免疫系の老化を制御するペースメーカーの同定に関する研究

文献情報

文献番号
199700541A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫系の老化を制御するペースメーカーの同定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
中山 俊憲(東京理科大学生命科学研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
獲得免疫の中心的役割を果たしているT細胞は胸腺で分化・成熟するが、胸腺は10才頃をピークにして萎縮し、65才を越えた老人では組織の殆どが、脂肪組織に置き換わっている。加齢とともにT細胞の外来抗原に対する反応性は低下し、自己抗原に対する反応性は上昇することから、老人では胸腺でのT細胞の分化・成熟に支障がおきていることが予想される。さらに、外来抗原の刺激(感染)によって、末梢リンパ組織ではT細胞がそれぞれ異なったリンホカインを産生するTh1またはTh2タイプのメモリーT細胞に分化する。感染症やアレルギーの病態とTh1とTh2のバランスには密接な相関関係が示唆されている。このTh1/Th2のバランスについても老化とともに変化することが考えられる。本研究計画では、加齢とともに免疫能が特異な変化をしめす、チロシンキナーゼなどのシグナル伝達分子の遺伝子操作マウスに注目し、若年マウスと老化マウスのリンパ組織を材料にして、免疫系の老化を制御するペースメーカー的役割を持つ分子の同定を行うことを目的としている。
研究方法
次の4つの研究手法を用いて老化に伴う反応性の変化を検討した。
1)Th1とTh2細胞の分化誘導:卵白アルブミン特異的なT細胞レセプター(TCR)abトランスジェニックマウス(DO10Tg)の脾臓からナイーブT細胞(CD4+CD44-)をセルソーターで分離する。この細胞をin vitroで特異的ペプチドと抗原提示細胞を用いて刺激する。7日後に細胞を回収し、抗TCR抗体で再刺激した後、細胞内に産生されているサイトカイン(IL-4, IFN-g)を蛍光抗体を用い、フローサイトメトリーで検出する。この検出法はsingle cell analysisなので、これまで頻繁に行われてきたサイトカインの産生量を測る手法と比べ、どのサイトカインを産生する細胞がいくつ存在するか正確に測定することができる長所がある。さらに、IL-4とIFN-gを二重染色することができ、IFN-gもIL-4も産生しないナイーブT細胞、IFN-gを産生しIL-4を産生しないTh1細胞、IL-4を産生しIFN-gを産生しない細胞を図1のように明確に区別する事ができる。約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いてTh1/Th2細胞の分化における加齢の影響をしらべた。2)T細胞抗原レセプターを刺激した後におこる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇について、約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。T細胞を脾臓から分離・調製し、カルシウム感受性の色素Indo-1を細胞に取り込ませる。その後、ビオチン化した抗TCR抗体とアビジンを用いて37度の状態でTCRを架橋刺激し、その後に起こる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇について比較検討した。
3)T細胞抗原レセプターを刺激した後におこる細胞内シグナル伝達系のうちRas/MAPKのカスケードの活性化について、約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。
4)抗原ペプチドによってT細胞抗原レセプターを刺激したあとにみられるT細胞の増殖反応とサイトカイン(IL-2,IL-4, IFN-g)の産生能, 約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。
結果と考察
結果=次のような結果が得られた。
1)Th1/Th2細胞の分化については、加齢にともなってTh2細胞の分化に障害がでた。
2)カルシウム反応については、加齢にともなって上昇が見られた。
3)Ras/MAPKのカスケードの活性化については、加齢に伴って低下がみられた。
4)増殖反応は老齢マウスでも殆ど変わらなかったが、サイトカイン(IL-2,IL-4, IFN-g)の産生能については、調べた全てのもので、上昇がみられた。
考察=今回の解析で、老齢マウスのT細胞の反応性の変化について、いくつかの興味深い現象が観察された。まず、アレルギーや細胞外の寄生虫感染などにおける生体防御を担っているとされるTh2細胞の分化が老齢マウスのT細胞では非常に低下していた。一方、細胞性免疫を担うと考えられている、Th1細胞の分化については変化が見られなかった。これらの結果は、老化に伴う生体防御機能の変化について、どのような感染に対する機能低下が顕著に現れるかを考える上で、重要である。また、細胞内シグナル伝達については、特にRas/MAPKのカスケードの活性化に低下が見られ、TCRによる抗原認識後におこる細胞増殖に異常が生じている可能性が示唆されたが、抗TCR抗体によるT細胞の刺激に対する増殖反応は正常に起こっていた。老化マウスのT細胞で見られたサイトカイン産生量の増加やカルシウム反応の上昇、Ras/ MAPKのカスケードの活性化の低下がどのような意味を持つのか、今後検討が必要である。
結論
これまでの研究によって、Th2細胞の分化が加齢にともなって非常に低下していること、TCRの下流のシグナル伝達系に特徴的な変化が生じていることなどがわかった。このように、老化に伴う生体防御機能の変化を理解する上で、いくつかの新知見がえられた。

公開日・更新日

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