文献情報
文献番号
199700543A
報告書区分
総括
研究課題名
血管系の老化におけるマクロファージの分子細胞生物学と新規治療法
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
児玉 龍彦(東大先端研分子生物医学部門)
研究分担者(所属機関)
- 間藤方雄(国際医療福祉大保健学部)
- 二木鋭雄(東大先端研生命反応化学分野)
- 高橋潔(熊本大学医学部第2病理学講座)
- 土井健史(大阪大学薬学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
血管壁にあって変性脂質を取り込む受容体の研究は近年急速に進展し,現在までにスカベンジャー受容体(Scavenger Receptor:SR)ファミリーがクローニングされ,動脈硬化の進展において,それぞれの役割を明らかにする必要がある.そこで,本研究では,マクロファージ(Mφ)のアセチル化LDL受容体として最初に発見されたグループAのI型とII型受容体(SR-AI/II)を起点として,血管の老化においてMφが果たしている役割を解明し,それが取り込む変性LDLが血管壁で作られる過程を実証することにより,治療薬開発のターゲットを明確にすることを目的として研究班を組織した.
研究方法
1.MATO細胞は脳血管老化に関与する
間藤は,脳実質内の微小血管の周囲に随伴し,蛍光顆粒を細胞質内に含んでいるためFGP/perivascular microglial cell(MATO細胞)と呼ばれていたMφ系細胞がSR-AI/IIを発現することを発見した.同細胞は脳内脂質及び血液からの脂質を取り込む,脳及び血管壁の清掃細胞であり,細胞内には多数の水解酵素を含む顆粒を多く持つ.間藤は老化に伴う役割を明らかにする為,抗ヒトSR-AI/II抗体でMATO細胞の経時的変化を検討すると共に,細胞内に蓄積する蛍光顆粒を微小ロボットシステムで回収しようと試みている.
SR-A欠損マウスを用いてMATO細胞の変化を検討したところ,分化が遅れるものの,成熟期に至ると酸化脂質を取り込んでいることが確認され,複数の受容体存在することが判った.また,同細胞は高脂肪食により,一部の細胞が空胞化,変性して,血管構築は異常を呈する.老化に伴っては多量の酸化脂質を蓄積して肥大し,血管壁を圧迫するので血管腔は著しく狭小化する.しかしvit.Eやプロブコールはこのような変化を抑制した.さらに,アポE欠損マウスでは老化に伴って血液脳関門が破綻し,視床血管周辺,海馬采,大脳脚の一部などにMφが分散するが,その病的意義を現在検討している.
2.SR-AI/IIは動脈硬化を進展する.
高橋はMφのアセチル化LDL受容体としてクローニングされたSR-AI/IIが,実際に生体内で動脈硬化の進展に関与していることを明らかにするため,SR-A欠損マウスとアポE欠損マウスの交配,SR-A欠損マウスとLDL欠損マウスの交配によるダブルノックアウトマウスを2系統樹立し,大動脈起始部において動脈硬化病巣の断面積を比較した.前者ではアポE単独欠損マウスに比較して60%の改善が認められ,後者ではLDL受容体単独欠損マウスと比べて20%の改善と,高脂肪食による病変形成の遅延,動脈硬化巣におけるlipid core形成の軽減が認められ,SR-AI/IIが生体内で動脈硬化進展に関与することが証明された.
しかし,病変は完全に消失せず,RT-PCRと免疫組織染色にて病巣に他のスカベンジャー受容体ファミリーの発現が確認され,SR-AI/II以外の受容体が泡沫細胞形成に関与していることが明らかになった.さらにLDL受容体とSR-Aを欠損していても,MφはVLDL負荷で細胞内コレステロールエステルを蓄積するので,VLDL取り込みも泡沫細胞形成に関与していることが明らかになった.
3.SR-AI/II作用の分子機構の解明.
SR-A欠損マウスにおける,動脈硬化病巣の縮小は,この受容体機能を阻害する化合物が治療薬となる可能性を示唆する.
土井はこの受容体がリガンドを結合して,細胞質内に取り込み,やがて解離するメカニズムを分子レベルで検討した.
