。
又、アポEと結合するレセプター;VLDLレセプターとアポEレセプター2のノックアウトマウスや、肥満と関係する遺伝子を過剰発現させたトランスジェニックマウスのフェノタイプの分析も進行中で、新たな展開が期待される。

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