老化関連疾患の病態形成における生体内金属イオン調節機構の役割に関する研究

文献情報

文献番号
199700549A
報告書区分
総括
研究課題名
老化関連疾患の病態形成における生体内金属イオン調節機構の役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小川 紀雄(岡山大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 河野雅弘(日本電子(株)応用研究センターESR応用研究グループ長)
  • 岩井一宏(京都大学医学部助教授)
  • 十川千春(岡山大学歯学部助手)
  • 難波正義(岡山大学医学部教授)
  • 三野善央(岡山大学医学部助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴う疾患、ことに脳神経変性や発癌には共通の基盤が想定され、中でもフリーラジカル説が有力である。鉄イオンは必須の微量元素だが、酸素や過酸化水素等と反応してフリーラジカルを産生し、毒性も示す。金属代謝に破綻が生じれば容易に臓器傷害が生じるので、細胞の鉄 (金属) イオン代謝は鉄制御蛋白(iron regulatory protein:IRP)、メタロチオネイン (metallothionein: MT)、トランスフェリン (transferrin: TF) などによって厳密に制御されている。本研究は生体内金属イオン調節異常の機序を明らかにすることによって老化および老化関連疾患制御の端緒を拓くことを目的とする。
研究方法
?老齢(24カ月齢)と対照(3カ月齢)のFischer系ラット脳の10部位の鉄、亜鉛、銅の含量と、外来性の金属であるアルミニウムの含量を原子吸光光度計で測定した。?金属イオン、過酸化水素、ドパミン(DA)系化合物を組み合わせた3元系で発生するフリーラジカル種を電子スピン共鳴装置で直接定量した。さらに、抽出脳DNAと金属イオン、DA系化合物とをインキュベートし、その後アガロース電気泳動でDNA損傷の有無と程度を検討した。?マウス神経芽細胞腫株 Neuro 2Aを各種金属イオン存在下で培養し、金属イオンのIRP1、 2の結合活性に対する影響を gel shift assay、Western blotで検討した。また、IRPにより発現が制御されるtransferrin受容体(TF-R)、ferritin (Ft)の産生に対する影響を35S-methionineを用いた免疫沈降法にて検討した。?マウスグリア細胞株VR-2gに種々の薬剤を24時間作用させた後RNAを抽出してDNase処理、マウスMT-III cDNA から設計したプライマーを用いて RT-PCR反応を行い、 MT-III mRNA 発現量とその反応産物を定量した。?ヒト正常線維芽細胞と、その化学発癌剤による不死化細胞を無血清下で培養し、細胞内TFの量と分布を、免疫組織化学、二重蛍光染色、Western blot、免疫沈降法で調べた。?雄性Wistarラットに30分間の4動脈閉塞による一過性前脳虚血を負荷し、血流再開後2カ月およびラットの寿命の半分に相当する1年後に脳の免疫染色を行った。なお、以上の各検討を有機的に遂行するために疫学の手法を応用して実験計画や実験試料数等に配慮した。
結果と考察
?脳各部位の金属含量の検討で、フリーラジカルの発生素地となる鉄と銅は加齢によって増加し、成年ラットに比較して鉄は線条体で150%、銅は線条体で173%、中隔野で196%、視床下部185%、海馬で162%と有意に増加していた。これらの過剰な金属は加齢による神経細胞死の原因の一つになる可能性がある。アルミニウム濃度は中隔野や視床下部に多いが、線条体、中隔野、小脳で加齢による減少がみられた。?鉄イオンと過酸化水素を反応させると著しく・OH生成が増加するが、DAあるいはL-DOPAによって用量依存的に抑制された。また、アルミニウムは過酸化水素との共存によって、長時間に亘って・OHを生成した。DA系化合物は過酸化水素と鉄によるDNA損傷を著明に促進したが、アルミニウムの毒性を逆に阻止した。加齢に伴って脳内DAが減少することは周知であり、これらの成績は脳内の鉄やアルミニウムの・OH生成を介する毒性は加齢とともに亢進する可能性が考えられる。?金属イオンの中でアルミニウムがIRP2のRNA結合活性を増強させたが、IRP1は変化しなかった。アルミニウム添加によりTF-R産生は増強し、Ft産生は低下した。Alzheimer病などの神経変性部にはアルミニウムの沈着がみられるが、アルミニウムイオンの存在
によりIRP2蛋白量が増加しIRP2のRNA結合活性が増強した。アルミニウムはTF-RやFt等の鉄結合蛋白への結合能を有する事から、IRP2の鉄結合部位に競合的に結合することによりIRP2を安定化させていると考えられる。このようにアルミニウムはIRP2結合、さらには鉄イオン濃度を上昇させて細胞傷害性を示す可能性がある。上記のアルミニウムによるフリーラジカル生成を考え併せると、アルミニウム自身の毒性に加えて、アルミニウムがIRPやDAと関連した複雑な系で神経傷害機序に重要な役割を果たしているという新しい知見を得ることができた。また、IRP2タンパクは鉄イオンによって酸化的修飾を受けることによりユビキチン化されることが明らかになった。
?グリア細胞株VR-2gにおいてDAとL-DOPAはMT-IIImRNAの発現誘導効果を高めた。一方, norepinephrineではMT-IIImRNAの発現誘導は見られなかった。この成績は加齢やParkinson病におけるDA濃度の低下がMT-IIIの発現を抑制して神経細胞死を促進する可能性を示唆する。?線維芽細胞が不死化すると、TFが減少したが、TFが単なる鉄輸送タンパク質とする考え方からすれば、正常ではTFが鉄やその他の金属を捕獲してフリーラジカル発生を阻止し、不死化によるTF減少は金属によるフリーラジカル発生が促進してDNA損傷をもたらすと考えられる。さらに今回の実験で、TFが微小管に結合して存在することをはじめて明らかにし、それが不死化の過程に影響を与えている可能性を見出した。微小管は細胞の分裂、形態形成、細胞内輸送、細胞内情報伝達などに関わる多機能な細胞骨格であるので、TFは微小管に結合することでこれらの現象に影響して発癌機構に関与している可能性が示唆された。?虚血再灌流後ラットの寿命の半分に相当する1年間を経過すると、短期間では変化が見られない大脳皮質の鉄沈着と神経細胞死、それに伴う組織の萎縮が高度にみられ、フェリチン陽性microgliaが多数検出された。このことは老化にともなって脳に鉄が沈着して緩徐進行性の神経変性を生じる可能性を示唆している。
結論
老化および老化関連疾患制御の端緒を拓くことを目的として生体の金属イオン調節機構の基礎的検討を行った。老化脳では鉄と銅の含量は増加し脳傷害的に働くと考えられた。実際に、脳虚血再灌流モデルラットでは寿命の半分の時間が経過すると大脳皮質に鉄が沈着して神経細胞死が出現することを証明した。また、鉄あるいはアルミニウムと過酸化水素の組み合わせは・OHを発生させるが、DAはこれを抑制した。さらに、MT-IIIはDAによって発現誘導されることがわかった。これらの知見は老化に伴うDA低下が神経細胞死を惹起/促進させる可能性を示唆する。さらに、アルミニウムが鉄制御蛋白IRP2を介して鉄イオンを上昇させて細胞傷害性を示す可能性も明らかにした。また、不死化細胞内で合成されたTFは微小管に結合して存在し、発癌機構に関与している可能性を明らかにした。以上、老化関連病態における役割解明の研究に展開・発展が期待できる金属イオン調節に関する新知見を得ることができた。

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