まず,コラーゲン領域内のリジン集積部位を含むモデルペプチドを作製して,リガンド結合にこの領域が必須であることを示したが,加えて,このモデルペプチドはSR-A阻害剤をスクリーニングするための高効率系となり得る.また,様々なオリゴヌクレオチドのうち凝集したものだけがコラーゲン領域のリジン集積部位に結合することも明らかにした.さらに,リガンド解離の機序を検討するために,三量体形成に必要と考えられているα-helical coiled coil領域,そのN端側,およびC端側を合成した.その結果α-helical coiled coil領域のN端側は,三量体となる性質を持ち,C端側は通常ランダムな構造をとるが酸性下でのみ三量体形成するというpH依存性に立体構造を変える性質を示した.さらに,N端側とC端側を化学的に結合すると酸性下で三量体をとることが示され,pH依存性のリガンド解離は立体構造の変化によるためであると考えられた.
現在,SR-Aによる細胞内輸送機序を明らかにするため,酵母 の Two hybrid system法と合成細胞質内領域に結合する分子の単離による方法とによって細胞内領域と相互作用する因子の同定を進めている.
4.理想的なLDL抗酸化剤を合成した.
児玉はSR-A単独欠損マウス由来のMφを用いて,酸化LDLを取り込む経路の大部分がSR-Aによらないことを明確に示した.
さらに,マウスに静注後,血漿からの変性脂質クリアランスを検討した結果,SR-A単独欠損マウスでは,酸化LDLとアセチル化LDLは野生型とほとんど同様に5分間で90%以上が肝臓によって血清から除去され,循環血流中には変性脂質長時間存在し得ないと考えられた.さらに,肝で酸化LDLを取り込むKupffer細胞が,酸化LDLを取り込む為に用いる受容体は,アセチル化LDLへの結合能を持たない未知の受容体であることが競合阻害実験により証明された.
動脈硬化に関与する酸化LDLは主に血管壁で生成し,Mφによるその結合と取り込みはSR-AI/II以外の受容体を介して行われていると推測されるので,LDL粒子内部に有効に分布して酸化LDLの生成を予防して,強力な抗動脈硬化作用を示す治療薬を開発するため,二木はLDLへの理想的な分布と抗酸化作用を示す薬剤として,α-トコフェロール(Toc)の化学構造を基に2,3-dihydro-5-hydroxy-2,2-dipentyl-4,6-di-tert-butylbenzofuran(BO653)を設計,合成した.BO653は効率よくLDL粒子内に分布してラジカルを捕え,かつTocの減少を抑えて,LDLの酸化を効果的に抑制した.現在WHHLウサギではプロブコールより弱いものの,マウスにおいて著効を示している.
5.血管壁への単球動員とMφ分化機構解明し,阻害的化合物を検索する.
SR-AはMφへの分化に伴って発現されるので,その発現機構からMφの分化機構を解明するため,児玉はP388D1へのエレクトロポレーションによる遺伝子導入方法を確立し,SR-A遺伝子の転写領域を検討したところ,-504から-399がMφ特異的転写因子の結合部位であることを明らかにし,その転写因子のクローニングを進めている.
単球は血管壁で内皮細胞表面に接着するが,VCAM-1の細胞表面における発現抑制によって阻害する化合物K7174を発見したが,これはNFkBではない転写因子の活性を阻害することを明らかにした.
単球はさらに内皮細胞下に動員されて残留しMφに分化するが,これを経時的に体外で観察する為,ウサギ大動脈の初代培養平滑筋細胞と内皮細胞を重層し,ヒト末梢血由来単球を添加して混合培養するシステムを作製した.現在,蛍光標識細胞をレーザー共焦点顕微鏡で追跡し,時系列で固定した培養系を免疫染色,電子顕微鏡で観察し,単球が内皮下へ潜り込み,細胞質内に脂肪顆粒を蓄積した泡沫細胞形成過程を再現している.今後,変性脂質と単球の侵入と分化の関係を検討して,高脂血症によるMφ動員のメカニズムを明らかにする.また,従来証明されていない血管壁でのLDLの酸化過程を脂質酸化で発光する蛍光マーカーを用いてこの系で観察する.
