脳内フリーラジカルによる黒質ドーパミン神経細胞の傷害ーそのメカニズムの解明と予防の試みー

文献情報

文献番号
199700552A
報告書区分
総括
研究課題名
脳内フリーラジカルによる黒質ドーパミン神経細胞の傷害ーそのメカニズムの解明と予防の試みー
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 和佳子(国立療養所中部病院長寿医療センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に従い中枢神経細胞の数と機能は低下することが知られている。特に中脳黒質のドーパミン神経細胞は加齢による傷害を受けやすく、その原因として酸化的ストレスの関与を示唆する多くの報告がある。黒質ドーパミン神経の機能低下によりパーキンソン病などの運動障害が引き起こされ、老人の生活の質(quality of life)を低下させる原因となっている。本研究の目的は、加齢に伴う黒質ドーパミン神経細胞傷害のメカニズムについて酸化的ストレスを中心に検討し、その予防の可能性を探ることである。
研究方法
1)カテコールアミン (ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、) の自動酸化にともなう水酸化ラジカルの生成について検討を行った。また、これらの前躯体となるアミノ酸について、ラジカル生成と消去能について定量的に比較し構造活性相関を検討した。水酸化ラジカルの分析は、サルチル酸との反応後、高速クロマトグラフィー (HPLC) 電気化学検出器によった。2) 米国 NIA (National Institute for Aging)より輸入した雄性 F344 加齢ラット(13, 25, 30 箇月齢)を用いた。断頭後脳を 4mm 厚の 7 枚の前頭断スライスとした。各々のスライスについてモノアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン)およびそれらの代謝物をHPLC- 電気化学検出器を用い分析した。さらにモノアミンの合成、分解酵素の活性をHPLC-電気化学および蛍光検出器、あるいは蛍光分析装置を用いて測定した。組織過酸化脂質の分析は分光光度計によった。
結果と考察
1) ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンは濃度依存的に水酸化ラジカルを生成したが、ドーパミンとアドレナリンによるラジカル生成能はノルアドレナリンに比して強いことが見い出された。ドーパミンの前躯アミノ酸であるL-DOPA は、水酸化ラジカルの生成を行うとともにスカベンジャーとして作用した。特に低濃度のL-DOPA は水酸化ラジカルの生成能と消去能が殆ど同じであることが見い出された。2) ドーパミン神経細胞の神経終末の存在する線条体を含むスライス(slice #2) の分析では、ドーパミン>セロトニン > ノルアドレナリンの順で加齢によるニューロトランスミッターの減少が認められた。一方ニューロトランスミッターの生成量を反映すると考えられる(ニューロトランスミッター 量+ その代謝物の量)はドーパミンでは不変、ノルアドレナリンとセロトニンでは30 月齢で増加していた。さらに神経活動によるニューロトランスミッターの放出を反映する(代謝物量/ニューロトランスミッター量)について検討したところ、ドーパミンでは13 月齢と26月齢の間では増加するものの26月齢と 30 月齢では変化なく、ノルアドレナリンは26 月齢と30 月齢の間で急峻な増加を示した。セロトニンに関しては月齢に対してプロットした場合直線的な増加が認められた。一方中脳黒質を含むスライス(slice #4) におけるモノアミン系は線条体とほぼ同様な変化を呈したが、ドーパミンに関しては上記 3 つのパラメーターは30 月齢でいずれも低下した。ドーパミン合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素は13 月齢と26月齢の間で有意に低下した。一方分解系の律速酵素であるモノアミン酸化酵素はslice #2 では変化なく、slice #4 では26 月齢でわずかに高値を示した。slice #2における過酸化脂質量は、slice # 4 よりも全般に高く、酸化的ストレスの程度には脳の部位による差が存在することが示唆された。slice #4 における過酸化脂質量は13 月齢と26月齢の間で有意に低下した。
加齢に従うドーパミンの脳内代謝は次の 2 つの点で重要な意味をもつ。すなわち1) ドーパミンの自動あるいは酵素的酸化によりラジカルが生成され、ドーパミン神経細胞の傷害を惹起する可能性がある。2) 神経伝達物質であるドーパミン量の低下はドーパミン神経細胞の機能障害を直接引き起こす。
今回の研究により、ドーパミン、ノルアドレナリンといった脳内カテコラミンは用量依存的に自動酸化により水酸化ラジカルを生成することがin vitro で証明された。生体内ではこのようなラジカルは殆どラジカル消去酵素や抗酸化物質により消去されると考えられるが、長期間の傷害の蓄積の後には細胞の機能障害を引き起こす可能性がある。
一方、加齢ラット脳の分析では少なくとも線条体においては26月齢と13 月齢のラットでドーパミンの生成量には変化なく、放出は増加していることが示唆された。26月齢雄性F344 ラットにおける黒質ドーパミン神経細胞数は、13 月齢の約 70% に低下しているとの報告がある。従って、13 月齢と26 月齢を比較した場合、1個のドーパミン神経細胞あたりのドーパミン合成速度の増加と発火頻度あるいは放出の増加が起こっていると考えられる。これはドーパミン神経細胞の加齢による細胞数減少をcompensate するため、ドーパミン代謝回転が亢進していることを反映しているのであろう。しかし30月齢ラットと26月齢との間ではドーパミン合成、放出量ともに差はないか、中脳ではむしろ30月齢で低下していた。このことは30月齢ではドーパミン神経の減少をcompensate する働きがもはや十分機動できないことを示唆している。
他方ノルアドレナリン代謝は13 月齢と26 月齢で殆ど変化がなく、この細胞系は加齢による影響を受けにくいと考えられた。しかし30月齢ラットでは26月齢と比較して急激なノルアドレナリンの生成と放出の増加が認められた。30月齢のF 344 rat には殆ど健康なものはなく、生体としてのホメオスタシスの維持が困難となっているものが多い。ノルアドレナリン代謝亢進はストレスに対する生体反応であり、加齢に伴う変化とは一線を画するものかもしれない。
セロトニン量は加齢に従い低下するものの、放出は加齢とともに増加し、その変化はほぼ直線的であった。また、セロトニン生成、放出ともに30月齢ラットでは26月齢より増加していた。セロトニン神経細胞はドーパミン神経細胞に比較して、加齢による機能低下をきたしにくい細胞である可能性を示唆している。
ドーパミンを中心とするカテコラミン代謝回転の加齢による亢進は、酸化的ストレスを増加させる可能性がある。しかしラット脳における過酸化脂質量は、13 月齢と26 月齢の間でむしろ低下していた。神経毒である1-metyk--4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydro-pyridine (MPTP) などによる急性のドーパミン神経細胞傷害に伴うドーパミン代謝回転の亢進の場合、酸化的ストレスの増加と、それによる二次的な細胞傷害のcycle が惹起されることが報告されている。しかし今回の結果は正常な加齢に伴う緩やかなドーパミン神経細胞の減少においては、このようなmalignant cycle は惹起されない可能性を示している。今後酸化的ストレスの防御因子の変化を含めた検討が必要であると考えられた。
結論
加齢に従うモノアミン神経細胞の機能変化は一定ではなく、ドーパミン神経細胞は比較的早期にcompensated state からdecompensated state に陥っていることが示唆された。この原因として、ドーパミンの酸化に伴う水酸化ラジカルの生成が関与している可能性がある。一方ドーパミン代謝回転の増加があるにも関わらず脂質過酸化物の増加は認められず、何らかの生体防御のメカニズムが働いたことが示唆された。

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