肥満における生活習慣病合併の成因、予防及び治療に関する研究─高齢者のQOL向上と医療費削減をめざして─

文献情報

文献番号
199700542A
報告書区分
総括
研究課題名
肥満における生活習慣病合併の成因、予防及び治療に関する研究─高齢者のQOL向上と医療費削減をめざして─
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
井上 修二(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の寿命を縮め、QOL(Quality of Life)を低下させ、かつ国民医療費増大の大きな原因になっている生活習慣病の中には肥満が誘因になっているものが多い。本研究は動物モデルを使って、肥満における糖尿病、高脂血症、高血圧、脂肪肝などの生活習慣病合併の発症メカニズムとその予防及び治療による病態の変動を検討することが目的である。
本年度は視床下部性肥満ラットとZucker fattyラットを使用して、肥満からの糖尿病、高脂血症、高血圧、脂肪肝の主として発症メカニズムの検討を行なった。
研究方法
(1)肥満と糖尿病:1)肥満からの糖尿病発生機序を検討する目的で、?VMH破壊高脂肪食飼育視床下部性肥満ラット(インスリンレジスタンス糖尿病発症)、?少量ストレプトゾトシン投与VMH破壊高脂肪食飼育視床下部肥満ラット(インスリン分泌不全糖尿病発症)、?VMH破壊普通食飼育視床下部肥満ラット、?偽VMH破壊普通食飼育(対照)ラットを作成し、VMH破壊12週後、in vivoで経口ブドウ糖負荷試験とsteady-state plasma glucose(SSPG)法によるインスリン感受性測定、in vitroで筋組織と脂肪組織のグルコース転送蛋白Glut4の発現と含量、脂肪組織のperoxisome proliferator-activate-receptorγ(PPARγ)含量を測定した。2)ob肥満遺伝子産生蛋白レプチンの膵組織細胞増殖能を検討する目的で、?VMH破壊レプチン投与、?VMH破壊生食投与、?偽VMH破壊レプチン投与、?偽VMH破壊生食投与の4群のラットに、連続1週間、Alzetポンプによりレプチン(4.4mg/kg)と生食投与を行ない、体重、摂食量測定と膵組織のPCNA染色を行なった。
(2)肥満と高脂血症:?VMH破壊1週後と10週後の視床下部性肥満ラット及び?14週令のZucker fatty肥満ラットを使い、血中の脂質を測定し、高中性脂肪血症メカニズム解明のために、a)肝からの 中性脂肪分泌、b)ヘパリン静注後血中リポ蛋白リパーゼ(LPL)活性、c)血中インスリン、d)脂肪組織及び筋肉組織におけるLPL活性、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)活性を測定した。
(3)肥満と高血圧:VMH破壊ラットと高脂肪食飼育ラットを作成し、VMH破壊あるいは高脂肪食飼育後、4週、6週、10週と経時的に動脈カニューレによる血圧測定及び血中レニン、血中電解質、循環血液量の測定を行った。
(4)肥満と脂肪肝:1)VMH破壊ラットを作成し、VMH破壊1週間後の肥満の進行過程のdynamic phaseと10週後の肥満の確立したstatic phaseに、a)血中インスリン測定、b)肝内脂質測定、c)肝内脂肪合成酵素活性測定を行った。2)14週令のZucker fattyラットを使い、同一の実験を行なった。
結果と考察
(1)肥満と糖尿病:VMH破壊普通食飼育群では高インスリン血症を伴う耐糖機能低下曲線を示し、VMH破壊高脂肪食飼育群では著明な高インスリン血症を伴う糖尿病型曲線を示したが、ストレプトゾトシン処置VMH破壊高脂肪食飼育群ではインスリン分泌不全を伴う重症な糖尿病を示した。SSPG法によるインスリン感受性の検討ではVMH破壊普通食飼育群、VMH破壊高脂肪食飼育群、ストレプトゾトシン処置高脂肪食飼育群の3群はSSPG値の高値を示したが、特にVMH破壊高脂肪食飼育群では著明な上昇を示した。VMH破壊高脂肪食飼育とストレプトゾトシン処置高脂肪食飼育両群は筋肉組織と脂肪組織の両組織内のGlut4の発現と含量の低下を示したが、VMH破壊高脂肪食群では特に脂肪組織内のGlut4含量の低下が著明であった。PPARγの濃度は4群間で有意の差を認めなかった。VMH破壊レプチン投与ラットでは摂食量、体重の変化はVMH破壊生食投与ラットと差はなかったが、PCNA染色では膵組織細胞の増殖亢進の所見を示した。