間藤は,脳実質内の微小血管の周囲に随伴し,蛍光顆粒を細胞質内に含んでいるためFGP/perivascular microglial cell(MATO細胞)と呼ばれていたMφ系細胞がSR-AI/IIを発現することを発見した.同細胞は脳内脂質及び血液からの脂質を取り込む,脳及び血管壁の清掃細胞であり,細胞内には多数の水解酵素を含む顆粒を多く持つ.間藤は老化に伴う役割を明らかにする為,抗ヒトSR-AI/II抗体でMATO細胞の経時的変化を検討すると共に,細胞内に蓄積する蛍光顆粒を微小ロボットシステムで回収しようと試みている.
SR-A欠損マウスを用いてMATO細胞の変化を検討したところ,分化が遅れるものの,成熟期に至ると酸化脂質を取り込んでいることが確認され,複数の受容体存在することが判った.また,同細胞は高脂肪食により,一部の細胞が空胞化,変性して,血管構築は異常を呈する.老化に伴っては多量の酸化脂質を蓄積して肥大し,血管壁を圧迫するので血管腔は著しく狭小化する.しかしvit.Eやプロブコールはこのような変化を抑制した.さらに,アポE欠損マウスでは老化に伴って血液脳関門が破綻し,視床血管周辺,海馬采,大脳脚の一部などにMφが分散するが,その病的意義を現在検討している.
2.SR-AI/IIは動脈硬化を進展する.
高橋はMφのアセチル化LDL受容体としてクローニングされたSR-AI/IIが,実際に生体内で動脈硬化の進展に関与していることを明らかにするため,SR-A欠損マウスとアポE欠損マウスの交配,SR-A欠損マウスとLDL欠損マウスの交配によるダブルノックアウトマウスを2系統樹立し,大動脈起始部において動脈硬化病巣の断面積を比較した.前者ではアポE単独欠損マウスに比較して60%の改善が認められ,後者ではLDL受容体単独欠損マウスと比べて20%の改善と,高脂肪食による病変形成の遅延,動脈硬化巣におけるlipid core形成の軽減が認められ,SR-AI/IIが生体内で動脈硬化進展に関与することが証明された.
しかし,病変は完全に消失せず,RT-PCRと免疫組織染色にて病巣に他のスカベンジャー受容体ファミリーの発現が確認され,SR-AI/II以外の受容体が泡沫細胞形成に関与していることが明らかになった.さらにLDL受容体とSR-Aを欠損していても,MφはVLDL負荷で細胞内コレステロールエステルを蓄積するので,VLDL取り込みも泡沫細胞形成に関与していることが明らかになった.
3.SR-AI/II作用の分子機構の解明.
SR-A欠損マウスにおける,動脈硬化病巣の縮小は,この受容体機能を阻害する化合物が治療薬となる可能性を示唆する.
土井はこの受容体がリガンドを結合して,細胞質内に取り込み,やがて解離するメカニズムを分子レベルで検討した.
まず,コラーゲン領域内のリジン集積部位を含むモデルペプチドを作製して,リガンド結合にこの領域が必須であることを示したが,加えて,このモデルペプチドはSR-A阻害剤をスクリーニングするための高効率系となり得る.また,様々なオリゴヌクレオチドのうち凝集したものだけがコラーゲン領域のリジン集積部位に結合することも明らかにした.さらに,リガンド解離の機序を検討するために,三量体形成に必要と考えられているα-helical coiled coil領域,そのN端側,およびC端側を合成した.その結果α-helical coiled coil領域のN端側は,三量体となる性質を持ち,C端側は通常ランダムな構造をとるが酸性下でのみ三量体形成するというpH依存性に立体構造を変える性質を示した.さらに,N端側とC端側を化学的に結合すると酸性下で三量体をとることが示され,pH依存性のリガンド解離は立体構造の変化によるためであると考えられた.
