高齢者の運動処方ガイドライン作成に関する研究

文献情報

文献番号
199700546A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の運動処方ガイドライン作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤徳太郎(東北大学大学院医学研究科)
  • 竹島伸生(名古屋市立大学自然科学研究教育センター)
  • 野原隆司(京都大学大学院医学研究科)
  • 樋口満(国立健康・栄養研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
末梢組織におけるインスリン抵抗性が、糖尿病患者、原発性肥満者および高齢者の病態生理学的特徴の一つであり、これに随伴する高インスリン血症が高血圧症、高脂血症、動脈硬化性疾患を発症・進展させることは、近年特に注目されている。一方、加齢に伴い、身体活動が低下し、除脂肪体重の減少とも相まってQOLが低下することも周知の事実であり、高血圧症、高脂血症、糖尿病、動脈硬化性疾患などいわゆる生活習慣病は加齢及び身体活動の低下と密接に関連している。そこで、本研究では、健常高齢者および糖尿病、肥満、高脂血症および虚血性心疾患を有する高齢者に有酸素運動、レジスタンス運動を長期にわたり実施させ、インスリン作用、心機能、持久性体力、血清脂質・リポ蛋白プロフィール、筋力に及ぼす影響について検討を加え、最終的には高齢者に対する生活習慣病の発症、進展の防止、およびQOL向上のための運動処方ガイドラインを作成することを目的とし、種々検索を行った。
研究方法
佐藤祐は、健常高齢男性8名を対象に、週3日以上、1日30分以上の歩行を中心とした軽度の有酸素運動トレーニングを指導した。トレーニング開始前、1カ月、4カ月および12カ月後に、インスリン注入率(mU/m2/分)40(low-dose)および400(high-dose)の多段階インスリンクランプ法を実施し、glucose metabolic clearance rate (MCR) を算出、インスリン作用の指標とした。また、中高年肥満糖尿病患者(45名) を対象に食事療法単独群12名(41±2歳、HbA1c : 7.0±0.5%、BMI : 31.6±1.8kg/m2 ) 、食事・運動療法併用群33名(42±5歳、HbA1c : 7.2±0.5%、BMI : 33.2±5.2kg/m2)に分け、後者には1日1万歩以上の歩行を中心とした有酸素運動(19,200±2,100歩/日)を実施させた。2カ月後にインスリンクランプ法を実施し、効果の相違を減量およびインスリン作用の面より検討した。佐藤徳は、65歳以上の高齢健常者(38名)を対象に、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験を実施、心拍数170回/分に相当する運動負荷強度(PWC170)を求め、生体の循環反応の一指標とした。PWC170と身体組成、呼吸機能、糖・脂質代謝、基礎体力、日常労作強度に関して重回帰分析を用い解析を行った。さらに、382例の脳卒中患者について、リバビリテーション後の予後調査も行った。竹島は、健常高齢者(75±6歳、32名) を対象に、週2回、12週間、PACEラインを用い、サーキット形式で有酸素運動+レジスタンス運動のいわゆるwell-rounded exercise programを45分間実施させた。トレーニング開始前、後に、乳酸性閾値(LT)および肩、胸部、腹背部、膝の筋力を測定した。野原は、高コレステロール血症を有する虚血性心疾患患者を運動療法群、対照群に分け、201TIシンチおよび左室造影を用い、心血流量、駆出率(ejection fraction ,EF)を算出し、運動療法の長期効果について検討を加えた。樋口は、水泳教室に参加した閉経後の中高年女性(46名)を対象に、過体重群(58±4歳)、普通群(59±5歳)、痩身群(58±5歳)の3群に分け、閉経前中年女性12名(46±3歳)と肥満度(BMI)、持久性体力(Peak VO2max)、血清脂質、リポ蛋白濃度の相違について比較した。さらに、2年間継続して水泳教室に参加した10名には縦断的検討も行った。
結果と考察