肥満からの糖尿病発症には1)インスリンレジスタンス 2)インスリン分泌不全の二つの発症形成が仮定されていたが、今回のin vivoの糖負荷試験における血中インスリン分泌動態、SSPG法によるインスリン感受性所見、in vitroのGlut4の所見からVMH破壊高脂肪食飼育視床下部肥満ラットはインスリンレジスタンス、少量ストレプトゾトシン処置VMH破壊高脂肪食飼育ラットはインスリン分泌不全発症と二つの発症形式があることを明らかにすることができ、両者を肥満糖尿病モデル動物として確立することが出来た。今後このモデルの腎症、神経症、網膜症などの合併症の病態の検討を進める予定である。VMH破壊ラットでは迷走神経活動上昇を原因として膵組織細胞が増殖することを既に報告したが、レプチン投与はその増殖能を更に亢進させた。膵組織にはレプチンレセプターが存在するという報告と存在しないという報告があるが、我々の所見はある条件下ではレセプターが強く発現する可能性を示唆している。
(2)肥満と高脂血症:血中コレステロールはVMH破壊1週後、10週後とも対照群と比較してVMH破壊群は高値を示した。血中中性脂肪はVMH破壊1週後では対照群と差はなく、10週後ではVMH破壊群は高値を示した。血中インスリン、TGSRとpostheparin LPLはVMH破壊1週後、10週後ともVMH破壊群は高値を示した。脂肪組織のLPLはVMH破壊1週後、10週後とも上昇を示し、HSLはVMH破壊1週後には低下を示し、VMH破壊10週後では正常であった。14週令Zucker fatty ratでは対照群と比較して血中コレステロールは高値を示したが、血中中性脂肪は著明な高値を示した。TGSRは上昇したが、postheparin LPLは低下した。なお、前述の肥満糖尿病モデルの実験において
VMH破壊高脂肪食飼育群では血中コレステロールの有意の高値、ストレプトゾトシン処置VMH破壊高脂肪食飼育群では、血中中性脂肪の有意の高値を示した。
高中性脂肪血症の成因として、VMH破壊肥満ラットでは血中への中性脂肪分泌も血中からの中性脂肪異化も亢進しているが、脂肪組織の中性脂肪取り込み能力限界によることが主因で、Zucker fattyラットでは中性脂肪分泌は亢進しているが、インスリンレジスタンスのためにLPL活性が低下するための中性脂肪異化低下が主因であることを明らかにした。
(3)肥満と高血圧:VMH破壊ラットでは血圧は対照ラットと比較して、4,6,10週後とも同一レベルを示したが、高脂肪食飼育ラットでは10週後血圧は上昇した。血中レニン、Na、K、Clなどには3群間で差は認められなかった。循環血流量は高脂肪食群は10週後増加したが、VMH破壊ラットでは観察中増加しなかった。
VMH破壊肥満ラットでは正常血圧、高脂肪食性肥満ラットでは高血圧を認めたが、血中のパラメーターの所見では、血圧上昇の因子を見出すことはできなかった。VMH破壊肥満ラットでは循環血流量は増えず、高脂肪食性肥満ラットでは循環血流量が増えていたが、肥満における血圧上昇が単に循環血流量の問題のみなのか更に検討を進める予定である。
(4)肥満と脂肪肝:肝内脂質含量は、1週後のVMH破壊ラットではTG、リン脂質は増加したがコレステロールは増加しなかった。一方、10週後のVMH破壊ラットではTGは増加し、リン脂質、コレステロールには差がなかった。肝組織の脂肪合成酵素活性は、phosphatidic acid phosphohydrolase(PAP), malic enzyme, glucose-6-phosphate(G6PPH),diactyl glycerol acyltransferase (DGAT) はVMH破壊1週後には上昇していたがVMH破壊10週後には対照と差がなかった。14週令のZucker fatty ratにおいては肝内脂質含量はTGは増加したがリン脂質、コレステロールは増加しなかった。肝組織の脂質合成酵素ではPAP、malic acidは有意に上昇し、G6PPHは対照群と差がなかった。
VMH破壊ラットの脂肪肝の成因はdynamic phaseでは肝内脂肪合成酵素活性上昇による肝内の脂肪合成亢進が主因で、static phaseではこれら脂肪合成酵素活性上昇はなくなり血中遊離脂肪酸の再エステル化が主因と推測された。Zucker fatty肥満ラットの脂肪肝はこれら両因子が寄与していると推測された。更に再エステル化過程とApoB蛋白と中性脂肪の結合過程の検討を進め、この点を明らかにする予定である。
結論
肥満からの糖尿病発症にインスリンレジスタンスによるものとインスリン分泌不全によるものがあることを実証した。又、肥満からの糖尿病、高脂血症、脂肪肝の発症メカニズムはモデルによって異なることが明らかになった。このことはヒト肥満からのこれら生活習慣病の発症メカニズムにheterogenuityの存在を示唆するものである。更に高血圧の発症メカニズムを含めて、他の肥満モデルにおける生活習慣病発症メカニズムの研究の必要性も示唆された。

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