酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析

文献情報

文献番号
199700551A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
石井 直明(東海大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
個体の寿命が個々の細胞の寿命を反映したものであると考えられているが、それを裏付けるはっきりとした証拠はまだない。そこで本研究において、遺伝解析技術が確立し、細胞系統樹が完成しており、遺伝的、発生形態学的に個々の細胞の動態を知ることができる線虫の一種C. elegansを用いて、個体の死が特異的な細胞死によって導かれるのか、あるいはランダムな細胞死の果てによるものなのかを明らかにする。
また細胞に損傷を生じ、結果として細胞死を招く原因として酸素が考えられることから、酸素に高感受性でアポトーシスをランダムに生じるような突然変異体を探し、細胞死が個体死とどのような関係があるのかを調べ、またその遺伝子を特定することにより原因を突き止めることを目的とした。
研究方法
(1)老化した野生株の個々の細胞を生体観察やフォイルゲンによる核染色による観察によって、老化の過程でどのような細胞が失われていくのかを調べた。(2)酸素高感受性突然変異体の細胞死を調べ、遺伝子rescue 法による遺伝子クローニングを試みた。(3)アポトーシスに関係あるced-9 突然変異体の細胞死と寿命との関係を調べた。本研究では、これらの細胞の動きを時間で追い、その画像をコンピューターに取り込み解析を行う4次元細胞観察装置の導入を試みた。
結果と考察
(1)野生株における老化細胞死の同定:野生株の生体観察を行うと、老化した虫ではさまざまな細胞がネクローシス様の死を起こし、その部分が空洞になっているのが観察された。その場所は個体ごとに違い一定していなかった。生き残っていると思われる細胞でも、細胞の輪郭や核がはっきりと観察できなくなり、個々の細胞を特定することは困難であることが判明した。そこで細胞核をフォイルゲンで染色して観察したところ、老化してほとんど動かなくなった虫においても、多くの虫で腸管細胞の核(34個)は残っており、他の細胞の核も存在していた。しかし、中には咽頭から下部のほとんどの細胞核が消失し、頭部に存在する細胞核のみが多くが残っている虫も数多く観察された。頭部の細胞の方が腸管や表皮細胞よりも寿命が長く、機能を保っている可能性もあるが現時点では不明である。この結果はC. elegansの個体死を定義することの難しさを示した。また受精後20日を経て死ぬ直前であっても、多くの虫で約1000個と言われる卵母細胞の核のほとんどが残っていた。このことは、産卵が成熟後、数日で終わることを考えると驚きである。C. elegansの産卵数は雌雄同体が持っている精子の数に限定され、約300個であるが、外部から精子を与えてやると1000個の卵母細胞のほとんどが受精できることが分かっている。我々が分離した雌雄異体の線虫、Rhabditis tokai は飼育温度30度で最長90日間生存するが、若い雄を与えると50日を過ぎてもまだ受精、産卵が可能であることからも、線虫では生殖細胞は体細胞に比べて長寿であることを示唆している。この差は何に起因するのか興味のあるところである。
(2)酸素感受性で寿命短縮を示す突然変異体であるmev-1の胚で、高酸素によるランダムなアポトーシスが生じることを見いだした。また、染色体の野生株のDNA断片(cosmid clone) をmev-1個体に導入し、酸素耐性の復帰を見るcosmid rescue 法によりこの遺伝子をクローニングすることに成功した。これはミトコンドリア内で電子伝達系に関わっているcomplex II のサブユニットであるチトクロームbであり、mev-1変異体のcomplex IIの活性は野生株の20%でしかなかった。mev-1では電子伝達系の異常により電子の逸脱が起こり、そのため高濃度の活性酸素が発生し、これが細胞障害や寿命短縮をひき起こすものと考えられる。この遺伝子はすでにcyt-1として同定されており、面白いことにアポトーシスの抑制遺伝子であるced-9遺伝子とプロモーターを共有しており、cyt-1 (mev-1 ) がアポトーシスと関係していることが示唆された。
一方、rad-8 も初めは紫外線感受性突然変異体として分離されたが、酸素にも高感受性であり、酸素濃度依存的に寿命を短縮させ、さらにこれがランダムにアポトーシスを起す突然変異体でもあることを見い出している。野生株では受精から成熟までに達する期間はほとんど同じであるのに対して、rad-8は発生や成長、成熟過程での個体差が激しく、成熟速度に数日の大きな開きができてしまう。野生株と同じように早期に成虫にまで達した虫のみを集めて寿命を測定した場合には野生株と変わらない。しかし、孵化出来ない虫や成熟できない虫も多数存在し、孵化直後の虫をランダムに選択して寿命を測定すると、平均寿命が大きく短縮する。この寿命の個体差が生じる原因として、ランダムに生じたアポトーシスが考えられる。現在、rad-8の中で受精から孵化までに生じた細胞死を4次元顕微鏡解析装置を用いて測定し、発生の間に生じたランダムなアポトーシスが寿命にどのような影響及ぼすのについて調べている。また、cosmid rescue 法によりこの遺伝子のクローニングを行っているが、まだ成功に至っていない。
(3)アポトーシス突然変異体の寿命解析:アポトーシスを抑制する遺伝子であるced-9の突然変異体には、野生株で見られるアポトーシスが生じなくなる変異体(gain of function :ced-9gf)と、ランダムにアポトーシスを生じるようになる変異体(loss of function :ced-9lf))が分離されている。このうちced-9gfは虫の生存には影響がないことが知られている。ced-9lfの中で強い表現型を示すalleleを持つものは胚の時期に死亡するが、弱い表現型を示すalleleを持つ多くの虫は正常に発生し、寿命短縮は見られなかった。しかし最近、この突然変異体のの初期胚が酸素に高い感受性を示すことが判明したことから、酸素が細胞死に関与していることが示唆された。
結論
本研究では、個々の細胞の寿命から、個体の寿命を調べることにあったが、老化した細胞の変化が激しく個々の細胞の動きまでは捕らえることができなかった。しかし、体細胞よりも生殖細胞の方が長寿であることも示唆された。
酸素高感受性の突然変異体であるmev-1と rad-8 がアポトーシスを多発することから、アポトーシスと酸化ストレスが密接に関与していることが示された。これらの突然変異体が酸素依存性に寿命を短縮することから、酸素を原因とした寿命と細胞死の関係を深く示唆した。特に本研究において、酸素依存性の短寿命突然変異体であるmev-1 の遺伝子が 電子伝達系酵素の1つであるチトクローム bであることが判明し、電子伝達系の異常が酸化ストレスとそれにともなう寿命短縮に深く関係するような新しい知見を得ることができた。今後、この電子伝達系の異常がどのように酸素ストレスを誘因し、さらに細胞死や寿命短縮を引き起こされる過程を、酵素学的、分子遺伝学的手法を用いて明らかにしていく。またこの遺伝子に異常を生じたヒトの遺伝疾患は今だに同定されておらず、この遺伝子の異常は早老症や神経、筋肉疾患として発症する可能性があことから、この疾患の診断法の開発を進めている。

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