非肥満高齢男性では、トレーニング12カ月後にもVO2maxは有意の変動を示さなかった。low-doseおよびhigh-doseインスリンクランプ中血漿インスリン濃度は各々50-100μU/ml、600-1,600μU/mlに達した。なお、クランプ中の血糖値は空腹時レベルに維
持された。low-doseクランプより得られたMCR(ml/kg/分)は、トレーニング前8.8±1.3であり、1カ月後9.5±3.2、4カ月9.6±3.5、12カ月9.2±3.2と有意差はなかった。しかしながら、high-doseクランプのMCRでは、トレーニング前12.6±1.9、1カ月14.9±2.3、4カ月後15.9±3.9、12カ月14.2±1.2と有意に(p<0.05)上昇した。一方、肥満糖尿病患者に関して、食事・運動療法群の減量が7.9±0.7kgに対して、食事療法群は4.2±0.5kgと前者が有意に(p<0.01)大であった。low-doseクランプのMCR(ml/kg/分) では、食事療法群において2.6±0.4→3.1±0.5と有意な変動はなかったが、食事・運動療法群では3.7±0.3から6.0±0.5へと有意な(p<0.001)改善を認めた。さらに、MCRの改善度(?MCR)と1日の歩数との間には有意の正の相関関係が成立した(r=0.726、p<0.005)。したがって、加齢に伴うインスリン抵抗性は主としてインスリン反応性の低下であり、歩行を中心とした有酸素運動トレーニングは減弱したインスリン反応性を改善し得るという成績が得られた。さらに、加齢のみならず、肥満、糖尿病によるインスリン抵抗性に対しても、食事療法併用下での有酸素運動トレーニングの有効性が示された。
空腹時血糖値、HDL-コレステロール濃度、動脈硬化指数は男性においてPWC170に対し、有意な寄与因子となった。さらに、柔軟性が高い程、日常生活強度の高い程、PWC170は高値であった。脳卒中患者のリハビリテーション後の予後調査では、脳卒中の再発、虚血性心疾患の発症は、17%に認められた。これらの症例は、インスリン抵抗性の存在や動脈硬化指数の低値が明らかであり、リハビリテーション後も積極的な運動療法の継続の必要性が再確認された。
また、レジスタンストレーニング後、乳酸性閾値(LT)は、14.1±3.0→18.5±4.1ml/kg/分と有意に(p<0.05)増大した。さらに、肩、胸、腹背、膝の各部の筋力は、トレーニング効果にバラツキがあるものの、ピークフォース(Nm)、パワー(watt)ともすべて、3%から30%増強した。しかしながら、PACEトレーニングによる形態上の諸変化(体脂肪量、筋周経囲)や骨塩量に関しては、有意な変化が認められず、運動頻度、強度については、次年度以降の課題と思われる。
水泳教室に参加した閉経後女性は血中LDL-コレステロールが著明に高値であった。特に、過体重群では他の2群に比して、VO2maxが低値で、TGが高値、HDL-コレステロール濃度が低値であった。また、2年間の水泳教室参加は、BMIや血清脂質・リポ蛋白濃度に影響をおよぼさなかったが、PeakVO2は著明に増大した。閉経後女性の血清脂質、リポ蛋白プロフィールの改善には、長期間の運動トレーニングおよび食生活指導が必要であると考えられた。
以上、これらの成績は、加齢に随伴するインスリン作用の低下、全身持久力や筋力低下、循環反応の減弱は歩行、水泳などの軽度な有酸素運動およびレジスタンス運動により改善させ得ることを示唆している。
また、虚血性心疾患患者に対する201TIシンチによる検討成績では、運動療法群において血清コレステロールの改善とともに54.8%に心筋灌流の改善を認め、これに対して非運動対照群では9.5%の改善にとどまった。しかも、運動療法の継続期間が長期(1年以上)である実施例では収縮終期容量が減少し、EFが改善することにより、心拍出量が改善した。すなわち、高齢虚血性心疾患の運動療法は、虚血心筋の血流改善の他、EFをも増大させ、心収縮力の増加、あるいは後負荷の軽減を招き、虚血由来の心不全症例にも有効であり、長期的な運動療法の継続の重要性を示していると考えられた。
結論
本年度に得られた研究成績は、加齢に伴ったインスリン抵抗性、血清脂質異常、筋力低下および加齢とともに発症した糖尿病、虚血性心疾患に対して運動療法の有効性を示唆しており、次年度以降の高齢者のための具体的運動処方ガイドライン作成に極めて有用な資料を提供した。

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