老化に伴う血栓傾向の分子機構の解析

文献情報

文献番号
199700550A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う血栓傾向の分子機構の解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 宮田敏行(国立循環器病センター)
  • 尾崎由基男(山梨医科大学教授)
  • 由井芳樹(京都大学)
  • 高山博史(京都大学)
  • 小嶋哲人(名古屋大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 虚血性心疾患、脳梗塞などの動脈血栓に起因する疾患は、中高齢者における主な死因であるばかりでなく、致死的ではない場合においても、運動・精神機能を障害する事によりQuality of Lifeの著しい低下を招来する。わが国は、これまでに例のない高齢化社会を迎えつつあり、血栓性疾患の予防・治療法を確立することの重要性はこれまで以上に高まっている。動脈血栓形成には、血小板、血液凝固、血管内皮細胞が、それぞれ重要な役割を演じていることが示唆されているが、詳細な分子機構はいまだ不明であり、特に加齢現象がそれらの病態にどのように関与しているかについての研究は重要である。本研究の目的は、病的動脈血栓形成の分子機構に関する基礎的研究を通じて、血栓症の発症に重要な役割を果たす因子を抽出し、それらの因子が、老齢者でどのように変化しているかを臨床的に解析することによって、中高齢者にみられる血栓性疾患の予防、治療法を確立しようとするものである。
研究方法
 1. 血小板活性化機構に及ぼす加齢の影響。
血小板凝集は散乱光を用いた粒子計測法に基づいて測定し、特に凝集惹起剤の添加なしに、微小凝集塊形成を認める自然凝集の有無を指標とした。細胞内カルシウムイオン濃度の変化、アラキドン酸代謝、血小板膜上の各種受容体を介する蛋白チロシンリン酸化反応などを、ヒト血小板を用いて検討した。
2. 血管内皮細胞の血栓形成に関わる因子と加齢現象。
(1)内膜由来過分極因子(endothelium-derived hyperporalizing factor, EDHF) の内皮細胞からの産生は、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を固相化したmicrocarrier beadsを用いて定量した。
(2)内皮細胞の主要な抗血栓因子であるPGI2の産生制御機構を明らかにするために、その律速段階酵素であるシクロオキシゲナーゼ(COX)-2の発現とそのシグナル伝達経路についてHUVECを用い検討した。HUVECをバナジン酸あるいはphorbol esterで刺激し、MAPキナーゼ活性、チロシンリン酸化、COX-2のmRNAの発現などを検討した。
(3)ホモシスティンによる血管内皮細胞障害機序を明らかにする目的で、ホモシスティン刺激により、発現が誘導される内皮細胞遺伝子群の解明を非刺激、刺激内皮細胞RNAを抽出後、ディファレンシャルディスプレー法で行った。
3. 血液凝固制御因子と加齢について。
若年および老齢マウスを用い、敗血症モデルにおいて組織因子、プロティンC、プラスミノゲン・アクチベーター及び、プラスミノゲン・アクチベーター・インヒビターなどの遺伝子発現を定量的RT-PCR法及びin situ hybridization法を用いて解析した。
結果と考察
 1. 血小板自然凝集は、40歳以上の年齢群では、それ以下の群と比べ、有意に増加していた。血小板機能亢進の機序として、細胞内カルシウムイオン濃度、アラキドン酸代謝の関与を想定し、検討した。fura2法で測定した細胞内カルシウムイオン濃度は、非刺激時、刺激後共に、加齢による変化は大きくなかった。一方、アラキドン酸代謝産物TXA2、HIIT、12-HETEを測定したところ、60歳以上の群では、アラキドン酸代謝の亢進を示唆する結果がcyclooxygenase系、12-lipoxygenase系で得られた。インスリン受容体は、ヒト血小板上に25個程度あることが明らかになり、インスリン刺激による血小板内シグナル伝達機構についても検討した。ヒトインスリン刺激により、血小板内95kD蛋白のチロシンリン酸化が見られ、この蛋白はインスリン受容体?サブユニットに対する抗体と反応した。その他の蛋白のチロシンリン酸化は明らかではなかった。これらの実験結果から動脈硬化と深い関連を示すインスリン抵抗性患者での細胞内シグナル伝達の解析の一助として血小板を用いることの有用性が示唆された。
2. (1)EDHFは培養ヒト臍帯静脈内皮細胞からも産生され、このEDHFの一部(約20%)は、ATP、ADP、AMP、adenosine であったが、他のEDHFも産生されていることが内膜を除去した豚冠動脈を用い、organ chamber実験、perfusion-superfusion実験により明らかとなった。また、EDHFの半減期は44秒と短い不安定な物質であることも確認された。
(2)バナジン酸(VA)刺激によりERK1/2及びp38MAPKの活性化が認められ、これらはいずれもPTK阻害剤により阻害された。PMA刺激ではVAに比べ約2.5倍のERK2の活性化を認め、それはPKC阻害剤により阻害されたが、p38MAPKの有意な活性化は認められなかった。VA刺激時のCOX-2mRNA及び蛋白の発現誘導はMEK阻害剤及びp38MAPK阻害剤により阻害された。PMA刺激時のそれらの発現誘導はMEK阻害剤により阻害されたがp38MAPK阻害剤により阻害されなかった。
(3)ホモシスティンで誘導される遺伝子群のなかから、2つの新規遺伝子をクローニングし、RTP(394残基)とHerp(391残基)と命名した。既知遺伝子では、小胞体内分子シャペロンGRP78の発現上昇がみられた。RTP, Herp発現パターンはGRP78のそれと類似しており、その他の小胞体内分子シャペロンもホモシスティンによりその発現が誘導されたことより、ホモシスティンは還元剤としての性質により、小胞体内に立体構造不全蛋白質の蓄積を誘発し、これが引き金となって一群の遺伝子発現を誘導すると考えられた。これらの知見は内皮細胞障害と加齢についての新しい角度からのアプローチを可能にした。
3. 敗血症モデルとして、若年および老齢マウスにエンドトキシン(LPS)を腹腔内投与後、RT-PCRでTF、PC、t-PA、u-PA、PAI-1の各臓器でのmRNAを定量したところ、微小血管内にフィブリン沈着を高度に認めた腎臓で、TF、PAI-1の著明な発現増加、PC、u-PAの発現減少がみられ、特に老齢マウスで顕著であった。また、肝臓でのPAI-1発現の増加と血中活性型PAI-1値の上昇が老齢者マウスで明らかであった。さらにin situ hybridization法により、腎血管内皮細胞、肝細胞でのPAI-1mRNAシグナルの増加、腎尿細管上皮細胞でのTFmRNAシグナルの増加、PCmRNAシグナルの減少が見られた。動物実験ではあるが、高齢マウスでは、敗血症の病態において、血栓形成を促進するような、血液凝固、線溶因子の発現変化が見られており、高齢者における易血栓性を考える上で、重要な所見が得られた。
結論
 血小板・凝固・線溶・血管内皮細胞の面から血栓形成機構と加齢について検討した。高齢者における血小板凝集能亢進が新たに開発された測定機器で明らかにされ、アラキドン酸代謝亢進との関連が示唆された。マウスのエンドトキシンによる敗血症モデルを用い、老齢マウスでは、腎でのTF、PAI-1の発現増加、プロテインC、u-PAの発現低下が認められた。血管内皮細胞に関する基礎研究が行われ、EDHFの存在とその性状の解析、サイトカインによる刺激伝達機構の解析、ホモシスティンで誘導される新規の2つの遺伝子(RTP、Herp)の同定などで成果が得られた。

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