老化脳における神経の構造可塑性制御分子の発現と機能に関する研究

文献情報

文献番号
199700545A
報告書区分
総括
研究課題名
老化脳における神経の構造可塑性制御分子の発現と機能に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
森 望(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 前川昌平(京都工芸繊維大学)
  • 氷見敏行(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
3,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳の老化を考える時、神経のネットワークの再編成能力がどの程度保持されているか、部分的にせよその能力が損なわれるとすればその背後にある分子基盤は何か、さらにこの可塑性減退の制御を担う分子を活性化すれば脳の可塑性の向上につながるか否か、等が問題となる。老化に伴い脳の可塑性が減退することが明かになってきている。神経の構造可塑性調節の中心は神経突起の伸長制御にあり、その基礎は主として微小管やアクチン等の神経細胞骨格系をいかに制御するかにある。本研究では神経微小管の制御因子としてのSCG10の構造と機能の解析を進めるとともに、 SCG10遺伝子ファミリーの新規メンバーについての調査研究を行う。本年度は、まず、SCG10にもスタスミンと同様のチューブリン重合阻害活性があるか否かを検討すること、神経細胞内でのSCG10の存在様式を知ること、さらにSCG10、スタスミン以外にSCG10関連分子があるか否かを検討することを目的とした。
研究方法
ラットSCG10 cDNAの部分配列を大腸菌のグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)遺伝子との融合遺伝子とし、大腸菌での発現プラスミドを構築し、大腸菌で融合蛋白質を大量調製した。チューブリンは牛大脳からGTP存在下での重合ー脱重合の繰り返しによりいわゆるC2S画分を調製した。一定量のチューブリンに対し等量から過剰量のGST-SCG10融合蛋白を反応させ、超遠心分離し、沈殿画分と上澄画分を電気泳動し、それぞれの画分でのチューブリンとGST-SCG10融合蛋白の存在量比を比較することにより、SCG10とチューブリンとの結合性および重合への影響を定量的に比較した。SCG10の存在様式の検討のために抗体を作製し、ウシ脳ホモジュネートからSCG10あるいはSCG10複合体を部分精製した。SCG10遺伝子関連分子の探索は種々の合成オリゴヌクレオチドを用い、ラット脳のRNAをベースに、いいわゆるRT-PCR法で検討した。得られたクローンの配列は自動シークエンサーで配列決定し、SCG10およびスタスミンのアミノ酸配列と比較した。
結果と考察
平成9年度の研究においては、まずラットSCG10 cDNAをもとにGST融合系によりSCG10蛋白質を大量生産した。この際、 SCG10のドメインを3つ(N末膜付着部位、中央部リン酸化制御部位、C末コイルドコイル相互作用部位)に区分し、各ドメインごと産生も試みた。N末疎水性領域を除いて充分な量の蛋白質が回収できた。一方、ウシ大脳より常法によりチューブリン(C2S画分)を精製した。 SCG10の各ドメイン蛋白質のチューブリン重合に及ぼす影響を超遠心法により定量化を試みた。対照としてスタスミンをとった。その結果、SCG10にもスタスミンと同様のチューブリン重合阻害活性が観察された。このように、予想どおりSCG10にもスタスミンとほぼ同じ比活性のチューブリン重合阻害活性があることが明かとなった。SCG10分子のC末が長いアルファヘリックス構造をとりいわゆるコイルドコイル構造になることからC末の方にチューブリン重合阻害活性があるものと考えていたが、以外にも中央部のリン酸化ドメインにもその活性が観察された。この重合阻害活性は強力なチューブリン重合促進剤タキソールの存在下でも観察されたことから、SCG10とチューブリンの結合は生理的にかなり強いものと考えられた。
ウシ脳のホモジュネートからSCG10の回収を試みたところ大部分のSCG10は細胞の不溶性画分に留まり、界面活性剤処理によりその半分程度が可溶化した。しかし、その可溶化したものも、種々のゲルろ過カラムで部分精製を試みるといずれも素通り画分に回収されることから、SCG10はかなり大きな蛋白質複合体として存在すると考えられた。