現在,SR-Aによる細胞内輸送機序を明らかにするため,酵母 の Two hybrid system法と合成細胞質内領域に結合する分子の単離による方法とによって細胞内領域と相互作用する因子の同定を進めている.
4.理想的なLDL抗酸化剤を合成した.
児玉はSR-A単独欠損マウス由来のMφを用いて,酸化LDLを取り込む経路の大部分がSR-Aによらないことを明確に示した.
さらに,マウスに静注後,血漿からの変性脂質クリアランスを検討した結果,SR-A単独欠損マウスでは,酸化LDLとアセチル化LDLは野生型とほとんど同様に5分間で90%以上が肝臓によって血清から除去され,循環血流中には変性脂質長時間存在し得ないと考えられた.さらに,肝で酸化LDLを取り込むKupffer細胞が,酸化LDLを取り込む為に用いる受容体は,アセチル化LDLへの結合能を持たない未知の受容体であることが競合阻害実験により証明された.
動脈硬化に関与する酸化LDLは主に血管壁で生成し,Mφによるその結合と取り込みはSR-AI/II以外の受容体を介して行われていると推測されるので,LDL粒子内部に有効に分布して酸化LDLの生成を予防して,強力な抗動脈硬化作用を示す治療薬を開発するため,二木はLDLへの理想的な分布と抗酸化作用を示す薬剤として,α-トコフェロール(Toc)の化学構造を基に2,3-dihydro-5-hydroxy-2,2-dipentyl-4,6-di-tert-butylbenzofuran(BO653)を設計,合成した.BO653は効率よくLDL粒子内に分布してラジカルを捕え,かつTocの減少を抑えて,LDLの酸化を効果的に抑制した.現在WHHLウサギではプロブコールより弱いものの,マウスにおいて著効を示している.
5.血管壁への単球動員とMφ分化機構解明し,阻害的化合物を検索する.
SR-AはMφへの分化に伴って発現されるので,その発現機構からMφの分化機構を解明するため,児玉はP388D1へのエレクトロポレーションによる遺伝子導入方法を確立し,SR-A遺伝子の転写領域を検討したところ,-504から-399がMφ特異的転写因子の結合部位であることを明らかにし,その転写因子のクローニングを進めている.
単球は血管壁で内皮細胞表面に接着するが,VCAM-1の細胞表面における発現抑制によって阻害する化合物K7174を発見したが,これはNFkBではない転写因子の活性を阻害することを明らかにした.
単球はさらに内皮細胞下に動員されて残留しMφに分化するが,これを経時的に体外で観察する為,ウサギ大動脈の初代培養平滑筋細胞と内皮細胞を重層し,ヒト末梢血由来単球を添加して混合培養するシステムを作製した.現在,蛍光標識細胞をレーザー共焦点顕微鏡で追跡し,時系列で固定した培養系を免疫染色,電子顕微鏡で観察し,単球が内皮下へ潜り込み,細胞質内に脂肪顆粒を蓄積した泡沫細胞形成過程を再現している.今後,変性脂質と単球の侵入と分化の関係を検討して,高脂血症によるMφ動員のメカニズムを明らかにする.また,従来証明されていない血管壁でのLDLの酸化過程を脂質酸化で発光する蛍光マーカーを用いてこの系で観察する.
結果と考察
脳血管老化を理解するためには,MATO細胞の挙動が今後も重要である.また理想的な抗酸化剤の開発に加え,生体内で動脈硬化に促進的なSR-AI/II作用の分子機構を明らかして阻害剤を設計することは,種々の血管病変におけるスカベンジャー受容体を標的とした治療薬を開発するうえでの主要なターゲットとなる可能性がある。さらに,Mφ自体をターゲットとする治療薬の開発の為には,単球の血管壁での動員を再現する共存培養系をスクリーニング系として使用する必要がある.SR-Aは多様なリガンド結合性のため,変性脂質を結合して動脈硬化を促進するばかりか,凝集したβ-amyloidの結合を介してAlzheimer病と,AGEの結合を介して糖尿病関連疾患に関与しており,当研究が高齢化社会に暮らす人々の生活の質を改善するものと考える.
結論
公開日・更新日
公開日
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更新日
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