血液脳関門の老化の分子細胞学的研究

文献情報

文献番号
199700548A
報告書区分
総括
研究課題名
血液脳関門の老化の分子細胞学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
神田 隆(東京医科歯科大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老齢人口の増加とともに老年痴呆患者の増加は必至である。本邦においてはアルツハイマー病および血管障害性痴呆が老年痴呆の2大原因となっており、これらの病態解明と治療法の開発は焦眉の急と言わねばならない。主任研究者は平成8年度の本研究事業において、アルツハイマー病におけるβアミロイドの血管内皮細胞に対する毒性の可能性を明らかにしたが、agingのプロセスにおける脳血管内皮細胞の老化は、血液脳関門(BBB)の機能障害や脳内異常蓄積物質の増加を介して脳の老化、ひいては痴呆の発症につながる大きなステップとなりうる。
本研究は、主任研究者が開発したウシ脳毛細血管由来内皮細胞の大量培養系および内皮細胞・星状膠細胞共培養系からなる脳毛細血管膜モデルを用いて、(1)BBBを構成する脳微小血管由来内皮細胞の老化につながる因子を解明してその防止手段を開発すること、および(2)BBBを操作することにより有効な脳内への薬物到達をはかること、の2点を主要な目的としている。現時点までに達成された研究成果を述べる。
研究方法
1. 培養ウシ脳毛細血管由来内皮細胞(BMEC)のin vitroでの老化とラット星状膠細胞との共培養の影響:BMECはKandaら(1994)の方法によりprimary cultureを作製した。Split ratioを固定して、confluencyに至る速度と増殖不能となる時期を、単独培養時と星状膠細胞との共培養下の各々の条件で比較検討した。
2. FGF-9 (fibroblast growth factor 9)とputrescineの複合体の作製:0.4 mol/LのputrescineをHClでpH6.2に調整し、ここへ50ugのFGF-9を加え、l-ethyl-3-[3-dimethyl-aminopropyl] carbodiimide hydrochlorideの存在下で約3時間反応させた。反応生成物は蒸留水に対して約7日間透析し、SDS-pageによるblottingを行った。また、14Cでラベルしたputrescineを購入し、同様の方法でFGF-9と反応させたものをblottingした。
3.FGF-9-putrescine複合体のBBBモデル透過性の検討:FGF-9-putrescine複合体をchloramine T法を用いて125Iラベルし、これをウシ脳毛細血管由来内皮細胞・ラット星状膠細胞共培養系からなる脳毛細血管膜モデルの上面(in vivoでの毛細管腔内にあたる)に投与し、下面へ通過するradioactivityを同じく125I ラベルしたFGF-9と比較検討した。
結果と考察
1. 培養ウシ脳毛細血管由来内皮細胞(BMEC)のin vitroでの老化とラット星状膠細胞との共培養の影響:BMECは分離直後はsplit ratio1:10でも5-7日間でconfluencyが得られたが、in vitro 40日前後から細胞質面積の拡大とともに増殖能が著減し、60日でほぼ静止状態に入った。ラット星状膠細胞conditioned media下、および膜モデルでの共培養下では、細胞質の巨大化から静止状態に至るまでの期間が明らかに短縮した。
2.FGF-9 (fibroblast growth factor 9)とputrescineの複合体の作製:反応生成物をblottingし、Coomassie blue染色によりFGF-9よりも高い位置にバンドが形成されていることを確認した。また、14Cでラベルしたputrescineが同位置にradioactivityを有することも認められた。これらより、FGF-9- putrescine複合体が有効に形成されていることを確認した。
3.FGF-9-putrescine複合体のBBBモデル透過性の検討:FGF-9-putrescine複合体はFGF-9 単独と比較し、有意に下面への移行量が多かった。
4.FGF-9-putrescine複合体の前脳基底野コリン作動性ニューロンに対する栄養因子効果の検討:複合体形成以前と比較してほぼ同等の栄養因子効果を維持しうることが確認された。現在定量的に検討中である。
血管系の老化は脳梗塞・心筋梗塞の直接原因となって高齢者のADLに多大な悪影響を及ぼすが、BBBの主座であるBMECの老化については充分な研究がなされていない。今回の共培養系における検討では、BBBのもう一方の構成成分である星状膠細胞からの何らかの液性因子がBMECの老化を促進していることが示唆された。BBB機能を低下させる因子は正常老化やアルツハイマー病に代表される病的老化を促進する因子ともなりうると考えられる。現在、各種サイトカインに対する阻止抗体を用いてのこの液性因子の同定実験が進行中である。
BBBそのものの老化に加えて、BBB機能の修飾による痴呆性疾患治療薬の開発も老年病分野では重要な課題の一つである。FGF-9は最近日本で発見されたFGFファミリーの第9番目にあたる神経栄養因子であるが、主任研究者らのグループにより脊髄前角細胞および前脳基底核コリン作動性神経細胞に対する強い栄養因子効果が確認された。FGF-9以外にも、GDNF、BDNF、CNTFなど多数の神経栄養因子がアルツハイマー病の治療薬として期待されているが、これらに共通した問題点は全身投与の際のBBB透過性であり、有効に、かつ栄養因子としての効果を失わない形でmodificationが可能であれば、これらの物質の臨床応用は一気に現実に近いものとなる。最近Podusloら(1997)はsuperoxide dismutaseやnerve growth factor (NGF)にポリアミンであるputrescineを結合させることにより、有効なBBB透過性を得たことを報告している。今回の研究で、われわれもFGF-9は有効にputrescineと複合体を形成しうることを確認した。結合後のFGF-9の活性の維持、in vivoでの毒性の有無などは今後の検討事項であるが、FGF-9は血管内皮細胞に対する増殖作用がないなど、有害な副作用がより少ない神経栄養因子として期待されており、実用化への期待は大きい。
結論
?星状膠細胞からの液性因子がBBBの老化に関与していることが示唆された。? FGF-9 はポリアミンであるputrescineと複合体を形成し、これが血液脳関門のin vitroモデルを有効に通過することが確認された。今後の痴呆性疾患の治療薬の開発にあたって、この血液脳関門のin vitroモデルが極めて有用であると思われる。

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