SCG10の構造類似蛋白質としてはスタスミンの存在が知られていたが、我々はすでにSCG10の遺伝子解析からマウスの染色体上に少なくともあと二箇所類縁遺伝子の存在の可能性を指摘していた。初期にはこれらはSCG10の偽遺伝子であろうと考えていたが、フランスのA.Sobelらの研究と我々の研究によりRB3、SCLIPというSCG10の構造類似蛋白質(ホモログ)があることが明らかになった。 われわれはラット脳のRNAを用いたRT-PCR法によりラットのRB3、SCLIP cDNA配列からそれぞれのアミノ酸配列を明らかにした。RB3、SCLIPいずれもスタスミンよりSCG10により近く、SCG10、スタスミンに共通するリン酸化サイトとしてのセリン残基が保存されていることがわかった。 スタスミンmRNAは体全体で発現されているのに対し、SCG10、RB3、SCLIPのmRNAはほぼ脳神経系に限られている。さらにSCG10の遺伝子発現は発達期に高いのに対し、 RB3、SCLIPの遺伝子発現は成体のほうがむしろ高い。以上のようにSCG10遺伝子ファミリーに新しく2メンバーが加わり、それぞれが神経の発達期や成体、老化過程で異なる働きをしている可能性が出てきた。
SCG10にもスタスミンと同様のチューブリン重合阻害活性が見られたことについて、今後の研究方向としては、スタスミンとのホモロジーから考えて、SCG10中央部の5ヵ所のリン酸化されそこで活性調節がなされる可能性が高いと考えられるので、そのセリン残基のリン酸化の有無によりチューブリンとの重合活性が影響されるか否かを検討することが大切と考えられる。そのために、現在リン酸化部位変異体を発現しうるプラスミドを作製し、またリン酸化特異ペプチド抗体の産出を試みている。来年度は、これらの材料に加えin vitroで種々のキナーゼを用い、どのキナーゼがSCG10とチューブリンの相互作用をリン酸化を通じて活性調節しうるかを探りたい。また、そできればその活性を老若ラット脳で比較する方向へ進みたい。
微小管は重合端、脱重合端という方向性をもつ細胞内繊維系であり、神経細胞中の樹上突起ではその配向は一定していないが、軸索においては重合端が軸索先端部を向いていることが知られている。従って、神経細胞内での微小管動態を考えるとき、その調節が細胞内のどの部位でおきるのかを知ることが非常に重要である。SCG10の局在に関しては神経細胞体のゴルジ装置に存在するとする報告もあるが、少なくとも発達期の神経細胞では突起の成長円錐に存在する。これにはパルミチン酸付加によると考えられているが、それ以外の可能性も含めてSCG10の神経細胞内の分配機構を明らかにする必要がある。
平成9年度中に老若個体でのSCG10の遺伝子発現を検討する予定だったが、それには至らず、来年度に持ち越しとなった。これに関しては、来年度、SCG10、スタスミンのみならず、今回、新規メンバーとして同定されたRB3、SCLIPをふくめてSCG10遺伝子ファミリー4メンバーの脳神経系におけるmRNA発現を系統的に検討し直す必要がある。mRNAの発現はRT-PCR法とin situハイブリダイゼーション法により調べ、蛋白質の発現は、Westernブロット法および蛍光抗体法で調べる。このためには、各メンバーを区別しうる特異抗体の作成も必要である。
SCG10遺伝子ファミリーに新規メンバーが見い出されたことの意義は大きい。特に、RB3とSCLIPの発現が成体脳でも高いことから、脳の老化にともなう神経構造可塑性との関連で検討していくにはSCG10以上にこれら新規メンバーの役割に興味がもたれる。今後、それぞれの発現分布と機能的な差異を明らかにしていくことが重要である。
結論
本年度の研究で以下の3点が明らかとなった。(1)SCG10にもスタスミンと同様に生理的に意味のある強さのチューブリン重合阻害活性があること、(2)SCG10は細胞内で単独で存在するのではなくかなり大きな複合体として存在すること、(3)SCG10遺伝子ファミリーとしてスタスミン以外に新たにRB3とSCLIPがあり、成体の脳においてはSCG10よりもむしろRB3やSCLIPの遺伝子発現のほうが強い可能性があること。これらの結果はSCG10あるいはSCG10構造類似体が神経細胞の可塑性の制御に関しどのように寄与するかを考えていく上で重要な知見である。

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